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IIJ.news Vol.180 February 2024
宇宙ビジネスの隆盛にともない、インターネットも宇宙を目指す時代がすぐそこまで来ている。
本稿では、長年、通信事業に携わってきた筆者が目前に広がった宇宙に思いを馳せつつ、ネットワークの近未来を描く。
IIJ 常務執行役員 基盤エンジニアリング本部長 IIJ エンジニアリング 代表取締役社長
山井 美和
1983年、熊本電波高専卒業後、三光汽船、山武ハネウエル(現・アズビル)、日本ディジタルイクイップメント(現・日本HP)に勤務し、おもにシステム開発を担当。90年、通信業界に移り、国際デジタル通信を経て、99年IIJ入社。入社と同時にクロスウェイブコミュニケーションズへ出向。広域LANサービスの企画やデータセンター建設に従事。2004年IIJに帰任。05年、勤務のかたわら早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了。サービス設備の構築運用やデータセンター事業を統括。21年より現職。
令和5年6月13日、宇宙基本計画が閣議決定され、日本でもようやく本格的に宇宙技術戦略の議論が始まりました。しかし、それもまだ緒についたばかりで、基盤技術開発に加えて、民間事業者を主体とした商業化の道筋をおぼろげに示しているに過ぎません。
このような日本における宇宙関連ビジネスの現況は、IIJが1992年に産声を上げたあの時代のインターネットを取り巻く状況に似ていると感じるのは、筆者がその真っただ中にいた経験を持っているからなのです。
スプートニク1号が宇宙から電波を送信したのが1957年10月4日。その後、米ソ冷戦下でロケットの開発競争が加速し、核戦争の脅威が差し迫るなか、回線交換ともパケット交換とも異なるネットワークの研究がARPANET(図版)から始まりました。
1963年4月に執筆されたとされる“Memorandum For Members and Affiliates of the Intergalactic Computer Network”に“Intergalactic”とあるのは、当初からこの概念が宇宙空間に広がったコンピュータネットワークを想定していたのではないか、と筆者は考えています。
ロケット開発、人工衛星、有人宇宙飛行、月面着陸、宇宙ステーション、スペースシャトル……等々、1950年代から繰り広げられてきた宇宙における覇権争いは、宇宙に関わる関連技術としての電子工学、通信工学、そしてコンピュータ工学などの発展に寄与してきました。
1865年に創設されたITU(当時はInternational Telegraph Union)で国際間の電信網の相互接続の取り決めがなされて以来、有線、無線、電信、電話などの標準化に関して国家レベルでの協調が保たれてきました。インターネットはアメリカ政府の支援があったにせよ、IETFを中心とした非営利組織の活動を主体としながら、参加する人々により自律的にガバナンスが保たれてきました。
今、宇宙に関連して世界に目を向けると、米ソ対立よりも複雑化した国家間の争いがあるものの、インターネット時代を作り上げてきた世代がスポンサーとなって宇宙ベンチャー企業を立ち上げ、宇宙の商業利用に向けた取り組みを始めています。
一方、日本に目を向けると、ロケット打ち上げは民間に移管されていますが、依然、国の事業として取り組まれていると見るのが妥当であるように感じます。そうしたなか、大学を中心とした小型衛星の開発は、試行錯誤を繰り返しながらも発展してきており、そこで学んだ先駆者たちが宇宙ベンチャー企業を立ち上げて、果敢に挑戦しようとしています。
インターネットの商用化前夜、大学などの研究機関がインターネットの運用を担っている時代がありました。また、企業や大学でインターネットの構築に関わった技術者の一部は、業務で電子メールを使って遠隔地の同僚とやり取りをし、Telnetを使って遠隔地のコンピュータにログインしてプログラム開発を行なったりしていました。
米国でインターネットの商用利用が始まった時、いち早く技術的な可能性を感じていた人たちが会社を立ち上げ、日本でインターネットを築いていった歴史は皆さんもご存じだと思いますが、これと似た状況が、今まさに宇宙分野で起こっているのはまぎれもない事実であり、日本におけるインターネットの黎明期から関わり続けた技術者の1人として体感しているところでもあります。
これまで日本では、ロケットと衛星の開発は大型のものを中心に進んできましたが、それらは膨大なコストを要し、小さな企業で賄うにはあまりにも重すぎるものでした。そうした過程は、過去からある大きな通信会社の巨大なインフラをサービス利用しながら、小さなISPが新しいネットワークを築いてきた歴史と重なって見えます。
