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となりの情シス Special 生成AI活用手法と社内に新しいテクノロジーを持ち込む際の推進のコツ

IIJ.news Vol.183 August 2024

モチベートセミナー① 日清食品ホールディングス株式会社
ここでは、日清食品ホールディングスでCIOを務める成田敏博氏と、
デジタル化を推進する山本達郎氏によるモチベートセミナーをダイジェスト版でお届けする。
まず成田氏から生成AI活用プロジェクトの概要や情報システム部門の組織体制について、
続いて山本氏から生成AI導入後の社内への展開手法についてお話しいただいた。

執筆者プロフィール

日清食品ホールディングス株式会社
執行役員・CIO(グループ情報責任者)

成田 敏博 氏

1999年、アクセンチュアに入社。公共サービス本部で業務プロセス改革などに従事。2012年、ディー・エヌ・エーに入社。IT戦略部長として全社システム戦略立案・企画・構築・運用全般を統括。その後、メルカリのIT戦略室長を経て、19年に日清食品ホールディングスに入社。21年8月より現職。

執筆者プロフィール

日清食品ホールディングス株式会社
情報企画部 デジタル化推進室 室長

山本 達郎 氏

2006年、日清食品に入社。市販用冷凍食品の営業担当を経て、12年より経営戦略部、Business Innovation室で業務プロセス改革などに従事。18年にRPAプロジェクトを立ち上げ、全社の業務自動化を主導。21年にデジタル化推進室を新設し、生成AI・RPA・ローコード開発ツールなど、デジタル技術を駆使した業務のデジタル化を推進。

本記事は2023年12月の講演内容をもとに再構成しています。
記事内のデータや組織名・役職などは当時のものです。

わずか1カ月で生成AIサービスを社内公開

成田:
日清食品ホールディングスはグループ企業約60社を束ねる持株会社で、2019年から「DIGITIZE YOUR ARMS(デジタルを武装せよ)」というスローガンを掲げています。これは、デジタルを最大限に駆使して、自分たちの働き方を“破壊”してでも業務を変革していくべきだ、というメッセージを示しています。

当社では「NISSIN AI-chat powered by GPT-4」と名付けたサービスを2023年4月下旬にリリースし、現在、約4800名の従業員が利用しています。キッカケとなったのは、2023年3月末に実施した安藤宏基CEOとの1on1です。

私は安藤CEOに「日清食品ホールディングスが今後、取り組むべき課題は何ですか?」という問いに対するGPT-4の回答を示しました。これを見た安藤CEOは、驚きと恐れを感じつつも、新しい技術の革新性とこの技術には会社を変える可能性があることを肌で感じたのだと思います。そのわずか2営業日後に開催されたグループ合同の入社式で、安藤CEOは新入社員に向けてChatGPTを用いて作成したメッセージを紹介しました。

この様子を見た私は、ChatGPTには何ができ、何ができなくて、どのような制約があるのか……といったことを、社員が一刻も早く把握している状態にもっていかなければならないと感じました。そして会社に戻り、その日のうちにIT部門のなかから希望者を募り、プロジェクトチームを立ち上げました。

さっそく活動方針を検討した結果、当社専用のセキュアな環境を構築するのが1番近道であると判断し、2週間ほどで専用環境を構築しました。それと並行して、法務部やサイバーセキュリティ戦略室、内部監査部やリスクマネジメント室など、いわゆる“守り”の関連部署と調整を進めました。そのほかにもロゴやキャラクターを使用するためにデザイナーやマーケティング部門との調整も行ないました。こうした作業を経て、約1カ月後の4月25日、NISSIN AI-chatを社内公開しました。

生成AI活用におけるリスクをどう捉えたか

成田:
プロジェクトの最初に行なったのはリスクの整理です。ChatGPTは新しい技術であるがゆえに、さまざまなリスクが指摘されていましたが、当社ではそうしたリスクを大きく2つに集約・整理しました。1つ目はセキュリティ、2つ目はコンプライアンスです。

セキュリティリスクに対しては、専用の環境を構築し、業務利用はこの環境に限定するという対策を講じました。コンプライアンスに関しては、不正確な情報を鵜呑みにしてしまったり、流用してしまうことなどが考えられましたが、これらはChatGPTに限らず、インターネットで情報収集する際にも当てはまるリスクです。よって、リテラシー向上のためのガイドラインの策定、説明会の開催、通報の発信、社内報での告知などを通して、繰り返し社員に注意喚起を促しました。さらに、システム上でも注意喚起が何度も表示されるようにして、啓蒙を実施しました。

いかにして活用の裾野を広げるか

成田:
ここまでが導入から1カ月ほどの取り組みです。しかし、今、振り返ると、このあと現場で活用を促進していく道のりが、非常に長く険しいものでした。「生成AIを導入はしたけれど、なかなか活用の裾野が広がらない」という課題を抱えている企業は多いと思いますが、当社でもまったく同じ課題に直面しました。

こうした状況でどのようなアプローチをとったのかについては、現場で施策をリードしたデジタル化推進室室長の山本からお話しさせていただきます。

まずは“成功事例”を作ろう!

