【山谷剛史の中国近未来解説(全6回)】
第5回:中国主要ネット企業は数年内に何をするのか
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2017/12/11
中国は5か年計画を発表していて、そこでは各産業の2020年までの到達目標を掲げている。その一方で企業でも数年後を目途とした目標を立てることがある。中国を代表する「BAT」と呼ばれるネット企業もそうだ。中国のインターネットサービスが続々と登場しては、それらがあっという間に普及するなかで、数年先の目標を立てることは非常に難しい。だが中国のインターネット産業をけん引する大企業は、そうした中でも数年スパンの目標を立てている。それについて紹介したい。
なお中国を代表するネット企業というと、以前(といってもほんの1年前まで)は「BAT」と呼ばれる3社であった。BATとは検索を柱とする百度(Baidu)のB、ECを柱とする阿里巴巴(Alibaba)のA、SNSを柱とする騰訊(Tencent)のTを合わせたものだ。ところが最近では、BATから百度を除いた「AT」、ないしはECサイトの「京東(JD)」のJを合わせて「BATJ」と呼ばれるようにもなっている。「~を柱とする~」とまどろっこしい書き方をしたのは、特にこの3社は、自社で本業以外のネットサービスも多々リリースしているうえ、配車サービスやフードデリバリーやシェアサイクルなど特定のサービスに特化したネット企業に資本投資をしているためだ。
百度が阿里巴巴や騰訊と並ばぬ存在となったのは、ネット端末の主役がPCからスマートフォンになり、検索サイト「百度」をポータルとして何かを利用するスタイルから、利用目的のアプリを起動して直接サービスを利用するスタイルに変わったことで、検索の重要性が下がり、百度の地位は低下したためだ。とはいえ百度は、後述の通り、人工知能を強化して巻き返しを図ろうとしている。そのため、当コラムでは「BAT」3社が発表した将来目標についてまとめている。
自動運転車実現を目指す百度(バイドゥ)
百度(バイドゥ)は人工知能に、その人工知能を使って自動運転車実現を目指す。百度の強みは、中国一の検索サイトとして積み上げた莫大な検索データだ。これをもって製品開発でライバル企業に差をつける。
2012年に人工知能の研究を開始した百度は、人工知能専門の実験室と人工知能を利用した自動運転事業部を開設。2017年3月には、2014年より2年かけて200億元を人工知能に投入したと発表している。近年の決算書を見ると、毎年3割以上の増加ペースで人工知能に投資を行っている。
百度は2017年第3四半期、つまり直前の4半期にApollo1.5自動運転プラットフォームを発表した。これは「障害物感知」「計画決定」「クラウドシミュレーション」「高精度地図サービス」「ディープラーニング」の5つのコア技術を含み、今後3年で100億元を100の自動運転小プロジェクトに投資する「双百計画」を行うというもの。この百度のApollo計画では、中国国産車メーカーの北京汽車、金龍客車、江淮汽車と戦略的提携を行っているほか、IC企業や大学など既に70社が参画している。
今年7月の同社の発表では、北京汽車との提携で、2019年にはレベル3の条件付自動運転が、2021年にはレベル4の高度自動運転ができる車を量産するとしている。ただし後述する通り、阿里巴巴がコネクテッドカーを2018年に量産すると発表するや、百度は2018年に金龍客車から自動運転による循環車を少量量産、2019年には江淮汽車、北京汽車、2020年には奇瑞汽車からレベル3の自動運転車をリリースすると発表した。今後もライバル企業の動向次第でスケジュールを前倒しする可能性がある。
自動運転車のほかには、今年7月に百度AI開発者大会で発表された「AI STAR」計画がある。3年内に10万人のAI開発者を育てるというものだ。資金面や学習面ほか、政府の政策面からも多角的にAI開発者育成をサポートしていく。前述の同社のApolloプラットフォームや、音声認識の音声アシスタント(中国語では「対話式人工知能システム」)の「DuerOS」、人工知能の「百度大脳」の開発者が増えていくだろう。またAI開発者育成では、「燎原計画」というのも今年10月に発表されている。これはAI関連会社を技術の輸出や、販売や、企業提携などで多角的に支援するもの。2018年を目途とした目標として、「500社を超える企業と提携」「5000人以上のディープラーニングの人材育成」「アクセラレーターが60社以上を支援」「10社以上のAIベンチャー企業に投資」することで、業界発展を促進する。
フィンテック方面では、百度は中国農業銀行と今年6月に提携を発表し、百度のAIを活用した智能銀行を設立すると発表した。近々百度金融サービス事業グループを本体から切り離し、より自由に事業を進めていくという。一方で、今年ゲーム部門や文学部門を売却した。百度は後述する騰訊とは対照的にAIに集中していく。
コネクテッドカーなど多角的に攻める阿里巴巴(アリババ)
阿里巴巴(アリババ)は以前から様々な中長期的な計画を打ち出している。 車関連では班馬網絡と神龍汽車と提携し、同社のOS「阿里雲OS」を搭載したコネクテッドカーを2018 年に、東風シトロエンから量産すると発表している。班馬網絡は上海汽車と阿里巴巴による合資企業で、班馬網絡からは「世界初のインターネットカー」とする「栄威RX5」が2016年7月に発売されていて、25万台を販売した実績がある。なお神龍汽車は東風汽車と仏シトロエンの合資企業だ。自動運転車ではなく阿里雲OSをベースとしたコネクテッドカーであるようだ。
