細川氏
新型コロナウイルスの感染拡大の経験が大きな転機になりました。コロナがなければすぐには変わらなかったかもしれません。特にコロナで休校していた期間は、児童生徒との連絡の手段がありません。学校に来られないのですから、プリントも配れません。学校と児童生徒の連絡ツールとしてスマートフォンなどのデジタルツールが重宝しました。そうした経験を経て、授業でも若手の教員を中心に活用が始まりました。ICTが便利であることに教員も気づき始めたのです。
細川氏
新学習用ネットワークからインターネットに接続する回線としては、インターネット接続プロバイダーを経由する方法が一般的です。一方で、国立情報学研究所(NII)が運用する学術情報ネットワークのSINETも整備されています。学習の場面では、安定して高速な接続ができることが重要です。SINETに接続することで、高速な回線を安定して使用できます。
通常SINETは大学や研究機関だけが利用できるものですが、大学と連携協定を結んだり共同研究をしたりすることで県立高校でもSINETを活用できるのではと検討を始めました。SINET接続の道筋は、他の自治体でSINET接続の構築・運用実績があるIIJに教えてもらいました。県内大学と連携協定を結ぶことで、千葉県の新しい学習用ネットワークをSINET接続できるように話を進めました。将来的にSINET直結クラウドの利用も想定しています。
細川氏
2020年に新しいネットワーク整備の検討を始めました。新学習用ネットワークの入札を行ったのは2021年8月で、同年9月にIIJに決定しました。10月から新学習用ネットワークの構築を始めて、2021年度内に構築が完了。運用開始は2022年4月です。
細川氏
これまで学校現場では、ネットワークに接続できる設定済みの端末が配られてきました。今回の高校のBYOD端末利用は、大きく状況が異なります。自分たちで接続作業をする必要がありました。事前に登録した端末だけを新学習用ネットワークに接続できるようにするMACアドレス認証の仕組みを導入したため、登録と接続の作業が必要だったのです。教職員が承認した端末だけが、新学習用ネットワークを経由してインターネットに接続できる仕組みです。
2022年4月の新学習用ネットワークの開放に伴い、IIJが作成したマニュアルを全学校に通知しました。そこには、iPhoneやiPad、Android、Windowsの各OSに向けて、MACアドレスの登録方法などが記載されていました。しかし、4月に接続を開始した学校からは、つながるスマートフォンとつながらないスマートフォンがあるという声が上がってきました。つながらないスマートフォンがかなり多かったのです。
細川氏
マニュアル通りに設定してもうまく申請が上げられない、申請しても接続できない、サーバの証明書がダウンロードできないなど、多くの事象が起こりました。原因はIIJが根気よく探してくれました。初期に問題が起こった1校に調査に入り、接続できないスマートフォンの状況を徹底的に調べました。
原因の1つとしては、OSのバージョン、セキュリティソフトなどの影響がありました。更に、Androidスマートフォンは端末ごとにメーカー独自のOSカスタマイズがあり、画面遷移が標準と異なる場合が多くありました。MACアドレスの確認方法や、ランダムMACアドレスのオン/オフの仕方などがマニュアルとは異なることも大きな原因でした。こうして分かった原因を基に、MACアドレス登録申請から承認までのフローの中において注意するポイントを抽出して、マニュアルの修正と申請手順の見直しを実施しました。新マニュアルを改めて全学校に周知したことで、新学習用ネットワークへの接続ができないという問い合わせは徐々に少なくなってきました。また、サポートデスク側の協力もあり、早急に解決できる運用体制となりました。
細川氏
2022年6月から新マニュアルで本格的に導入を開始しました。教育委員会が7月末と12月末に実態調査をしたところ、7月時点ではほとんど利用していない学校もありましたが、12月にはほぼすべての学校で新学習用ネットワークを利用するようになっていました。
稼働後はIIJからSINET接続のトラフィックの報告をもらっています。運用を開始して約1年が経過したところですが、月々のトラフィックや利用状況を分析したところ、まだ全体の利用率には余裕があることが分かっています。高速で安定して使えるネットワークの力を発揮している一方で、まだ十分に使われていないため、今後のさらなる活用にも期待しています。
