IIJ.news Vol.174 February 2023
リーディングカンパニーの情報部門のキーパーソンにご登場いただき、各社のICTに対する取り組みや課題をうかがうとともに、今後も加速し続けるデジタルシフトへの対応についてお話しいただく「デジタルシフトは止まらない」。
第4回では、株式会社アインホールディングスの和田俊哉氏と、サワイグループホールディングス株式会社の竹田幸司氏をお招きし、新しいビジネスを切り拓いていくうえでのDXの役割や活用法について対談していただきました。
アイン
アインホールディングス
執行役員 デジタル推進本部長
和田 俊哉 氏
1990年、新日本製鐵(2001年に分社化、現・日鉄ソリューションズ)入社。流通小売業向けのシステムインテグレータとして多くの企業へのシステム導入を完遂。12年、ファーストリテイリングへ転職し、基幹システム、SCMシステムの構築を担当。18年6月より現職。
サワイグループ
サワイグループホールディングス
グループ IT部長
竹田 幸司 氏
2014年、沢井製薬入社。30年以上にわたり製薬企業のIT部門に所属。クラウド化、ゼロトラスト化、情報セキュリティ強化、グローバル化対応などを推進。サワイグループホールディングス設立にともない、デジタルヘルスなど新規事業創造型DXにも挑戦中。
――本日はご多忙のところお時間を頂戴し、ありがとうございます。まず、サワイグループホールディングスの竹田さまから、簡単な自己紹介をお願いします。
竹田:
サワイグループホールディングス(以下、サワイ)のシステム部門の責任者をしています。私が今の会社に入社したのは2014年で、それ以前は別の製薬会社のシステム部門で二十数年勤めていました。2015年頃は日本のジェネリック医薬品がちょうど米国に進出しようとしていた時期で、そうした仕事に携わりたいという思いもあって、「ジェネリック医薬品のサワイ」に転職しました。
サワイではシステム部門のメンバーとともに、業務改革の一環としてデジタライゼーションを推し進めるDXと、新規ビジネスの創出を目指すDXに、四苦八苦しながら(笑)、取り組んでいます。
――次に、和田さん、お願いできますか。
和田:
私は大学卒業後、新日鉄(現・日鉄ソリューションズ)に入社し、産業系のお客さま向けにFA(ファクトリー・オートメーション)コンピュータの構築・販売などをしていました。当時はセールスフォースオートメーションのはしりで、大手の製薬会社と仕事をしたこともあります。その後、アパレル企業のITの立ち上げをいくつかやらせていただき、その流れでファーストリテイリングに移って、ITシステムの内製化に携わりました。
そうしたなか「自分のやりたいことをしたい」という思いが強くなり、2018年、アインホールディングス(以下、アイン)に転職して、情報システム部門を統括しています。現在はどちらかというと、“攻め”のITより、業務上欠くことのできない“守り”のITをメインにしています。
人材の確保とIT部門の役割
サワイグループホールディングス 竹田さまからアインホールディングス 和田さまへ
【質問1】アインさんのシステム部門の役割分担はどうなっていますか?また、DXへの取り組みの全体像なども教えてください。
和田:
私がアインに入社した4年半前は、IT部門といっても、PCの管理やネットワークを管理する段階でした。そこからまずは、ITおよびインフラサービスの機能を情報システム部に集約しました。そして今は、コールセンターサービス、PCや携帯電話のキッティング、メールやオンライン会議システムといったコミュニケーションツールの管理などを担当しています。DXに関しては先ほども述べた通り、ITシステムの運用・管理がメインで、事業創造型DXとしては、公式アプリの開発やAIを活用した薬歴管理などです。
和田:
完全な外注ではなく、広義の内製で、外部の事業者さまに当社に来ていただき、アジャイル開発を行なっています。
和田:
全部で約40人で、30名がIT関連です。残り10名は物流関連で、倉庫の管理ですとか配送の手配などを行なっています。
竹田:
実は、私が前職のシステム部門で最初に担当したのが物流でした。メインフレームを使って、自分たちでコーディングまでやって物流システムを構築していました。