本業の物流に関しては2014年にこんな発表をしている。ビッグデータで物流を効率化する同社系の「菜鳥網絡」に3年から5年かけて1000億元投資し、中国のあらゆる場所に24時間以内、世界全土でも72時間以内に配達できる環境を整えていくという発表だ。その当時の段階で、阿里巴巴のネットスーパー「天猫超市」での購入で1時間以内の配達が実現し、またロシアやスペインの一部地域では72時間以内の配達が実現している。また全土の3万の農村や集落に配送サービスを設置し、農村でもラスト1マイルまで配達を実現するという目標を立てている。
同社は2016年に2019年までに初の1兆ドルプラットフォームを狙うという計画を発表した。2016年段階では年間売上高は1兆4000億元(約24兆円)となっている。2024年には20億人にサービスを提供するという目標を同時に発表している。 世界中にサービスを行きわたらせるという目標は、今秋発表された「達摩院(Alibaba DAMO academy)」という同社の研究機関設立にも表れている。中国ほか世界数か所の研究所「達摩院」をつくり、そこでの研究開発に3年間で1000億元の投資を行うというもの。世界の達摩院に量子コンピューティング、機械学習、ネットワークセキュリティ、自然言語処理、センサーなどの分野でのスペシャリストを集い、研究開発を行っていく。この発表の中でも、2016年の5か年計画同様の「20億人以上にサービスを提供し、1億人の就業機会を与える」という目標を語っている。また「達摩院」は経済的に自立する組織となり、母体の阿里巴巴よりも長く残ることを目標としている。
ライバルの騰訊の強みはSNSとゲームであろう。阿里巴巴はゲームに注力するという「江湖計画」で、2022年に騰訊超えを目指す。ヘッドマウントディスプレイのVIVEと提携したもので、2016年には阿里巴巴とVIVEの頭文字をとって「AV計画」という名であった。2018年7月にVIVEが次世代ヘッドマウントディスプレイを発売し、同時に阿里巴巴が中国の大都市(1、2級都市)の地下鉄駅、ショッピングセンターにプレイヤーの3Dデータをスキャンし、3Dアバターデータを作成し、ヘッドマウントディスプレイも含め様々なサービスで活用するというもの。2018年のEC商戦「双十一」には江湖計画の延長でアバターを使ってバーチャル空間で買い物ができるようにする(「化身計画」)。利用者を呼び寄せるために、例えばVRショッピングの利用で300元(5000円強)のショッピング利用券をばらまく計画もある。
騰訊(テンセント)は自社のサービスとコンテンツを強化
騰訊(テンセント)は自動運転車については現状で参入の意思を示しているが、いつまでにどうするという目標やプロジェクトは発表されていない。ただテスラの5%の大株主になっているほか、配車サービス大手の滴滴出行や、地図の四維図新に投資しているため、いつでも参入はできるだろうと中国メディアは分析している。
騰訊は2015年、当時から3年間で100億元を投資し、100社の1億元以上のベンチャー企業を誕生させ、1000万人以上の起業家を誕生させるという「双百計画」を発表している。当時から3年近く経過した現在、既に100のプロジェクトに投資し、2社の上場企業を誕生させた。またモバイル向けの新サービスをけん引する企業がいくつも誕生した。
一方で起業家向けには、今年AI向けアクセラレーターを強化すると発表したほか、100億元をかけてコンテンツ育成をすると発表している。つまり同社のインスタントメッセンジャーの微信(WeChat)とQQ、ブログのQQ空間ほか、ニュース、アプリストア、ライブストリーミング、カラオケなどのプラットフォーム向けにコンテンツが供給できる体制にし、100億元規模の産業となることを目指す。その一環であろうか、音楽業界向けに、現在低所得となっている音楽家の総収入を3年で5億元に引き上げる計画を発表した。
またコンテンツやベンチャー向けとは別に、スマートフォンでのパフォーマンスや性能が改善される騰訊版「Chromium」といえる「騰訊瀏覧服務(TBS*)」を活用した開発者を増やすべく、「添翼計画」という計画を今年11月に発表している。これは3年内に100社を募り、TBSの技術とデータサービスを提供することで、協業企業から様々なアプリなどの製品をリリースしてもらうというもの。より敷居の低いTBSを提供し、アプリをリリースすることで、ユーザーデータを騰訊が把握する可能性がある。
騰訊の中長期計画の実行性については、2011年に発表した安居計画という3年計画が参考になるかもしれない。これは3年以内に10億元を当時、社員向けに無利子で住宅ローンを提供するというもの。5年後の2016年までに14億元超を投じ、4080人の社員に資金提供したとしている。つまり計画は遂行されたわけだ。
*TBS:Tencent Browsing Service
- 第1回:中国網絡安全法(中国サイバーセキュリティ法)で何が変わるのか
- 第2回:高齢者と子供の間でネット普及率上昇。そこにビジネスチャンスはある
- 第3回:中国のECの勢い高まる中で復活する路面店に学ぶこと
- 第4回:中国のシェアブームとO2Oブームを考える
- 第5回:中国主要ネット企業は数年内に何をするのか
- 最終回:中国人の日々の生活から近未来を予測する
山谷 剛史
1976年東京都生まれ。中国アジアITジャーナリスト。
現地の情報を生々しく、日本人に読みやすくわかりやすくをモットーとし、中国やインドなどアジア諸国のIT事情をルポする。2002年より中国雲南省昆明を拠点とし、現地一般市民の状況を解説するIT記事や経済記事やトレンド記事を執筆講演。日本だけでなく中国の媒体でも多数記事を連載。