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IIJ.news Vol.171 August 2022
株式会社KADOKAWAは、出版・映像・ゲーム・教育・WEBサービスなど広範な事業を手がける総合エンターテインメント企業。同社は2020年8月、埼玉県所沢市に新たな事業拠点として「KADOKAWA所沢キャンパス」を開設した。
今回は、最先端の「ABW」(Activity Based Working)を実現すべく構想されたKADOKAWA所沢キャンパスを見学させていただいた。
グループ戦略総務局 総務企画部
アドバイザー
荒木 俊一 氏
カフェやイベントスペースなどを擁する新オフィス「KADOKAWA所沢キャンパス」は、角川武蔵野ミュージアム、商業施設、ホテルなどからなる複合文化施設「ところざわサクラタウン」内にある。
我々をアテンドしてくださったのは、グループ戦略総務局総務企画部の荒木俊一氏。「KADOKAWA所沢キャンパス」プロジェクトを牽引したキーパーソンである。まずはプロジェクトが立ち上がった背景からうかがった。
埼玉の三芳にあった書籍製造工場・物流倉庫が老朽化し、建て替えが必要になっていました。また、小ロットにも対応可能なオンデマンド印刷の工場を持ちたいという声もありました。そのための用地を探していた時、かつて下水処理場だったこの土地(東所沢)を見つけ、所沢市との協議を開始しました。そのなかで「地域の魅力を創出し、国内外からたくさんの人に来てもらえる施設にしたい」、「単なる工場誘致ではなく、雇用拡大にもつなげたい」といった要望が出てきました。
こうして、最初はKADOKAWAの事業基盤を強化するために始まった移転計画が徐々に膨らんでいき、まったく新しいコンセプトにもとづいた新オフィスの建築、さらには所沢市も巻き込んだ複合文化施設「ところざわサクラタウン」構想へと発展していきました。
KADOKAWAのような老舗の出版社がペーパレス化やフリーアドレス化、さらにはリモートワークを実践するのは並大抵のことではない。一連の大改革は、どのように進められたのだろうか。
プロジェクトは2015年からスタートしたのですが、都心の飯田橋本社で固定デスクに固定電話が置かれた旧来型の働き方に慣れていた社員のなかには「そんなところ(郊外)には行きたくない」という声もありました。これはある程度、予想された反応だったので、まずは"オフィスやデスクに縛られない働き方"を社員に浸透させなければならないと考え、プロジェクトの前半は、長時間労働の是正、子育てと仕事の両立、クリエイティビティの向上などを目指した「働き方改革」を根づかせていくことに注力しました。
2017年にリモートワーク(生産性や満足度など)に関する意識調査を社内で行なったところ、若い世代ほど肯定的に捉えていて、「良いツールと通信環境さえ整っていれば、オフィスに来る必要はない」といった考えが、20代の社員を中心に広がっていることがわかりました。
そこでモバイルツールの導入、ペーパレス化、フリーアドレスの導入などを進めると同時に、「WeWork」が日本に上陸した直後から積極的に活用するなどして、働く場所を段階的に解放していきました。それと並行して、リモートでもできる仕事と、(校了作業など)会社に来なければならない仕事を明確化して、週・月単位でワークフローを整理していきました。
こうした変革をボトムアップで(現場の声をもとに)進めようとしたらどうしても時間がかかってしまうので、まずは社内的な慣例はいったん置いておいて、"トライアル"ということでやらせてほしいと言いました。その際、プロジェクトチームを社長の直下に置いてもらい、トップダウンのかたちで強力に推進していきました。
プロジェクトがうまくいったもう一つの要因として「ところざわサクラタウン」構想とセットだった点も大きかったですね。KADOKAWA社内の業務改善としてだけだったら、なかなか進まなかったと思います。いろいろなタイミングが合ったことで、世の中の流れに先んじてワーキングスタイルの変革に取り組むことができました。
「パソコンさえあればどこでも業務環境は構築できる」という意識がひと通り浸透した2018年頃から「ワークプレイスを変えていく」という次のフェーズへ移行しました。当初は「所沢」という具体的な地名を前面に出さないようにしたり、「移転」という言葉もあえて使わないようにして、「新オフィスには毎日出社する必要はない」点を強調しました。また、従来の「オフィス」という概念を払拭したかったので、「キャンパス」という言葉を用いるようにしました。
東京(飯田橋)、所沢、Anywhere(自宅・サテライトオフィス)という3つの拠点を横一線で捉え、働く場所は各人のライフスタイルやライフステージ、ワークスタイルに合わせて自由に選択できる、新しい働き方のイメージが確立していきました。
こうした過去5年の取り組みがあったので、2020年にコロナ禍が発生した時も大きな混乱などなく、スムーズにリモートワークに対応できました。
ところざわサクラタウン5階のオフィス(正確には、オフィスではなく、キャンパスなのだが……)に入った瞬間、「本当にこれが出版社の職場なのか?」と驚かされる。そして、洗練されたクールなワークプレイスを実際に案内していただくと、非常に緻密な設計が随所に施されていることが明らかになった。
