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IIJ.news vol.163 April 2021
インターネットで生じるトラフィックの渋滞、いわゆる「輻輳」は、
いつ・どこで・どのような要因から起こるのか?
本稿では、輻輳のメカニズムを詳解する。
IIJ 技術研究所 所長
長 健二朗
インターネット計測とデータ解析などの研究に取り組んでいる。
インターネットの接続サービスは、回線を多くのユーザ間で共有することにより、高速な通信サービスを低価格で提供しています。コンピュータ通信は間欠的で伝送路の利用率が低いため、回線を共有することで回線の利用率を向上できます。多くのユーザ間で一本の回線を共有すれば、利用が重ならない限り全帯域を利用でき、多少の利用の重なりはバッファリングで解決できます。このように同時利用率の低いリソースを共有利用して効率改善することを「統計多重効果」と呼び、これはインターネットの設計原理でもあります。
回線を共有することで、利用率が低い時には高い性能を出せますが、多重化が進み、全体の利用率が上がるにしたがって、利用の衝突が増えて性能が落ち、ついには渋滞状態に至ります。そのような通信の渋滞現象を「輻輳」と呼びます。統計多重効果の効率を上げようとすると輻輳のリスクが増えるので、バランスを上手くとって安定したサービスを低コストで実現するのが、ISPの仕事です。
輻輳は、複数回線を収容するスイッチやルータで回線容量を越えて継続的にパケットを送出しようとした際に起こり、複数の回線から一つの回線へ合流する場合と、容量の大きい回線から小さい回線に流入する場合とがあります。
送信側にはバッファがあり、回線容量以上のパケットは送信待ちのバッファに入ります。多少のゆらぎによる集中はここで吸収されますが、バッファに収まりきらないパケットは廃棄されます。パケットが廃棄されても、TCPに代表されるトランスポートプロトコルがエンド・エンドで再送し、データを復元して届けます。パケット廃棄率が数パーセント以下であれば、通常TCPが数十ミリ秒程度で効率よく修復するため、ユーザはほとんど気づきません。しかし交通渋滞と同様に、ある程度以上混んでくると、連鎖的に効率が低下して輻輳に発展します。パケット廃棄が続くと、TCPは再送間隔を倍々に増やしながら再送を繰り返すことになり、ユーザにもわかるような遅延が発生します。
最近では、動画、大型のゲーム配信、アップデートなどでトラフィック量が増えたことに加え、性能が低下しても一定の通信量を維持しようとするストリーミング配信の影響により、統計多重効果が効きにくくなっていると考えられます。また、輻輳するとストリーミング再生が止まるので、ユーザも輻輳に気づきやすくなっています。
次に、どこで輻輳が起こるのかを見ていきます。まず、ユーザとISPを接続するアクセス回線が挙げられます。固定ブロードバンドサービスの光回線だと、ユーザ宅からNTTの局舎など最寄りの収容局までの加入者回線と、収容局からISPまでのアクセス中継網にわけられます。
一般的なケースでは、1Gbpsの加入者光回線は1Gbpsの回線一本を最大三二加入者で共有しています。収容局でこれらの加入者回線を束ねて中継網でPOIと呼ばれるISPとの接続点まで運びます。この中継網では、おおよそ1,000ユーザが1Gbps回線を共有する程度の規模で集約されています。したがって、もし全員が同時に利用すると、一加入者当たり1Mbpsしか使えない計算になり、実際の輻輳時にはさらに悪化します。
POIにおける中継網からISPへの接続も、限られた接続点に集約される潜在的な輻輳箇所です。特にフレッツのPPPoE網終端装置は、コストや装置の増強ルールの制約から増強が困難で、しばしば輻輳原因となっています。
コストに目を向けると、ブロードバンドサービスは回線共有によって大幅なコストダウンを実現しています。ユーザ宅からISPまで回線を占有する専用線サービスを利用すると1Gbpsで月額100万円程度になりますが、1Gbpsアクセス回線のブロードバンドサービスは月額5000円程度です。
モバイルのアクセス回線の場合、スマートフォンが無線基地局につながる無線区間も多重化により回線を共有しています。基地局がカバーするセル当たりの端末収容数は、通信規格やセルのサイズに応じて数百から数千台で、ここでも全端末が同時に通信することは想定されていません。また、固定ブロードバンドと同様に、キャリアのモバイル網とインターネットの接続箇所も集約点であるため、潜在的な輻輳箇所です。特にMVNOではこの接続コストの比率が高く、ボトルネックになっています。
アクセス回線以外では、ISP同士の接続点も潜在的な輻輳箇所です。特定のISPやコンテンツ事業者からのトラフィックが急増すると、接続帯域が不足して輻輳します。また上位ISPとの接続も、コスト面から帯域に余裕を持たせにくい部分です。さらに、障害で迂回経路にトラフィックが流れる際には、帯域が不足しがちです。
ISPの守備範囲外、例えば、コンテンツ提供者側やユーザの宅内で問題が発生していることもあります。家庭内のPCやWi‒Fiルータなどの機器や配線ケーブルが古くて性能が不足していたり、あるいは対応通信規格が世代遅れで性能が出ていない場合もあります。Wi‒Fiは他のWi‒Fiや家電製品の電波干渉を受けやすく、宅内の電波状況によっても性能が低下します。また、マンションでは古い構内配線を共有しているために性能が出ないこともあります。これらは以前から存在していた問題ですが、コロナ禍でインターネットの利用が増えたため顕在化しています。
ISPのネットワークは、実測ベースで将来の需要を予測し、障害時に備えた冗長性も確保しながら、必要な回線を手配しています。なるべく輻輳が起こらない設計と運用を心掛けていますが、それでも輻輳の発生は避けられません。おもな輻輳要因として、障害、イベント、他の事業者の挙動にともない予想以上かつ一時的なトラフィック増加が起こる場合、長期的な増加が想定を越え、回線増強手配が間に合わない場合、さらには、コスト的あるいはその他の経営判断・制度面の問題から増強したくてもできない場合などがあります。
コロナ禍で動画視聴やビデオ会議が急増しました。トラフィック量が増えただけでなく、安定した通信に対する要求も格段に高まりました。その一方で、輻輳はユーザには把握しづらく、イライラの原因になっています。こうした状況のなか、ISPにとってサービス品質の確保と同時に、適切な情報提供が課題となっています。
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