波賀野氏
決め手となったポイントは次のものが挙げられます。第1のポイントは、CMSからの直接操作が可能だったことです。レゾネの強みは、親機・子機間の同期スピードの迅速さがあり、場面展開の早い演目でも字幕の提供が適切かつタイムリーに行われる点にあります。それが可能なのは、公演中は各タブレットがサーバとセッションを維持し続けているからです。当然、端末を起動して待機状態にしているだけでも通信料金がかかるため、公演終了後は運用中の全タブレットの通信をすばやく切断する必要があります。IIJモバイルタイプIならば通信管理用APIでつなげる仕組みを基幹システムに組み込むことができるため、回線ごとに紐付けられている一意の文字列を入力するだけで各タブレットの通信のON/OFFの切り替えをCMSから直接操作できるようになると考えました。
第2のポイントとして、通信料金の抑制が可能なことです。レゾネを活用する頻度は施設ごとにまちまちで、頻繁に利用する場合もあれば、利用の機会が少ない場合もあります。そうした利用率のばらつきを端末全体がパケットを分け合うことで通信料金を低く抑えることができるのも、IIJモバイルタイプIを選定する要因の1つになりました。
第3のポイントは、SIMごとに開通・中断のステータスのコントロールが可能なことです。「SIMライフサイクル管理」機能により、SIMを調達してもアクティブ状態にしない限りは開通するまで諸費用がかかりません。タブレットの在庫中やレンタル留保中はサスペンド状態で回線を一時的に中断し費用を抑えることができます。また、管理ポータルの「IIJサービスオンライン」によってある程度まとまった数のSIMをコンソール上で一括運用できるため、回線ごとの検索や開通・中断の制御など回線管理が容易になると考えました。
青木氏
字幕をタブレットに表示する方法は大きく2パターンあります。1つはテキストのみのコンテンツです。データ量も少ないので通信もしやすく、AI翻訳使用時には5言語までの自動翻訳に対応しています。もう1つは画像ベースのコンテンツです。こちらは画像やテキストを自由な形式で掲載することができ、自由度の高い字幕情報がタブレット上に反映されます。字幕コンテンツ作成の手順ですが、CMSから画面レイアウトの条件を選ぶとテンプレートがダウンロードでき、シーンごとのページ割り振り(「箱割り」と呼んでいます)と、字幕情報の入力を行います。そしてCMSサーバにアップロードすると、テキストのみのコンテンツの場合はAI翻訳の機能で指定の言語でテキストに戻し、1つのファイルとして各タブレットに配信する仕組みです。この作業はリモートでもできるため、障害をお持ちの方にも字幕制作を行っていただいております。
佐野氏
レゾネは2018年5月にWi-Fiモデルとしてサービスを開始しましたが、2019年2月にIIJモバイルタイプIを採用し、現在はレゾネの端末全てにIIJのSIMが搭載されています。その結果、Wi-Fiモデルでは困難だったタブレット数十台の常時接続を可能にしたほか、端末配置の最適化や電波強度の調整などが不要になり、サービス全体の安定性が確保されました。
また、IIJのAPIによってCMSから各タブレットのON/OFFを操作できるようにしたことで、人件費と通信料金の削減が可能になったほか、SIMライフサイクル管理機能による開通と中断のタイミングのコントロールや、IIJサービスオンライン経由で端末の一括管理も実施できるようになりました。
更に、IIJモバイルタイプIの活用でタブレットを常設できるようになりました。前述の法律に則る形で字幕を活用した公演の開催も容易になり、大規模な劇場のみならず地方の市民会館など市場のボリューム層に対するアプローチが可能になりました。
佐野氏
お客様の中でも、公益社団法人観世九皐会様の活動拠点となっている矢来能楽堂(東京都新宿区矢来町)は、レゾネがWi-Fiモデルだった頃からご関心をお寄せいただき、施設が国の登録有形文化財(建造物)に指定されているにも関わらず導入にも柔軟かつ前向きにご協力いただきました。現在はIIJモバイルタイプIを採用したSIMモデルのリアルタイム連動型字幕表示解説タブレットを、公演の都度、演能時の鑑賞サポートサービスとして提供しています。文化施設の多くは最低限のご利用にとどまるケースが多いのですが、観世九皐会様は字幕だけではなく分りやすい解説やデザインなどコンテンツ作りも積極的に行うなど、次代の能楽文化継承と更なる普及のため、レゾネの活用を来場者様にお勧めいただいています。
佐野氏