その後、SpaceX社のような企業が設立され、積極的な技術開発を経て、米国において打ち上げコストが下がるなか、中型から小型の衛星を宇宙空間に打ち上げて、地球環境の観測、資源探査、深宇宙との通信、大容量データ処理、複数の衛星で機能を実現するコンステレーションなど、新しいビジネスの可能性が見えてきました。
今後、どのようなビジネスが生まれるでしょうか? 宇宙空間には無限の可能性が広がっていますが、どんなビジネスが生まれても、当分のあいだ、それを利用するのは地球上にいる人間であり続けるでしょう。将来、他の惑星、衛星、宇宙空間に滞在する人間が使うようになっても、相手が人間であろうと機械であろうと、それらのあいだを取り持つ“通信”との関係は、切っても切れないと考えられます。
これからは、地球上と宇宙空間の通信は静止衛星に加えて、周回衛星(低軌道、中軌道、準天頂軌道)を使った宇宙空間との通信や、宇宙にルータ、スイッチ、データセンターまでもが存在するようになる、と想定しておく必要があるでしょう。すなわち、宇宙空間においてインターネットが構築されるのです。
このような環境のもと、宇宙という未開の地に踏み出そうとする人たちに、地球上のインターネットと接続する手段やデータを処理したり、保管したりするリソースを提供することを通して、宇宙関連産業の発展に貢献できるのではないか――これが、我々が宇宙に目を向けた背景と言えます。
2023年11月27日から東京・日本橋で開催されたSPACE WEEK 2023のオープニングセッションで、当社も加盟している一般社団法人クロスユーの理事長である東京大学の中須賀真一教授から「非宇宙の人もどんどん参加している」といった発言がありましたが、まさに宇宙が特別なものではなく、宇宙に接点を持たない人たちも含めて、一般化してきたことを象徴しているように感じました。
インターネットの初期、電子メールやWWWを使う人たちがオタクのように言われた時代もありましたが、今やそれらも普通に使われるようになり、パソコンやスマートフォンなしでは、仕事ができないまでになりました。同じように今後は、天体観測、ロケット、SFが好きな人たちだけが宇宙に取り組むのではない――彼らがキッカケをつくったことはたしかですが――時代が訪れることでしょう。
上野公園にある国立科学博物館の裏には、日本初の人工衛星「おおすみ」を宇宙に運んだラムダ4S型ロケットの実験模型と一緒にロケットランチャーがひっそりと展示されています(下記写真)。これは日本における宇宙開発の記念碑ですが、その存在を知っている人は少ないと思います。
宇宙開発は衛星の打ち上げや製造だけに限らず、さまざまな歴史を土台として、新しい宇宙関連ビジネスとして生まれ変わろうとしています。衛星を管制・制御するには地上局の開発も必要でしたし、それらに関連するソフトウェア開発も行なわれるなか、これら宇宙開発に付随して多くの技術的進歩がもたらされたことは言うまでもありません。
電気通信の歴史をひも解けば、有線(銅線、光ファイバ)と無線(電波、光)に関する技術開発が、さらなる技術開発を生み出し進歩してきました。商用の自動車電話として始まったサービスが、今日の携帯電話に至るまでの歴史を振り返っても、電波による無線通信がアナログからデジタルになったことで大きく変貌したことがわかります。
アマチュア無線を趣味とする人たちのなかには、V/U/SHF帯の電波を使って小型衛星を中継した通信や月面反射通信など、宇宙空間との通信を楽しんだ人も多いでしょう。それらを含めて、これまでの宇宙空間との通信は、宇宙を中継点として地球上の2地点間を結ぶことがメインでした。
筆者は宇宙に関連する仕事として、おもに静止衛星であるインマルサット衛星を使った移動局や地球局での無線技術者という経験を持っていますが、その頃から比べると、今の衛星通信は、低軌道周回衛星を追跡する地上局や、Starlinkのような小型でありながら大容量通信ができる端末、天文台のような光地上局など、かつては想像もできなかったものが登場しています。
1977年8月20日、木星に向けて飛び立ったボイジャー2号、その19日後に飛び立ったボイジャー1号など、今もまだ運用が継続し、データを送り続けている衛星はたくさんありますが、宇宙との通信を行なう地上局がなければ、それらのデータを受け取ることもできません。
そう考えると、宇宙空間と地球、また宇宙空間同士をつなぐネットワークの重要性はますます高まっていくことは必然かつ歴史的帰結と言えます。宇宙空間とのネットワークの結節点である地上局が宇宙へのゲートウェイとなるのです。
気象衛星「ひまわり」(下記図)からの情報が天気予報の精度を高め、光学衛星による地球上の解析を通して、地球環境の変化(砂漠化、二酸化炭素排出、森林面積の減少など)を認識できるようになり、さらには合成開口レーダ(SAR)で地表面の変動を観測するなど、宇宙から地球を見下ろすかたちでの活用が盛んになっています。
