伊藤氏
水中インフラ点検では、海の沖合に出たり、山間部にも分け入ったりすることもあるので、基地局が近くにない場合はモバイルネットワークが安定しないことも想定済みです。その上で、可能な限り圏外になる率が低いSIMを選択したかったのです。
また、DiveUnit 300ではIoT機器のように継続的に少量のデータが流れるような使い方ではなく、またHD映像も活用するので、特定の日の特定の時間帯に大量のデータが流れるような使い方をします。それ以外は、機材の維持管理に必要なデータを定期的にアップロードするだけなので、定額料金プランよりは回線全体でデータ量をシェアする低料金のプランが望ましかったのです。そうした使い方が可能で、かつSIMの追加などに柔軟に対応できるサービスを探していました。
伊藤氏
様々なキャリアやベンダーのSIMを評価・検討しましたが、その中で帯域制限がかかるなど制約事項が少なく、接続可能エリアが広いNTTドコモ網が利用できるIIJモバイルタイプIが最も適していると判断しました。DiveUnit 300のアップロード側が多いという特性をIIJに相談したところ、データ容量を綿密に予測していただき、最終的にパケットシェアプランを推奨してくれました。その判断は正しかったと高く評価しています。また、IIJモバイルタイプIならばプランも柔軟に変更できるため、将来的なビジネス拡大に向け可用性が高いと感じました。
伊藤氏
DiveUnit 300は2018年6月にサービスインしました。これまでの実績では、ダムや河川の暗渠、港湾の岸壁、養殖漁場、洋上風力発電施設のベースなど、水中のインフラ点検で最も多くご活用いただいています。これまではダイバーが潜水して作業していたので、作業時間も限られていました。その作業の一部をDiveUnit 300に任せることができるようになったため、ダイバーと一緒に作業するといった使い方もされています。
また、ユニークな例としては水族館でもご活用いただいています。近年、水族館では多彩な生物への興味喚起や学びはもちろん、新たな展示やイベントのための新しい生体の導入や飼育手法の確立が常に行われています。その水族館ではDiveUnit300を実際の海に持ち込み、アームを使って海底の生物を採集し撮影した深海生物の展示や、実際に撮影した深海生物の映像を放映するなどお客様向けのイベントも行われています。今後はインターネット経由でリアルタイムに深海映像を生配信する計画もあり、そうしたアクセシビリティを実現できるのはIIJモバイルタイプIの安定した性能のおかげでもあります。
伊藤氏
主に3つあります。1つ目は、調査に参加する人数を増やすことができたことです。これまでは、インフラ調査など現場に行った人だけがリアルタイムの映像を確認することができ、その他の関係者は、現場に行った人が帰還するまでデータを見ることも分析することもできませんでした。DiveUnit 300にはIIJモバイルタイプIが使われているので、インターネットを介して関係者全員が調査活動に参加できるようになりました。専門的な知見や技術を持つ人材が遠隔で参加できるようになることで、かつてない深い分析が可能になり、迅速な指示やアクションにもつながっています。現場チームの規模を縮小することで、コスト削減のほか、事故防止などでも大きく貢献しています。
2つ目は、機材を安全に運用する取り組みです。FullDepth Bridgeとの連携によって、平常運転時はDiveUnit 300のコンディションを保ちながら、トラブルの際には原因解明を迅速化することも可能になっています。今後は、トラブルのプロアクティブな予知・予防にもIIJモバイルタイプIを活用できればと考えています。
3つ目は、現場で何が起きているかを把握できるようになったことです。現場で発生した音や作業者の会話などもモバイル通信で拾えるようになることで、現場の緊張感や変化の雰囲気が手に取るように分るようになりました。「今日は海が荒れているね」という会話だけでも、調査開始前に予防的なリスク対策がとれる可能性が広がったのは大きな収穫でした。
伊藤氏
将来的には、現場に最小限の人だけが行き、水中ドローンの操縦は全て本部側で行う運用で、現場の負担を軽減しながら、調査品質の高度化を実現したいと考えています。そして究極的には操縦自体を不要にし、「ダム全体を検査せよ」と指示を与えるだけで調査を遂行する自律型AIロボットの開発を目指します。
当社はこれまでも「水中の情報化」を目標としてきました。そのためには、水中ドローンがセンサーとなり、それをどのように統合していくかがポイントになります。核心の通信手段には地上の次世代モバイル回線網を使うのか、低・中軌道衛星コンステレーションによる衛星インターネットアクセスが実用化するのか、今後の進展を注視しているところですが、どちらか一方を選択するのではなく、沿岸部の調査では安定したモバイル回線を活用し、沖合での調査では衛星コンステレーションを使うなど、使い分けが行われると思っています。モバイル回線では今後も信頼のあるIIJモバイルサービスを活用したいと考えています。
