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IIJ.news Vol.179 December 2023
去る10月、インターネットの国際会議「IGF(Internet Governance Forum)」が京都で開かれた。
今回はこの会議の意義や果たすべき役割について考えてみたい。
IIJ 取締役副社長
谷脇 康彦
2023年10月、インターネットをテーマとする国際会議が京都で5日間にわたって開催された。この会議は年1回開催されるIGF(Internet Governance Forum)と呼ばれる国連主催の会議。今回はこのIGFについて取り上げてみたい。
IGFでいったい何について議論が行なわれるのかというと、国によるインターネットへの介入の是非、ネットに流通する違法コンテンツ問題、深刻化するサイバーセキュリティ問題、ネット上の人権侵害、インターネットの南北(地域)格差など多岐にわたっていて、IGFはインターネットに関する万 相談所の様相を呈している。こうしたインターネットを取り巻く課題は、一般に「インターネットガバナンス」問題と呼ばれる。これは「インターネットの運営(governance)のあり方」を議論するという問題意識に根差している。
IGFの最大の特徴は、誰でも参加できる国際会議という点にある。今回、京都で開催されたIGFには世界178カ国から約1万人(オンライン参加を含む)が参加し、「インターネットの運営のあり方」について300を超えるセッションが催され、文字通り“車座対話”が繰り広げられた。しかも、国連主催のこの会議には、政府関係者だけではなく、民間企業、技術コミュニティ、市民団体など多種多様なグループ(マルチステークホルダー)が参加している。
ここで素朴な疑問が出てくる。インターネットの運営のあり方について世界中の人々、それも多種多様なグループが集まって議論するのはなぜ? その答えは、インターネットの成り立ちと大いに関係がある。
インターネットはもともと研究者間で意見交換などを行なう仲間内のプライベートなネットワークとして1960年代に誕生したが、その後、急速に利用者が増加するなか、1990年代に研究者に限らず広く一般に開放され、現在、私たちが日々使っているインターネットになった。インターネットを構成する機器やネットワークは、各地域の技術者が自発的に設置して相互に接続し、まるでアメーバのように「自律・分散・協調」を基本精神とするネットワークとして広がっていった。
この自由さこそがインターネットの本質であり、だからこそインターネットは世界に広がった。つまり、インターネットはもともと「みんなのネットワーク」だから、「その運営のあり方についてもみんなで考えよう」というのが、IGFが開催される主要な動機の一つとなっている。
通常、国連などの国際会議は国(政府)代表が参加して開催され、一国一票の多数決で物事が決められる。しかし、マルチステークホルダー方式のIGFという車座対話は、投票により決定を行なうのではなく、緩やかな合意形成を図るコンセンサスアプローチと呼ばれる手法を採用している。こうした手法が採られるのも、まさに自由を尊重する「みんなのインターネット」という基本精神を反映している。
IGFは2006年にギリシャで第1回会合が開催されて以降、年1回、世界各地で持ち回り開催されてきた。当初はインターネットを構成する機器管理、IPアドレスやドメイン名の管理などを政府の影響下に置くのではなく、自由を守ろうといった“public core of the internet”の議論や途上国におけるネット普及をどう進めるかといった議論が中心だったが、最近はこれらに加えて、サイバー空間(インターネット)における国家の介入をどこまで認めるかといった議論が存在感を増している。
その背景には、インターネットが社会基盤となり、国の関与が疑われる偽情報がネットに溢れ、重要インフラを標的としたサイバー攻撃が頻発するなど、サイバー空間と国のあり方が密接に絡み合ってきている背景がある。しかも、サイバー空間に現在の国際ルール(国際法)を適用し、表現の自由を守りつつ、サイバー空間における自衛権行使の仕組みを速やかに確立すべきだとする日米欧の旧西側諸国と、現在のサイバー空間における米国主導の国際ルールを改めて、各国がルールを定める権利を確保した国家主権(サイバー主権)を確立することが先決だとする中国・ロシア両国とのあいだの対立は、ますます先鋭化している。こうした状況はもはや「みんなのインターネット」ではなく、「デジタル冷戦」とも呼ぶべき事態に至っており、IGFという議論の場が有効ではなくなってきていると見る向きもある。
しかし、サイバー空間に関しては議論すべき点は他にもたくさん存在する。近年注目を集めているAIに適用するルールはどうあるべきか、データ駆動社会に向けたデータ管理(ガバナンス)のあり方、ネット上の人権保証の問題、サイバー攻撃における自主規制(例えば、原発へのサイバー攻撃はやらないといったルール)の確立、デジタル技術による環境問題への貢献など、議論すべき喫緊の課題も多い。
このようにIGFにおける議論は、従来の伝統的な「インターネットガバナンス」から「デジタルガバナンス」へとスコープが拡大している。しかも、こうした課題は国(政府)だけでなく、みんなで考えるという姿勢が必要であり、まさにマルチステークホルダー方式のIGFが真価を発揮するという期待も広がっている。
IGFという国際会議はインターネットの未来をみんなで考える会議だという認識の広がり――今回の京都の会議ではそんなコンセンサスが醸成され、次の議論に希望をつなぐことができたという意味で大きな成功だったと言えるだろう。
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