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IIJ.news Vol.179 December 2023
これまで旧規格のままだった放送設備において、IP化がようやく始まろうとしている。
本稿ではその背景・現状・課題を踏まえながら、IIJの取り組みを述べる。
IIJ 執行役員 第二事業部長
井手 隆裕
「通信と放送の融合」という言葉が出てきて20年以上が経ちました。その間、ブロードバンド化、デバイスの進化、放送データのデジタル化、配信設備の拡充など、放送業界を取り巻く環境は大きく変化し、スマートフォンなどでテレビやネット配信の番組を視聴するシーンも日常的になってきました。
こうした流れに沿って放送局の設備も“IP化”されていると思われるかもしれませんが、実は、放送局内設備のIP化はこれからといった状況です。放送局で使用されている番組制作・放送設備はSDIという同軸ケーブルで接続されたネットワークが標準となっています。同様に、中継現場や送信所に送出する主調整室(マスター)やスタジオ内のマイク・ヘッドフォンに至る全ての機器もSDIで接続されており、まだIP化が進んでいません。
番組制作・放送設備用のデータをIPネットワーク上で通信するために「ST2110」という通信規格が標準化されています。この規格により、放送局内設備のインタフェースをSDIからイーサネットや光ケーブルに変換できるようになります。伝送距離が100メートル程度のSDIに対し、長距離伝送が可能な光ファイバによるIP伝送は、放送設備の物理的スリム化を実現します。また“1対1”の接続が基本であるSDIに対し、IP伝送による“n対n”の接続には、設備の共用を可能にするというメリットもあります。さらに、クラウドに代表されるIPネットワーク上にある既存の各種サービスと接続できれば、働き方改革やワークフローの変革なども促進できると期待されています。
以上の話ですと、IP化にはメリットしかないようですが、現状、放送局でIP化が進んでないのは、なぜでしょうか?
まず、テレビ用のカメラから出力される制作用の映像データは非常に高品質なので、それをIP伝送するには高帯域が不可欠です。例えば、HD画質だと1台のカメラで約1.5Gbps、4Kだと約12Gbps、8Kだと約24~144Gbpsが必要となります。広帯域ネットワークが普及してきた現状であれば、100Gbpsや400Gbpsといったインタフェースを用いて必要十分な構成を実現できるので、放送局でもIP対応が進みつつあります。海外の放送局では、フルIP化された設備設計も実現可能なレベルに来ています。
ほかにも課題は残されています。制作・放送設備は同じタイミングで更新されるわけではなく、ある年はスタジオ、回線センターは翌年……といった具合に、システム単位で順次更新されていきます。設備の一部だけをIP化してもIPのメリットを活かしきることはできないので、どのタイミングでどの設備をIP化するのか? という判断がむずかしく、重要なのです。加えて、国内放送機器メーカ側でST2110の実装状況が均一でなかったり、移行に高いコストがかかったり、遅延を絶対に発生させてはならないという(IPでは実現が困難な)国内放送特有の品質担保設計があったり……といった課題もあります。
放送局のマスター設備とは、番組送出プログラムによって各局のビデオサーバから送信所に自動送出される番組の運用・放送品質を監視する設備で、緊急放送などの割り込みが発生した場合の切り替えもマスターの役割となります。各放送局は可用性を含め、複数のマスター設備を保有していますが、マスターは定期的に多額の更新コストがかかる設備でもあります。
最終的な送信所への接続元となるマスターは、スタジオのIP化と切り離してIP化し易い設備であり、マスターをIP化したあとにスタジオなどをIP化していくのが、システム面・コスト面でも合理的です。また、IP化だけでなく、マスターの各種サーバをクラウド化して共通利用するという構想も出ています。
IIJは1990年代からインターネットを介した動画配信に取り組んできました。そして2016年には、放送局各社の出資によりJOCDN株式会社を設立し、高品質なCDNサービスを支援しています。
IIJは信頼性の高いバックボーンを全国に張り巡らし、放送局で必要とされる100Gbpsや400Gbpsといった広帯域ネットワークを運用してきた実績を有しています。このノウハウを駆使して、放送業界のIP化に貢献したいと考えており、すでにスタジオ外の遠隔地(中継先)で制作された映像や音声をインターネットで放送局にIP伝送する「リモートプロダクション」といった仕組みも実現しています。これにより、中継現場に持ち込む機材や、スタッフ、設営にかかる費用・時間を最小限に抑えることができます。
また、放送局ごとに整備する必要があるマスターのIP化だけでは従来のSDIマスターに比較してコスト効果は見込めませんが、IP化の本質的なメリットであるクラウド化(共通利用)が進むことでコスト面でも大きなメリットが発生します。
放送各局がマスターのクラウド化を本番環境で実施するのは、早くて2030年前後になる見込みですが、IIJは国産クラウドベンダとして今から放送業界のステークホルダ各社と協業しながら、実用化に向けた取り組みを推進し、放送業界のIP化に貢献したいと考えております。
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