2023年9月14日に開催された当社のビジネスカンファレンス関西2023で、九州工業大学工学研究院宇宙システム工学研究系の趙孟佑教授に小型衛星について講演していただきましたが、「小型衛星の打ち上げがこんなに身近になっているのか!」と驚きました。また、開発途上国への技術支援など小型衛星の開発は、実は日本がリードしているという事実にも気づかされました。
さらにクラウドサービスが広く活用されるようになった現在、こうした周回衛星による膨大な観測データを保存・解析するためのネットワークや処理基盤の需要が高まっており、それらに関わる新たなビジネスを模索する動きも出てくると考えられます。
当社は国内でもいち早くクラウドサービスに使い得るサーバ基盤を立ち上げており、2000年代から自社で運用し、その後、お客さまにもIIJ GIOとして提供してきました。これらの情報処理基盤は、地球上に網の目のように張り巡らされたネットワークによる分散処理基盤であり、この分散処理基盤は、地球上および宇宙空間からもたらされる膨大な情報を起点としてさまざまなビジネスが動き出す“データ駆動社会”の基盤にもなり得るのです。
近年、半導体の製造技術は目覚ましく発展していますが、宇宙空間において長期的な使用に耐え得るデバイスの量産はいまだ道半ばです。そのため、宇宙と地上をつなぐことで宇宙ではまだできないことを地上で処理して宇宙に送り返すということも視野に入れておくべきだと考えます。これは逆に、地上で営まれているビジネスは宇宙空間でも営むことは可能であり、そこに至るネットワークをインターネットやクラウドサービスと同じように構築できれば「地上か、宇宙か」を意識することなく、ビジネスを展開できることを意味します。
そして、宇宙空間でも機器の製造が可能になり、長期使用に耐え得るものができるようになれば、宇宙空間を中心としたビジネスの花が開くことになるでしょう。さらに、将来の宇宙ビジネスは、地上でのビジネスの焼き直しにとどまらず、業界や国家をまたいだ、多種多様なビジネスへと発展していくと想像しても、何ら不思議はありません。
地球を回る軌道上には、スペースデブリも含めて何十万・何百万もの物体が物理法則に従って飛んでいます。古い携帯電話からレアメタルを取り出す“都市鉱山”といった事例のように、宇宙で古い衛星やスペースデブリを回収してリユースできるようになるかもしれません。現に、スペースデブリの回収を含む軌道上でのサービスを提供するベンチャー企業も立ち上がっています。まさに「持続可能」という言葉は、宇宙空間にも広がり始めているのです。
宇宙空間に国境は存在しません。宇宙から地球を見れば1つの惑星に過ぎず、そこに国境があることなど忘れてしまいます。インターネットに実装されている自律分散のルーティングは画期的な技術であり、さまざまなネットワークの構築に使われています。今後はインターネットと同様に、1つひとつが自律したネットワークシステムとして宇宙空間でも相互接続やトラフィック交換がなされるようになるでしょう。地上で生まれたインターネットが宇宙に向けて広がる日は、そう遠くないはずです。
“The Intergalactic Computer Network”――銀河が1つの自律ネットワークシステムであると考えれば、それらを結ぶコンピュータネットワークは、さしずめ宇宙空間を満たすダークマターと言えるかもしれません。真空かつ静寂で漆黒の空間、地球上においてその存在さえも気づかない空気のような存在なのかも知れません。
インターネットが宇宙空間にも広がった暁には、遠くの天体や宇宙機と接続される日がくるでしょう。今のところ、光速を超える通信は実現できていないため、宇宙空間で通信するには、遅延を考慮に入れたプロトコルの開発が必要になってきますが、果たしてどういうものになるのでしょうか? 時間と空間を超えるインターネットが出現するのでしょうか?
地球上にはインターネットに接続できていない国や地域も残されており、インターネットは宇宙空間と同じく、まだまだ広がり続ける無限の空間とも言えます。「宇宙……それは人類に残された最後の開拓地である」で始まるSFドラマのナレーションは60年を超えてもなお、筆者の脳裏に強く焼き付いています。
一見、無関係にも見える宇宙とインターネットがつながる日が間近に迫っている今は、小学生の頃、アポロ11号の月面着陸を白黒テレビで見て育った筆者のような世代には大変喜ばしく、ワクワクする時代なのです。今回の特集を通して、読者の皆さんが宇宙をより身近に感じていただければ幸甚です。
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