和田:
そうですか。そこまで自社でやっていたのですね。
アインホールディングス 和田さまからサワイグループホールディングス 竹田さまへ
【質問2】サワイさんの情報システム部員は全員中途入社という記事を読みました。そうしたなか、社業への愛着心を育んだり、定着させていくための工夫などがあれば教えてください。
竹田:
前の会社はキャリア採用を行なわず、新卒を採って育てていくスタイルでした。それでサワイに転職したら、全員キャリア採用だったので、驚くと同時にとても面白いなと感じました。
竹田:
製薬会社から来た人間は私を含めて2名だけで、あとはさまざまな業種業態の人が集まっています。個々人の考え方も十人十色で、「そういう考えもあるんだな」と感じることがよくあります。ですので、それぞれの人が積み重ねてきた経験を尊重しながら、ワンランク上のステージに引き上げていけるよう心がけています。
竹田:
社員は18名です。それ以外に8名がヘルプデスク的なことをやってくれています。
竹田:
はい。ただ、その人数で全てをやるのは厳しいので、2023年には22名まで増やしたいと考えています。
和田:
近年、採用には力を入れているのですが、思うように人材が集まらないですね。
竹田:
うちも同じです。スペシャリストを採るのはかなりむずかしいですね。今、技術者は売り手市場なので、条件の良い会社に流れていく。ですから、面接の際、特に若い人を見る時は、少しハードルを下げたほうがいいのかなとも思っています。
和田:
当社はM&Aをすることで成長してきました。売上でいうと、この20年で約10倍になりました。
竹田:
10倍はすごいですね! それほど急速に大きくなると、IT部門はご苦労も多いのでは?
和田:
そうですね。今年(2022年)だと、約100店舗の調剤薬局を展開しているファーマシィホールディングス(広島県福山市)を子会社化したのですが、このくらいの店舗数ならなんとかなります。2020年には、シダックスグループのシダックスアイ(東京都調布市)を買収しました。シダックスアイは全国の病院、企業、官公庁、大学、オフィスビルなどで400店舗以上の売店を運営していました。この規模になるとITシステムの取りまとめも、けっこう大変です。
竹田:
弊社が米USL(Upsher-Smith Laboratories)社のジェネリック医薬品事業を買収・子会社化した時は、IT部門の代表として私も交渉の段階から関わらせてもらい、USLの担当者と話し合いを進めました。その際、部員間の交流も図りながら、「理不尽なシステム統合はしない」ということをあらかじめ伝えていたので、買収が決まったあとも大きな混乱などはなかったです。
和田:
当社の場合、M&Aの話が進んでいる過程には関わらないので、買収が決まったあとで、「シダックスアイって、どんな会社なの?」から始まって、次に「使っているシステムは何?」となります。
アイングループでは調剤薬局以外にも、コスメ&トータルビューティーショップ、ジェネリック医薬品卸売業など、さまざまな業種業態を展開しているので、システム数も非常に多いです。
和田:
正直、統合できないです(笑)。加えて、調剤薬局の販売管理って、小売系とはまったく別物なのです。調剤薬局のシステムは、発注・在庫管理に加えて、患者さんの薬歴や個人情報の管理、保険請求の仕組みなどさまざまな機微情報を取り扱うため、「レセプトコンピュータ」(以下、レセコン)と呼ばれる特殊な機器領域を形成しています。
まずは、このレセコンと(小売系の)会計システムをつなぐ必要があります。さらにレセコン自体、導入した時期や経緯によってさまざまなメーカや機種があり、それぞれ特徴が違っているので、それらをどうつないで運用していくのか、日々苦労しています。だからといって、突然、「レセコンを替えます!」と言ったりすると薬剤師さんが困るので、基本的には機器はそのまま踏襲して、裏でつなげるという作業を行なっています。
DXの進め方
アインホールディングス 和田さまからサワイグループホールディングス 竹田さまへ
【質問3】マルチクラウドを採用されているそうですが、どのような仕組みで運用されているのですか?
