川本氏
教育現場のネットワーク高速化は2015年から実施してきました。ISPへの接続形態は、各校からの回線を束ねて教育委員会のサーバから外部に接続する「自治体集約接続」のタイプで、WANには帯域保証の1Gbpsとベストエフォートの1Gbpsの2回線を利用していました。更に各校を結ぶイントラネット、校内LAN共に1Gbpsに対応し、高速ネットワーク環境を整えていました。
川本氏
GIGAスクールによる端末1人1台の環境構築は急展開でした。1人1台をインターネットに接続することは短期的には想定していなかっただけに、サーバからISPにつなぐWAN回線の容量が耐えられるかどうかは未知数でした。
そうした状況のときに、コロナ禍も突然やってきました。オンライン授業によって子どもたちの学びを継続する必要性に迫られたのです。GIGAスクールへの対応と、コロナ禍での学びの保障が同時にやってきて、抜本的な手立てを講じてネットワークを強靭化しなければならないと考えていました。
杉坂氏
とはいえ、2020年のGIGAスクールの展開とコロナ禍への対応の当初は、意外にも既存のネットワーク環境が粘り強く働き、日常的な授業ではすぐにはネットワークが原因のトラブルはあまり発生しませんでした。
川本氏
コロナ禍で教職員が集まる会議や研修ができなくなり、オンライン会議が不可欠になりました。オンライン会議はインターネットを介して事業者のサーバとやり取りするので、WAN回線に負担がかかります。帯域を極力使わないように配慮しながら会議をする必要がありました。
杉坂氏
市内では会議は同時に2件までと上限を決め、できるだけカメラをオフにするなど、手探りの対応をしていました。その間、特にWAN回線を強靭化して、何をどう使っても大丈夫という状況に持っていく必要を強く感じていました。
川本氏
ISPに接続する帯域保証型の回線を1Gbpsから10Gbpsに増強することも想定し、見積もりを依頼していました。しかし、コストがかかる上、どれだけの帯域があったら十分なのかの検証もできていない状況でした。
杉坂氏
提出する書類の作成から、実際の接続の作業まで、基本的にはIIJに任せて進められました。プロジェクトマネージャーの説明も分かりやすく、安心して任せられました。
川本氏
IIJからの提案では、SINETとの間で不正アクセスなどを防ぐファイアウォールとしてIIJのサービスを利用する構成でした。ところが岡崎市では自前でファイアウォールを所有していたので、これを使いたいと依頼したところ、状況を勘案して対応してくれる柔軟性もありました。
SINET接続に当たってイントラネットと校内LANをIIJに検証してもらったところ、十分な速度が確保できていない学校がありました。10GbpsでSINETと接続することを前提にしたことで、主に校内LANにおいてボトルネックが顕在化してきたのです。IIJに設定を調整してもらい、既存ネットワークが最適化できて、性能を十分に発揮できるようになりました。
杉坂氏
採択が決まったのが2021年5月で、実際にSINET接続が稼働したのが9月末ごろでした。市内67校の端末3万6,300台が高速大容量の学術情報ネットワークに接続する環境が整いました。
川本氏
高速大容量の安定したネットワークの利用で、効果を期待する第1のポイントは「学びの保障」です。コロナ禍でMicrosoft Teamsをはじめとしたツールを利用したオンライン授業が日常のものになり、その可能性を十分に生かすためのインフラが整ったと感じています。例えば、市内全体で分散登校を実施した際、2週間にわたり半数の児童生徒が自宅で授業を受けることになりましたが、大きなトラブルなく授業配信を行うことができました。また、「校内フリースクール」をはじめとした教室内外をつなぐリモート授業も積極的に行われています。SINETがあることで、こうした取り組みを安心して実施できています。
杉坂氏
学校外の様々な専門家や施設、民間事業者等とのオンライン授業にもSINETが有効活用されています。各教室には教員の指導者用端末のほかにオンライン配信専用端末を配備して、オンライン授業をしやすい環境を整えました。熱心にオンライン授業に取り組む先生方に、安心していつでも使えるインフラとしてSINETが役立っています。
川本氏
SINETには、高速大容量だけでなく教育機関と直接つながるネットワークという特性もあります。これを生かして、オンラインサイエンスセミナーを4回実施しました。
杉坂氏
このセミナーでは、国立天文台の野辺山天文台と接続してリアルタイムで施設見学をしながら地球外生命体の可能性について考えるセミナーや、ノーベル化学賞受賞者の吉野彰博士のオンライン講演会などを実施しました。最大で8,000人が同時参加し、延べ1万8,000人が参加するセミナーを、映像の共有だけでなくクイズや質問などによる双方向性も生かして、円滑に開催できました。