山本:
NISSIN AI-chatのリリース後、我々は大きな壁に直面しました。グループ会社に展開したものの、利用の裾野が広がらないのです。うまく使いこなす社員がいる一方、多くの社員は「便利だが、業務にどう活用すればいいのかわからない」という状況に陥りました。

そこで、まずは“成功事例”を作ろうと考え、グループのなかでもっとも社員数が多く、影響力も大きな事業会社「日清食品」の営業部門と連携して、「セールス活用プロジェクト」を立ち上げました。この「セールス活用プロジェクト」は、次の4つのステップで進めました。
  • 研修実施
  • 対象業務洗い出し
  • プロンプトテンプレート作成
  • 効果算出/利用促進

以下では、最重要項目の「プロンプトテンプレート作成」についてご紹介します。

これは、対話型AIへの指示文(プロンプト)を、当社の営業業務に即して定型化した「食べ方のアイデア出し」に関するテンプレートです。営業がクロスマーチャンダイジングを行なう際、商品の食べ方を提案することがあり、そのアイデアをNISSIN AI-chatに考えてもらう目的で考案しました。

セールスの担当者が30個ものアイデアを出そうとすると、それなりの時間がかかりますが、対話型AIを活用することで時間を短縮できます。その際、得られた回答をそのまま使うのではなく、ヒントになるようなものをピックアップして、そこに日清食品らしさを加味するといった使い方を想定しています。

このように指示文を定型化することで、対話型AIを使用して、誰でも高いクオリティのアイデアを得られます。これらのプロンプトは、全国8ブロックの営業拠点から選抜されたプロジェクトメンバーと連携して作成しており、現在その数は20に及びます。

プロンプトサンプル 「食べ方アイデア出し」

遠くのIT部門より近くの親しい同僚から説明を

山本:
テンプレートの作成に次いで「効果算出/利用促進」にも力を入れました。ポイントは、よりユーザに近い存在が情報を発信して利用を促進することです。現場から遠い存在である我々IT部門ではなく、全国8ブロックのプロジェクトメンバーに説明会や定例ミーティングなどを開いてもらい、プロンプトテンプレートの使い方や効果的な活用事例を説明してもらいました。

また、社内報を通じて「NISSIN AI-chatを積極的に活用することで、生産性を向上させ、価値創造の時間を増やそう」「現場の声をどんどん上げてほしい」といった営業戦略部門長のメッセージを発信し、現場の声を吸い上げることにも注力しました。

これとともにIT部門では、生成された回答の良い点と改善点を、NISSIN AI-chatの画面上から直接フィードバックできる機能を実装し、利用者の声を吸い上げる仕組みを整えました。さらに、フィードバックされた内容を可視化できるアプリをローコードで開発しました。回答をAIが自動で「要望」や「回答精度」など、いくつかの項目に割り振り、情報を整理・集約するものです。

こうした取り組みによって、営業部門におけるNISSIN AI-chatの月別利用率は、2023年5月の28パーセントから、同年11月には68パーセントにまで向上しました。

成功事例を水平展開し、生成AIの全社的活用を加速

山本:
ここまで営業部門における取り組みを紹介してきましたが、これを成功事例として全社的な活用推進につなげるべく水平展開していきました。

まず同様のプロジェクトをマーケティング部門で実施し、その後は希望のあった12部署へと拡大し、さらにその他の部署でも……といったふうに広げていきました。その過程で作成されたプロンプトテンプレートは全社的に公開し、現在、各業務に即したテンプレートは100種類を超えています。

こうした取り組みの結果、プロジェクトを実施した部署のNISSIN AI-chatの月間利用率が向上し、全社における月間利用率も約10パーセント向上しました。営業部門の成功事例が全社的な効果を生み出していることが確認されたため、引き続きこうした展開を進めていきたいと考えています。

独自フレームワークでプロジェクト成功の再現性を高める

山本:
最後に、プロジェクト推進における社内アプローチの手法をご紹介します。当社では、プロジェクトの成功確率を上げる独自のフレームワーク「8つの重点領域・39カ条のチェックリスト」を開発しました。これは、過去の成功・失敗事例を参考に、新しいテクノロジーの導入を成功に導く方法論を定めたものです。

新しいテクノロジーの導入を成功に導くには8つの重点領域が考えられ、重点領域ごとに計39個のチェック項目が紐づけられています。各チェック項目には3段階のランクが設定されており、現状どの到達レベルにあるのか、スコアをもとに可視化される仕組みになっています。

一例を挙げますと、生成AIの社内展開にあたっては、8つの重点領域のなかで「組織全体の巻き込み」が重要になります。これに紐づくチェック項目には以下のようなものがあります。
  • 巻き込むべき組織・キーマンの分析ができているか?
  • 効果的な巻き込み方を考えて行動できているか?
  • キーマンに対して効果的な説明ができているか?
  • キーマンの協力を得ているか?

そして、各チェック項目に対して活動ランクが設定されています。次に「巻き込むべき組織・キーマンの分析ができているか」のランクを示す指標を挙げます。

  • ランク1:ランク2に加えて、巻き込むべき組織の慣習と、巻き込むべきキーマンのキャラクターや思考の傾向を把握している(5点)
  • ランク2:巻き込むべき組織とそのキーマンが特定できている(3点)
  • ランク3:分析ができていない(0点)

このようなチェック項目がほかに38個あり、活動ランクをもとにスコアリングしていきます。このスコアを参照しながら推進リーダーが自らの活動を改善することで、プロジェクトの成功確率を高めていく――この繰り返しが、新しいテクノロジーの導入を加速させると同時に、推進リーダーの育成にもつながります。

当社では、こうした社内改革を今後も積極的に進めていきたいと考えています。

8つの重点領域・39カ条のチェックリスト


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