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IIJ.news Vol.177 August 2023
株式会社インターネットイニシアティブ
代表取締役会長 鈴木幸一
「本の読み過ぎですよ」。全て目の疲労からきていると。「1週間ほど、読書を中止したら、回復しますよ」。
肩が凝る、首が痛いと言っては、長くお世話になっている整体の先生の言葉なのだが、「今度は、ちょっとひどいから、どうなのだろうと」と、伝えたのだが、返ってくる言葉は変わらない。それ以上、症状を訊ねることもなく、1時間ほど治療してもらう。
「飛行時間が長いのなら、ひたすら目をつむって、思索に耽っていれば、肩こり、首の痛みは消えますよ」。
ロシアのウクライナ侵攻以来、欧州便がロシア上空を飛べないので、欧州に行くには大変な時間がかかる。ならば、本を読まずに、長時間、思索に耽っているか、眠っていれば、眼精疲労は消えていくはずというのは、私にもわかるのだが、物を考えることがあるとすれば、書物などの刺激に反応するばかり、そんな習慣に浸りきっている私には、所詮、無理がある。欧州への長時間のフライト中、いい加減な瞑想と睡眠を続けようかと、ぶ厚過ぎて、眠くなるはずの書物を持ち込んだ。『プーチン』という書籍である。上巻の本文が468頁、注が124頁。私の年齢の人間が持ち歩いて読むには、常識を外れたぶ厚さである。上巻にはプーチンがKGBで働き始め、やがて大統領になり、絶対的な権力をふるい始めた時代が描かれている。
手にするだけでその重さを感じ、すぐにも眠気に襲われるはずという思惑だったのだが、飛行機が離陸し、読み始めると、止まらなくなってしまった。人間の愚かさだけは、寿命が尽きるまで治ることがないようだ。
ロシアのウクライナへの侵攻がどのような形で収束するのか、門外漢の私には、予測のしようもないのだが、この大著を読む限り、プーチンが絶対的な権力の座にある限り、ウクライナとの停戦の解は見当たらないとしか言いようがない。
かつてチェチェンとの深刻な戦いが続く状況で起きた2つのテロに対する対応が、鮮烈な記憶として残っている。予算が400万ドルというロシア製のミュージカルを上演していたモスクワのドゥブロフカ劇場でのテロと、地方都市ベスランの小学校を襲ったテロである。プーチンの対応は、劇場においても、小学校においてもテロの粉砕が最優先であり、人質が囚われたままで、壁を打ち破る砲弾を撃ち込み、テロリストは全滅させたものの、人質の死傷者の数は1000人単位だったという悲劇である。
プーチンはこの対応に寄せられた批判に「宥和という危なっかしいヨーロッパの伝統に従う人々は、ロシアに殺人者と交渉しろと促しているのだ」と。ウクライナで民間人を、どのように悲劇的な状況に追いやろうと、プーチンの意思は変わらないはずである。
1999年、大統領になったプーチンが、まず重要施策として指摘したのが、情報統制におけるインターネットの役割である。現在に至っても、国家戦略としてのインターネットという基本的な視点を欠く日本が、改めて不思議な国として見えるのだ。
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