竹田:
私がサワイに来た時、契約しているデータセンターが4つあり(!)、社員が使っているメール環境もバラバラでした。当然、それだと非効率的だし、会社がさらに大きくなると破綻しかねないので、まずはメール環境をグーグルに統合し、データセンターも1つにまとめました。また、将来的にシステム部門がハードウェアのリプレース対応に追われるのは避けたかったので、オンプレのサーバ環境を全面的にクラウドに移行しました。
竹田:
メインはAWSです。2015年から切り替えを始めて、2021年にSAPを移行して、クラウド化を完了しました。今、残っているのは、工場と研究所の機器から出てくるデータを扱っているオンプレだけです。
和田:
当社もクラウドはAWSです。クラウドは楽ですよね。
竹田:
そうですね。クラウドは適材適所で使っていきたいので、AWS以外にもAzureやその他のSaaSも併用しています。
和田:
AWSに関する知見の吸収はどうされていますか?
竹田:
実は、AWSを実装できる技術者は自社にいないのです。コンフィグレーションもアウトソースしています。
竹田:
AWSをどう活用していくのか、ベンダと話ができさえすれば、具体的にコマンドを打つところまではもういいでしょう……といった感じです。もちろん、手が回るならやったほうがいいし、技術者として面白い分野でもあるので個人的にはやりたいのですが、今の体制でそれをやっているとほかのプロジェクトが回らなくなる。
和田:
当社には準社員というかたちで来てもらっているAWSの技術者が3名います。
サワイグループホールディングス 竹田さまからアインホールディングス 和田さまへ
【質問4】「いつでもアイン薬局」のアプリは、和田さんのチームでつくっているのですか?また、アプリを使ったオンライン服薬指導の利用状況と今後の拡充計画についても教えてください。
和田:
「いつでもアイン薬局」は、現場のメンバーと我々のチームが連携しながらつくっています。
和田:
まだ認知度が低く、利用は少ないです。今後、規制緩和が進み、2023年1月から電子処方箋も本格化するので、オンライン服薬指導の利用も増えてくると見ています。
竹田:
その点、米国は進んでいますね。USLのIT責任者がミネアポリスに住んでいるのですが、例えばテキサスで病気に罹ると、オンライン診療でミネアポリスのかかりつけ医に診てもらって、薬はテキサスの薬局でもらうといったことが普通に行なわれているそうです。日本は狭い国土にクリニックも薬局もたくさんあるのに、なかなか米国のようにはならないですね。
和田:
日本では、薬局は全国どこの病院の処方箋でも受けつけています。ですが、具合が悪くなって病院に行く人が多いので、薬は病院の前や至近にある薬局で受け取り、すぐ飲みたいという人が多いです。そのため、病院の近くの薬局が便利で、利用されています。
竹田:
電子処方箋の利用が始まると、わざわざ薬局に行き薬をもらわなくてもいいという人が増えるのではないでしょうか。
和田:
私は、オンライン診療が進んで、「電子処方箋を○○の薬局に送ってください」という人が増えるんじゃないかと考えています。
薬を飲まないと病気は治らない、つまり、薬はもらわなければならないので、薬局には必ず行くでしょう。急性疾患の患者さんは薬がすぐにほしいので、診療はオンラインで済ませて、薬はかかりつけの薬局でもらう……といったふうに。
DXが切り拓くデジタルヘルス
――DXを推進して、「こんなことを実現したい」といったお話があれば、お聞かせください。
竹田:
我々は事業創造型DXの核として「SaluDi」(サルディ)を展開しています。これは日々の健康状態を自分で記録・管理し、医療機関とも情報共有できるPHR(Personal Health Record)管理アプリです。地域医療連携の場においてこうしたツールが基点になって、拠点病院をはじめ、中小のクリニックや薬局、さらにはコンビニや小売店などで、地域の患者さんのデータが共有され、理想的には他県などに引っ越ししても、データをもとに見守りやサポートが受けられるような仕組みにしていきたいと考えています。災害時など、紙のデータは失われる可能性がありますが、クラウドに保管されていたらどこからでも利用できますからね。
和田:
考えていることはサワイさんとほとんど同じです。我々も「アインお薬手帳」というアプリを提供しているので、これをもっと利用してもらって、病気の時だけに限らず、この手帳を見ることが健康な状態を保つ一助になるようにしていきたいです。健康な人はそうしたアプリをそもそも必要としていないので、今後の課題は、健康な人でも“使いたくなる”ようにしていくことです。
――初めて利用する薬局では、必ず病歴や薬歴を書かされますが、ああいった情報も「SaluDi」や「アインお薬手帳」のなかだけなら共有できるのではないでしょうか? その枠を越えて横断的に利活用するとなると、まだまだむずかしいかもしれませんが。
和田:
現在、政府主導で「オンライン資格確認」という制度がつくられて、患者さんの保健医療情報を確認できるようになってきました。ただ、こうした動きは国の施策や地域医療連携のなかで徐々に進んでいるというのが実情です。
――利活用が思うように進まない背景には、機微情報の取り扱いのむずかしさがあるのでしょうか?
