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デジタル革命の海へ 個別化の時代

IIJ.news Vol.177 August 2023

AIによるビッグデータの精密な解析により、消費者に提供されるさまざまなサービスが自在に“個別化”される時代が到来している。
ここではデータ駆動社会の現状を鑑みながら、その是非についても考察してみたい。

執筆者プロフィール

IIJ 取締役副社長

谷脇 康彦

データ駆動社会とセグメント化

産業革命以降、今日に至るまで「大量生産・大量消費」の時代が長く続いてきた。同一の商品を大量生産することでコストを低下させ、価格の低廉化を通じて消費者の需要を喚起する。商品の価格は需要と供給が一致したところで決まる。

しかし、同じ商品であっても消費者の特性に応じて、いくつかのセグメント(領域)に分けられることがある。例えば、映画の学割やシニア割は年齢を基準としたセグメント設定である。また、同じ市場であっても時間軸で市場をセグメント化するケースもある。高速道路のロードプライシングの場合、混雑が見込まれる時間帯には相対的に高い料金を設定することで高速道路の利用を抑制し、通行量の平準化を図っている。折しも本年7月から東京湾アクアラインで土日祝日のロードプライシングが開始された。

データ駆動社会の到来によって、市場のセグメント化は、年齢層や時間帯といった粗いセグメント分けにとどまらなくなってきている。

キーワードは「個別化(personalization)」で、その代表例が「個別化医療(personalized medicine)」だろう。個別化医療では、同じ疾病であったとしても、個人の症状はさまざまで、一人ひとりに最適な治療計画を用意し、異なる薬の投与や治療法を採用することで、治療の効果を上げ、副作用のリスクを低減できる。いわばテーラーメイド型の医療だ。教育や介護の分野でも、「一人ひとりに適したサービス」という文脈で個別化という言葉が使われることが多い。食料品の分野でも、個人の体質などに適合した商品が販売されている。

情報通信の分野でも、例えばコンテンツの配信サービスでは、提供されるコンテンツ全体は共通であるものの、個人の視聴履歴をAIで精密に解析して「このコンテンツがあなたの好みに合っている」といったレコメンドを表示する手法はすでに一般的であり、その優劣が競争を勝ち抜く重要な要素の1つになっている。

個別化はOK、差別はNG

では、個別化はどこまで進むのだろうか?通信料金の場合、個人の許諾を前提として、膨大な個人データをもとにAIによる解析を駆使して本人の好みや特性を徹底的に分析し、最適な通信料金を提示する。極端な話、通信サービスの料金が個別化して、みんな違う料金が適用されることだってあり得るのだ。

しかし、こうした個別化料金については検討すべき点も多い。英国の通信主管庁が2020年に公表したレポート*1で、この個別化料金の問題を取り上げている。

たしかに、通信事業者にとって個別化料金は、料金設定の柔軟度が増し、トータルとしての顧客満足度を引き上げるのに役立つだろう。しかし、例えば、他社に移行する可能性がある顧客には特に低廉な料金を提示し、逆に他社に乗り換えることを考えていない顧客には料金を引き下げないとすればどうだろう。これは営業戦略の観点から見れば合理的かもしれないが、利用者間の負担の公平性という観点からは許容されない。しかも、こうした恣意的な囲い込みの手法は市場における競争を不健全なものにする。

一般に、顧客の属性ごとに個別料金を設定するのは、顧客を適正な基準によって「区別(distinction)」することだ。しかし、同じサービスであるのに合理性や透明性に欠ける料金を顧客に提示するとすれば、それは「差別(discrimination)」になる。

AIを活用したビッグデータ解析は、驚くほど簡単に個別化という「区別」を可能にする。しかし、そこで重要なのは、AIのアルゴリズムが本当に公平性を担保し、差別的でないかどうかという説明責任(アカウンタビリティ)と透明性である。

政府の「人間中心のAI社会原則」*2は「AIの設計思想の下において、人々がその人種、性別、国籍、年齢、政治的信念、宗教等の多様なバックグラウンドを理由に不当な差別をされることなく、全ての人々が公平に扱われなければならない」としている。重要なのは「区別はするが、差別はしない」という運用方針(ポリシー)をAIが確実に履行できるという担保だ。そのためには第三者によるAI監査などの仕組みが必要かもしれない。他方、AIの進化は今後も止まらないし、むしろ加速するだろう。「自己意識」を持ち「自立学習」を行なうAIが登場すれば、監査などの仕組みが機能し続けるかどうかわからない。

AIによるデータの精密解析による個別化の時代が来ている。しかし、それを社会として受容するには、AIを賢く運用するための知恵が問われている。

  1. *1OFCOM “Personalized Pricing for Communications:
    Making Data Work for Consumers” (August 2020)
  2. *2総合イノベーション戦略推進会議「人間中心のAI原則」(2019年3月)


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