※ 本記事は2021年9月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。
機体の状態を常時把握するには接続可能エリアの広い通信手段が不可欠
DiveUnit 300の概要をご紹介ください。
伊藤氏
DiveUnit 300は、最大潜行可能深度300mを実現した産業用水中ドローンです。コンパクトなボディとバッテリー込みで約28kgの重量で2人でも持ち運べるようにし、輸送も容易です。本体には4つの6,000ルーメンLED照明と、Full HDカメラ、7基の推進器を備え、最大4時間水中で稼働させることができます。DiveUnit 300本体と、PC端末や通信機器などをセットにしたセントラルユニットとを、直径3.7mmの極細の光ファイバーケーブルで接続。潮流の抵抗を受けにくくし、水中における機動力と安定性を高めました。当社指定の防水仕様PC操作パッドを使えば、誰でも操作できるように設計されています。
また、DiveUnit 300は当社独自のクラウドサービス「FullDepth Bridge」と連携して運用します。それにより、インターネット経由でリアルタイムに映像配信し、水中調査の模様を遠隔地の会議室などでも確認できます。
DiveUnit 300の開発目的をお聞かせください。
伊藤氏
弊社は、“日常使いできる水中アクセス手段”を提供するためDiveUnit 300を開発しました。私は昔から深海魚が好きで、自分の目で深海魚を見るためのロボットを作るのが夢だったのですが、水中のインフラ点検や水産業で活用するためのロボットを作るうちに、ごく浅い水中でも現場の状態を把握するのが非常に難しいという課題に直面しました。自然の海や川は水面からわずか数メートル下でも視界が悪く、まるで未知の世界です。通常はダイバーが潜り、目視や手探りで点検や調査を行っていますが、危険と隣合わせの重労働であるためコストもかかり、本当に必要と思われる場所しか調べることができません。これまでは簡単に調べる方法がなかったからです。
一方で、高度経済成長期に造られた多くの水中インフラでは老朽化が進み、ダムの堤体面や取水設備、暗渠など、コンクリートの継ぎ目からの漏水リスクが大きな問題となりつつあります。また、国の海洋再生可能エネルギー政策に伴い、洋上風力発電の利用拡大に向けた動きが本格化しています。その設置には水中における様々な調査が必要ですが、現状はまだ人が潜って調べるケースがほとんどです。しかもダイバーの高齢化などで人手不足も問題となっています。
こうした調査にROV(Remotely operated vehicle;遠隔操作型の無人潜水機)を活用するアイデアは以前からありました。しかし、従来のROVは大型で、多額の調査費用もかかるため、石油資源探査などの大掛かりなプロジェクトでなければ安易に活用できません。当社は、もっと小型で安価に活用でき、専門知識がなくても比較的簡単に操作できる水中ドローンが必要だと考えました。それがDiveUnit 300の開発につながりました。得られた情報をクラウドに集積していけば、調査箇所を管理するためのデータが自動的に集約できるので、ユーザは水中での作業に集中できます。水中が濁っていても音響装置で対象物の状況を把握したり、位置座標を取りながら探査や点検作業を進めたりすることもできます。これらの事前情報を取得できれば、ダイバーがより安全に、より確かな仕事を行う連携作業も可能になります。
DiveUnit 300の通信機能にはどんな選択肢があったのでしょうか。
伊藤氏
通信機能はDiveUnit 300が収集したデータのアップロードのほか、屋外や自然環境でロボットを動かすフィールドロボティクスならではの機体の維持管理にも必要でした。水中ドローンは苛酷な環境で使用されるため、想定外のトラブルにも備えなければなりません。調査活動は綿密なスケジュールを組んで実施されるため、万が一機材のトラブルで運用できない場合は、活動自体が中止になり、時間的・金銭的損失は少なくありません。そのため、DiveUnit 300のコンディションを常時把握することが必要でした。ダムのある山間部や、洋上風力発電施設のある海上で、いつでもネットワークに接続できる状態を作るには、接続可能エリアの広さと帯域の大きさを両立した通信手段が不可欠です。衛星インターネットを使うという選択肢もありましたが、費用を考えるとLTE回線を活用することが現実的だと考えたのです。