川本氏
オンラインサイエンスセミナーの実施後のアンケートを見ると、児童生徒の科学への興味・関心が、実施前に比べて大きく高まっています。また、「実感のある学びができた」という項目も90%以上の肯定的な回答を得たことから、オンラインでも対面式セミナーと遜色ない学びが可能であることが分かりました。対面式では数千人が同時に学ぶことはできませんし、会場への移動などの課題もありますが、オンラインならば一度に大勢の児童生徒が質の高い学びに参加できるというメリットも確認できました。
杉坂氏
現在は、海外の学校とオンライン交流をするなど「未来型教育」の取り組みを進めていて、SINETによる教育の可能性の広がりを実感しています。また私は音楽の教員で、GIGAスクール端末でボーカロイドを使った創作の授業も推進しています。こうした新しい取り組みができるのもICT環境が整備されてこそだと思います。
川本氏
オンライン授業だけでなく、デジタル教科書や動画をいつでも自由に使えることで、授業にリズムが出る効果も得られています。今後は教室に閉じない「開かれた学び」を推奨していきたいと思いますし、そのインフラとしてSINETが有効だと感じています。
川本氏
2022年5月にSINETに独自で再接続しました。こちらはIIJの案件ではないのですが、これまでに得たノウハウも加えて、様々な形で現在までIIJには相談に乗ってもらっています。再接続したSINETを利用して、新たに愛知教育大学との共同研究も始めました。オンラインを活用したオンデマンドの教員研修等が研究テーマです。教員の資質向上や多忙化解消に向けて、成果を出していきたいと考えています。
杉坂氏
今後も、IIJには安心して新しいことにチャレンジできる場の提供を期待しています。
川本氏
今回の実証実験でGIGAスクールの端末とSINETをフル活用し、学校教育が個別最適な学びや協働的な学びに向けて実現できることを再構築することができました。文部科学省は、希望する初等中等教育機関がSINETに接続できるようにする方針ですから、教育へのICT活用が一層進むことを期待しています。
※ 本記事は2022年5月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。
将来を見据えたインフラ整備の方向性の確認と教育への活用を検証
SINET活用実証研究事業とはどのように関わりがあったのでしょうか。
岡崎市教育委員会 川本祐二氏
2020年度末に、SINET活用実証研究事業の話を聞きました。SINETは高速大容量の学術情報ネットワークということで、大きなチャンスだと感じました。民間のISP(インターネット・サービス・プロバイダ―)で10Gbpsに回線を増強するとコストがかかりますが、実証事業ならば大きな予算をかけずに高速大容量のネットワークの有効性を確かめられるだろうという期待がありました。
一方でSINET活用実証研究事業では、その高速大容量のメリットを生かして教育活動の拡充に結びつけたいというねらいもありました。岡崎市教育委員会では、市内の高等研究機関である自然科学研究機構や、愛知教育大学と連携した教育活動を実践していました。従来は対面式の出前授業などを実施していましたが、コロナ禍で実施できなくなっていたこうした教育の機会を、SINETを使えばオンラインで実現できると考えたのです。
岡崎市教育委員会 杉坂和俊氏
ICT環境の整備と教育活動の充実は、同時並行で考えました。SINETに接続すれば、大規模なオンライン授業が実現可能になるとともに、イベント的な授業だけでなく日常の教育活動のためのICT環境を強靭化することにもなると確信し、活用実証研究事業に手を挙げました。
活用実証研究事業にはIIJと組んで申請されました。
杉坂氏
既存の帯域保証回線は地元のケーブルテレビ会社との契約でしたから、IIJのようなネットワーク事業者とはあまりお付き合いがありませんでした。IIJから話があったとき、最初は「何の話だろう」と思いました。
川本氏
活用実証研究事業にはIIJと組んで申請し採択されたわけですが、IIJを選んだのは、SINETに対する理解の深さと、豊富なノウハウでした。SINETは官製プロバイダーともいえるもので、商用プロバイダーと比べると自治体が自力で対応しなければならない点が多く、様々な苦労が想定されました。SINET接続の先進事例を見ると多くがIIJの実績であり、その実績を評価しました。
杉坂氏
SINETへの接続回線だけでなく、セキュリティ面や校内LANの設定なども含めてワンストップで任せられることを説明してもらい、IIJと組むことにしました。採択されたという連絡をもらったときは、嬉しかったですね。