和田:
それはありますね。薬歴は全て機微情報ですし、患者さんの連絡先や家族の情報が紐付いていて、基本的に“門外不出”なのです。だからレセコンは薬局ごとに置かれ、ネットワーク的にも切り離されていて、絶対に個人情報が漏えいしないようになっている。こうした状況も今後は、セキュリティが堅牢なクラウドにデータを集めたうえで、まずは自社内での情報連携から始めるといった方向に変わっていくと思います。
竹田:
オンライン診療や電子処方箋は、米国ではかなり広まっていますし、便利なものは便利なので、規制が緩和されれば変わってくるのではないでしょうか。特に、地方など医療へのアクセスが不便なところでは、必ずニーズがあると思います。そのためにはまず、日本の医療体制が変わる必要がありますが、変わった時点で土俵に立っていないと話にならないので、我々もデジタルヘルスの新しい動きにはできるだけ参画していきたいと考えています。
サワイグループホールディングスがリリースしたパーソナルヘルスレコード(PHR)管理アプリ「SaluDi」(サルディ)
――IIJも「電子@連絡帳」という医療・介護・福祉従事者間の情報連携アプリを提供していて、全国70を超える自治体でご利用いただいています。
和田:
残念なのは、さまざまな試みがなされているにもかかわらず、地域やメーカごとに分断されているんですよね。
竹田:
ですから、まずは「SaluDi」と「アインお薬手帳」と「電子@連絡帳」を連携させて、新しい環境を構築しましょうよ。
――では最後の質問です。お二人にとって「デジタルシフト」とは何ですか?
和田:
私はDXとデジタルシフトはちょっと違うと思っていて、DXという言葉には未来志向の夢がある一方、デジタルシフトはまだ残っているアナログ業務をデジタル化していくなど、重要かつ最優先で取り組むべきこととも言えるので、「必然」としました。
竹田:
私にとってデジタルシフトは「挑戦・意地」です。DXを業務改革+新規事業創造の2軸で推進しようとしている点が「挑戦」であり、IT部門もその推進の中核を担うと位置づけているのが「意地」です。PHR管理アプリ「SaluDi」開発の企画・立案もIT部門発なので、「IT部門も新規ビジネスを生み出すことができるんだ!」という意地を見せたいという思いもあって、この言葉を選びました。
――素晴らしいお話をうかがうことができました。本日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。
対談を終えて
- 〈モデレーター〉
IIJ 専務取締役
北村 公一 -
医薬の世界は、病歴や薬歴などの機微情報を取り扱うためセキュリティが重視されるとともに、国を中心とする行政の規制も非常に厳しいので、なかなか地域や医療機関を横断した情報共有が進まず、患者さんや家族の利便性が損なわれたり、医療・介護・福祉従事者の情報連携が進まないといった大きな課題を抱えているとのことです。今回の対談では、和田さん、竹田さんのお二人から、こうした難題解決にチャレンジする意気込みを聞かせていただきました。
対談を行なわせていただいた(株)アインホールディングスの東京オフィスでは、広いエントランスに飾ってあった、我々を見守る「ブルードッグ」の絵が印象的でした。この絵は、米国ルイジアナ州生まれの画家ジョージ・ロドリーゲによるもので、幸福をもたらす絵として知られています。DXが切り拓くデジタルヘルスが、お二人の尽力により、着実に進むことを確信しました。