毎春、阪神甲子園球場で開催される選抜高校野球大会(センバツ)。その全試合をインターネットで動画中継する「センバツLIVE!」は、2016年にスタートした。「より多くの人にセンバツを見てもらう機会を増やすには、インターネット経由でPCやスマートフォンに配信するのがよいと考えました」と語るのは、主催社である毎日新聞社の石川直人氏だ。
ライブ中継動画のストリーミング配信は技術的には確立されているので、初年度だった2016年でも、数百万人に及ぶユーザにも難なく全試合の様子をライブ配信できたと石川氏は振り返る。一般の動画配信で広く使われているプリロール動画広告(本編動画コンテンツの再生前に流れる動画広告)も、初年度で実現することができた。
2年目の課題は、より多くの人に視聴してもらうために「無料」で配信しているライブ中継を支える動画広告の配信数を増やすことと、その広告がどれだけ見られたかを正確に分析できるデータを取得することだった。ライブ中継中に配信するミッドロール広告(イニング間などライブ中継本編の間に流れる動画広告)が実現できれば配信数を大幅に増やせるが、技術的なハードルが高く、「2016年の時は、本編映像と広告映像を手作業のスイッチングで切り替えました」と説明するのは、毎日放送(以下、MBS)の吉田浩二氏。当然、デジタル広告で必要とされる統計は取れていなかったと明かす。
ミッドロール広告は、プレーヤー(クライアント)サイドで広告挿入する方式(CSAI/Client-Side Ad Insertion)と、サーバサイドで広告挿入する方式(SSAI/Server-Side Ad Insertion)などがある。SSAI方式は、ストリーミングサーバ側で動画コンテンツの動画広告を結合して1つのストリーミングにして配信するという技術的に非常に複雑な連携が必要で、特にWebブラウザ向けのHTML5動画プレーヤーでSSAIを実現するのが難しかったため、2016年春の時点でSSAIに正式に対応した動画配信サービスは国内では見当たらなかった。「海外にはいくつか先行事例がありましたが、ネイティブアプリで配信した事例でした。われわれは、数百万人のユーザにWebブラウザでもスマホアプリでも、どの環境でも同じように快適に視聴できるサービスを提供しようと考えていました」と石川氏は語る。
2017年のセンバツLIVE!でミッドロール広告をSSAI方式で配信する、という要件が固まったのは2016年7月だった。毎日新聞社とMBSは「SSAI対応」と「数百万件のアクセスへの対応」などの要件を盛り込んだ提案要請(RFP)を出し、複数の事業者によるシステム化提案のコンペを行った。
このRFPにIIJは、「IIJライブ中継ソリューション」と「IIJサーバサイド広告挿入ソリューション」を組み合わせて提案した。動画中継に使われるIIJライブ中継ソリューションは、大型のスポーツイベントなどで多数の実績を持っていた。動画コンテンツの管理システムとプレーヤーには、ロジックロジック社を採用した。
2016年9月、毎日新聞社とMBSはIIJを採用した。決め手となったのは、通信サービスとソフトウェアの提供者が国内企業だったこと。「海外通信事業者の配信ネッ トワークでは仕様確認などの問い合わせに時間がかかりますし、想定外の事態が起きた際のサポートにも不安がありました」と石川氏は説明する。
システムの実装が始まったのは、2016 年11月。システム開発全体のマネージメントをIIJが受け持ち、毎日新聞社はセンバツLIVE ! Webサイトとスマートフォンの専用アプリにプレーヤーを組み込む部分の開発、MBSはエンコーディングした映像を配信ソリューションにつなぎこむ部分の開発という作業分担である。
2017年のセンバツは3月19日から4月1日まで開催された。異例の2試合連続引き分け再試合が発生したため、センバツLIVE!で動画中継した試合数は全33試合となった。大会開催期間中、IIJはエンジニアを待機させる万全のサポート体制を提供した。実際に軽微なトラブルは発生したが、即座に対応することによって大事に至ることを防いだ。
「新システムは、前年より約30%多い同時アクセスにも耐えられました」と、吉田氏。ミッドロール広告の仕組みもうまく機能し、「前年の約3倍の広告を送り出して、再生数やクリック数など精度の高い統計データを取得できました」と石川氏は評価する。センバツのライブ中継を数百万人に配信するには、製作や配信に相当な費用がかかることも事実。多くの人に高校野球を知ってもらうためには、それを支える動画広告の安定した配信が必要になる。
センバツLIVE!2017でひとまずの成果が確かめられたことを受けて、毎日新聞社とMBSはこの仕組みの活用範囲を更に広げようと考えている。「2018年のセンバツは、節目となる90回の記念大会です。インターネットライブ配信の完成度を更に高めていくつもりです」と、石川氏。吉田氏は、「毎日新聞社が主催しているその他の競技についても挑戦して、新たな視聴層の取り込みと、スポーツの普及と発展に役立てていきたいと考えています」と語る。
スマートフォンの普及にともなって視聴環境の多様化と、視聴者の増加が進む動画コンテンツのインターネット配信。IIJには、そのためのネットワークだけでなく、動画広告配信や視聴分析のための多様なソリューションがそろっている。
※ 本記事は2017年8月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。