「所沢キャンパス」プロジェクトでは最初、GENSLER(M.Arthur Gensler Jr. & Associates, Inc.)という米国の著名なデザイン事務所にさまざまな知見を提供してもらい、実際のデザインを決める段階から、SUPPOSE DESIGN OFFICEとFLOOAT、OKAMURAに入ってもらいました。
普段は単独で仕事をする方たちに今回はあえて協業していただいたのは、できるだけ多様なアイデアを取り入れたかったためです。結果はその狙い通りで、斬新かつ多彩なデザインが融合して、すごく良いチームとして機能してくれました。
ワンフロアの広々とした空間は、壁やパーテーションといった物理的な仕切りがない、オープンなつくりになっています。広さはサッカーフィールド1面に相当する約9000㎡で、約1000人が働くことができます。
各エリアは一見ランダムにレイアウトされているように見えますが、利便性や快適さには十分配慮しています。天井高が約6mとかなり高いので、仕事モードへの切り替えをうながすために、フロアの4箇所に階段をあがる執務エリア「MORI」を設けていて、ここは天井高を抑えています。各エリアのあいだには、さまざまな人と会話したり、リラックスできるコミュニケーションスペースが配置されています。
なかを歩いていただくとわかると思いますが、4つの「MORI」が行き止まりなくシームレスにつながっていて、広いフロアを自由に回遊できるつくりになっています。フロア中央には自然光を採り入れ、屋上へ至る中庭があり、フロアのどこにいても外気とのつながりが保たれていて、作業内容や気分に合った場所を見つけることができます。
内装はCMF(Color・色/Material・素材/Finishing・仕上げ)を重視していて、エリアごとに色分けしたり、ヴィヴィッドな色は使ったりせず、モノトーンの落ち着いた仕上げにしました。そのほかにも、床の目地をわざと不揃いにしたり、キャビネット類も製品化される1歩前の、素地のままのものを入れてもらい、材質のムラを活かすことでよりナチュラルな雰囲気を出しています。
トイレにもこだわっていて、賃貸オフィスだとトイレは変更できませんが、ここでは5箇所あるうちの2箇所を、性的マイノリティの方の意見も取り入れながら、オールジェンダー仕様にしました。
都心ではなく、郊外の所沢キャンパスにきた時は、できるだけ心地よく働いてもらえて、新しい発想やクリエイティビティの発揮につながるようなデザインを目指しました。
KADOKAWA所沢キャンパスは昨年、「日経ニューオフィス賞」における最高賞「経済産業大臣賞」を受賞した。当然、その反響は大きく、多くの人が見学に訪れているという。
賞をいただいたことで社内の認知度が高まり、一連のプロジェクトに対する理解が深まった点が大きいですね。
このところ見学希望者も急増しています。私も所沢キャンパスをつくる過程で国内外の新しいオフィスをたくさん見せてもらいました。その際、できるだけ社長にも同行してもらい、意見交換を行ないました。そうしたことを積み重ねるなかで、プロジェクトの詳細が固まり、方向性もブレにくくなっていきました。個人的には(他社の先例を見ることで)「これ以上を目指さなければ!」と気合いが入りましたね(笑)。
無限の可能性が感じられるKADOKAWA 所沢キャンパスであるが、取材の最後にITに対する期待や今後の課題をうかがった。
これからの企業あるいは仕事にとって重要なのは、物理的オフィスではなく、IT環境です。ITベンダの方には、現場の人たちがストレスなくつながることができる環境を提供していただきたいです。セキュリティに関しても、我々がそこに神経を使うのではなく(裏ではきっと大変なことをやっているのでしょうけど……)、「ここに接続すれば安全です!」みたいな感じになると、とてもありがたいですね。
このプロジェクトはABWの一環として推進してきたものですが、コロナ禍によって「アクティビティ」自体が制限されたため、ABWのメリットは十分に享受できなかったと思っています。もちろんABWを目指したことでDXが進んだのは大きな成果なので、そこは評価できるのですが、もはやABWの先を考える時期にきていると感じています。
現在、KADOKAWAでは約7割の社員がリモートワークを行なっていますが、コロナ禍が収束したあとも以前の出社率に戻す予定はなく、3つの拠点(東京、所沢、Anywhere)を維持しながら、ライフスタイルや仕事内容に合わせて働く場を選べるようサポートしていきます。ただ、現状では所沢キャンパスの稼働率が想定より低いので、今後、徐々に稼働率を上げていくことが課題です。
最後に、これは決定事項ではなく、個人的な考えなのですが、東京、所沢のワークスペース内には同じチームが集まれる場所――例えば、現在のプロジェクトルームを少しモディファイして、制作中のプロダクトなどを常時、置いておける場があってもいいのかな、と思い始めています。分散して働くことが前提となりつつある今だからこそ、必要な時にごく自然にメンバーが集まれて、自分たちのアイデンティティを確認し合える場所は大事ですからね。
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