今後はレゾネの基幹システムを基にサービスを拡張する予定です。具体的には、AI多言語翻訳・手話通訳が可能な「Koiné」(コイネ)です。コイネはテレビ電話やテキスト翻訳を同時に実施できるサービスであり、本サービスのすべての機能はAPIなどでサーバを経由するため、LTE回線が必要となります。また、あるお客様からは電動車椅子のシェアリングを実施したいとのご依頼がありました。レゾネのタブレット予約の仕組みで開発したQRコードによる施錠・開錠システムを応用する予定です。これらの領域でもSIMが必要となるため、IIJモバイルサービスの活用を優先的に検討していきます。
また将来的には、全国の劇場にレゾネの様なスマートデバイスが備えられているという社会を目指しております。レゾネの端末が常設され、社会に浸透していくことで、バリューの高い社会インフラになっていきます。そのインフラを維持する仕事を文化産業の1つとして福祉につなげることで、文化と福祉を結び付けた文福連携を目指していきます。
※ 本記事は2022年12月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。
需要と供給の双方で社会貢献するインフラを作るために開発したレゾネ
レゾネのサービスについてご紹介ください。
佐野氏
弊社は米国のテレビアニメ用字幕制作を請け負う会社として2014年に設立しました。そのテレビ用字幕制作の技術とノウハウを応用して開発したのがレゾネです。専用アプリのレゾネを汎用タブレットにインストールすることで、タブレットを字幕専用機材として制御できるようにするのがレゾネサービスです。親機が指定した字幕ページを、複数の子機タブレットに表示する一斉同期の機能が特徴です。また、クラウドアプリケーションのCMSも独自に開発し、専用アプリが導入されているタブレットの情報を収集して一元管理する機能も搭載しました。このCMSとタブレットの連動によって、少人数での多数機材の管理を実現するとともに、ネット接続ができる場所とスキルがあれば完全在宅ワークも可能となります。
開発の目的についてお聞かせください。
佐野氏
主に2つありました。1つは、文化観光施設のインクルーシブ(包括・包摂)化需要の獲得と文化産業における雇用の創出です。もう1つは、企業の障害者雇用の受け皿となる文化事業の創出です。2018年に文化庁が公布・施行した「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」によって障害のある人が文化芸術を鑑賞したり参加したりするための環境整備や、それを支援・促進する機運が高まっています。弊社はこの潮流の中で、需要側と供給側の両サイドからインクルーシブ化に貢献する社会インフラを作り上げたいと考えています。
また、レゾネは聴覚障害者や加齢性難聴への支援だけではなく、AI翻訳機能も付与することで多言語対応も可能になっており、インバウンドへのサービスとしても活用できます。更に、レゾネサービス運用に必要な字幕制作作業や運用作業を大手企業の障害をお持ちのスタッフの方に担っていただくことで、クライアント企業の障害者雇用率の増加にも役立てられると思っています。
レゾネの開発においてどのような課題があったのでしょうか。
青木氏
レゾネは当初、端末のWi-Fi接続機能を使ってクラウド上のシステムにアクセスさせ、CMSからプッシュ型でコンテンツの更新指示とタブレットのステータス管理を行っていました。しかし、このWi-Fi接続方式には多くの課題があることが分かってきました。まず、まとまった台数のタブレットを動かすには、一定の通信速度を確保できるWi-Fiインフラの敷設が必要でした。そのため公演ごとに弊社スタッフが現地に赴き、Wi-Fi環境の状況を確認した上で、もし環境が整っていない場合は新たにAPやLANケーブルなどの敷設作業を行う必要がありました。
次に、1台のAPには同時に接続できる端末数に限度があるため、多数のタブレットを動かす場合はその数に比例してAP数も増設しなければなりませんでした。結果的にAP追加調達などの投資が必要になり、原価を押し上げる結果となりました。
更に、文化施設などWi-Fi環境の敷設が困難な現場が多く、LANケーブルを通すための工事をしたり、施設内にAPを露出させたりすることが難しい場合は、レゾネの運用自体を諦めざるを得ませんでした。
佐野氏
これらの課題を解決するためには、Wi-Fiに代わるインターネットへのアクセス手段が必要でした。そこでSIMを利用するモデルの開発を決断しました。LTEなどのモバイル通信はほとんどの場所で接続可能な上に、常に安定しているため、サービス品質の向上にもつながると考えました。また、Wi-Fiモデルで必要だったAPへの投資も最小限に抑えることができ、更に施設側のサービス運用もタブレットの電源を入れるだけで可能になるため、CMSの操作方法をオンラインでレクチャーすれば誰でもレゾネを使えるようになります。SIMモデルへの転換は、レゾネを業界で最も効率化されたガイドサービスにするきっかけになると考えました。