細川氏
端末を使わなくても「良い授業」というのはたくさんあります。一気にすべてをデジタル化するというものではなく、徐々に融合していくことが大事だと思います。そうした中で、特に意見の収集、共有や資料の共同編集は、紙ベースでやるよりもかなり効率的にできることが分かってきました。意見を聞くとき、児童生徒が手元のスマートフォンで回答を選べば即座に意見が集約できます。
また、教育動画配信サービスを導入して、自学自習に活用する学校が増えています。朝学習として実施したり、休み時間や放課後の補習で使ったりしているようです。朝学習などで全校児童生徒が動画にアクセスするような場合、SINETの高速ネットワークを介してインターネットにつながっている効果が表れています。
おそらく今後は、小中学校だけでなく高校でも教科書や教材が電子化していくでしょう。小中学校では、電子教科書を開こうとするとアクセス集中により開かないといった問題が起きています。SINET接続した新学習用ネットワークがあることで、こうした問題が起きずにICT教育を推進できると思います。1人1台端末を使った好事例は、ICT教育推進室が運営するGIGAスクール通信などのポータルサイトで周知し、ICT教育の展開につなげていきたいです。
細川氏
私案ですが、現在は校務用のネットワークと新学習用ネットワークに分かれているネットワークを、全体として高速化し安定運用できるようにしていく必要があると考えています。5年、10年後には更にトラフィックも増加しているはずです。更に学校ではセキュリティも最優先事項の1つです。引き続きIIJに技術的な助言を受けながら、今後のネットワークについても検討したいと思います。
ICTは道具の1つとはいえ、今後の社会では必要になるものです。教育の分野もICTの恩恵を受けながら、ICTを使える人材の育成をしていかないといけません。そのためにも、子どもたちが安全で安定的に使えるネットワーク構成を第一に考え、環境整備を続けていきます。
※ 本記事は2023年3月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。
1人1台端末実現に向け高速大容量ネットワークの整備が不可欠に
千葉県では公立学校のICT活用について、どのような取り組みを進めていますか。
千葉県教育庁 細川義浩氏
千葉県では教育庁教育振興部の学習指導課内にICT教育推進室を2022年4月に開設しました。これまでICT教育は、千葉県教育委員会の学習指導課、特別支援教育課、教育政策課、教育施設課でそれぞれが担当していました。ICT教育推進室の新設により、県内の公立学校の学力向上を図るための総合的なICT活用を推進します。例えば、県立高校のICT環境整備1つをとっても、これまでは普通高校と実業系の高校では担当が別だったのですが、ICT教育推進室で一体的に検討できるようになりました。
GIGAスクール構想にもとづいた取り組みについて教えてください。
細川氏
市町村立の小中学校では、国の予算で1人1台端末が実現しています。一方で、県立学校には高校が121校と特別支援学校が37校、中学校が2校の合計160校あります。県立学校でも、1人1台端末を使用して、ICTを効果的に活用した授業を実施していきます。しかし、それを支えるネットワークはありませんでした。従来は、児童生徒が学習で利用する学習用ネットワークと教職員が校務支援システムなどを利用する校務用ネットワークを1つのネットワークで運用していました。1人1台端末となると、将来的に約10万人の児童生徒と約1万2000人の教職員が同時に利用しても、インターネットアクセスなどで遅延が発生しない快適な通信が求められます。学習用ネットワークを独立させ、広帯域で安定した新たなネットワーク整備が必要でした。
県立高校では、1人1台の端末はどのように整備しましたか。
細川氏
高校では、児童生徒個人の端末を利用するBYOD(Bring Your Own Device)方式を採用しました。スマートフォンやタブレットなどの端末を用意できないご家庭に対しては、貸出用として1万1000台の端末を整備しました。自分のスマートフォンを使うと、調べ学習などで通信量の消費を心配するあまり調べない児童生徒がでてきてしまいます。1人1台のBYOD端末を接続して使える、新しい学習用ネットワークが必要だったのです。