芦田氏
これまでの東京春祭では、IIJとオンデマンド配信を実施してきました。また、IIJは世界最高峰のオーケストラとして知られるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の世界への映像配信サービスである「デジタル・コンサートホール」に対してスポンサーシップ契約を結び、クラシック音楽配信の技術開発に挑戦し続けています。今回のライブ配信は、リアルの会場で鑑賞するのに近い形での提供を前提にしていて、システム構築に当たっても芸術への理解を必要とします。そうした経緯から、クラシック音楽配信の現場経験が多数あり、確かな技術力を持つIIJにお願いすることにしました。
芦田氏
会場の疑似体験をどのように提供するかを考えました。コンサート会場と同じ空気を感じてもらえるサービスを提供したいと考えたのです。会場のS席、A席などに加えて、配信のネット席があるようなイメージです。まず、事後のオンデマンド配信はせずに「ライブ配信だけ」に決めました。その上で、コンサート開始前の何分前から配信を開始するか、休憩中の表示はどうするか、休憩中にロビーでクラシック通が感想を交換するような場をチャットで再現できないか、拍手の疑似体験はできないか、様々なケースを要件として考え、IIJと打ち合わせをしていきました。
芦田氏
技術面では、IIJから多様な提案がありました。HDのカメラを4台配置し、通常配信のほか、ユーザがカメラを切り替えて視聴できるマルチアングルや、4Kカメラによる配信も選択できるようにしました。クラシックコンサートでは高品質な音声を求めるニーズも高く、48kHzサンプリング、24ビットのロスレス圧縮音声を採用しました。ほぼすべての公演をライブでストリーミング配信できるように、多様なリクエストを出しながらIIJのコンサート配信システムを検討して対応してもらいました。
鎌子氏
上野の東京文化会館の会議室に配信基地を設け、各会場からのデータをIPネットワークで送る仕組みを用意しました。複数のカメラとスイッチャーと呼ぶ映像の切り替え装置の間は、IPネットワークで伝送できる形式に変換して送ることで、1本の回線があればまとめて送信できる仕組みを採用しました。各会場にはインターネット接続回線を引き、配信に備えましたが、建物が文化財である会場などでは有線の回線が敷設できずモバイル回線を使うなどのIIJの持つ多様なインターネット接続サービスを利用しました。会場との交渉には、インターネットのプロであるIIJと共同で進めていることを伝えて安心してもらうことができました。
古宮氏
既に利用していた来場用の販売システムにライブ配信用の販売システムを追加することも考えましたが、IIJと協議しながら、配信チケットの販売は配信システムに集約する方法を選択することにしました。チケットの購入からライブ配信の視聴まで、1つのサイトでできることが、利用者にとっても自然な流れだと考えたためです。また、クラシックを楽しむ方はシニア層が多く、インターネット上の説明だけでは利用が難しいケースもあると考えました。そこで電話でも問い合わせが可能なコールセンターの用意もIIJに依頼しました。
芦田氏
東京春祭という場でクラシックのライブ配信をすることは、失敗が許されないものでした。「クラシックの配信って、こんなレベルなんだ」と思われてはいけない立場との自負がありました。時間が少ない中でしたから決してすべて順調に進んだわけではありませんでしたが、何か問題があったらIIJが自律的に次の手を考えてくれることで、技術面はお任せできたことがとても助かりました。契約事項だけを遂行する形ではなく、クラシックの現場を知っているからこその対応だったと感じています。
ライブ配信サイトは「東京・春・音楽祭 LIVE Streaming 2021」としてオープンし、チケット販売からライブ配信までを一元化して提供できました。60公演を超えるライブ配信を無事に終えることができたのは、IIJの協力があったからです。
鎌子氏
ライブ配信については、新しいクラシック音楽体験の形として国内外のアーティストも快く賛同してくれました。アーカイブせずライブだけという配信形態が、スムーズに交渉を進められた一因だと思います。現場レベルでは、同時に3公演のライブ配信を実施することもあり、準備段階では苦労もありましたが、配信が始まってからはIIJにお任せできて良かったです。
古宮氏
東京春祭のインフォメーションサイトと、LIVE Streamingの配信サイトを別立てにすることで、お客様にとってはシンプルで見やすいユーザインタフェースのサイトを作れたと感じています。結果としてチケットの購買にもつながっています。公演が中止になったり、スケジュール変更があったりと、コロナ禍において刻々と変化していく情報を東京春祭のサイトとLIVE Streamingのサイトできちんと修正していく必要があり、そこはIIJと密に連携することで対応できました。
芦田氏
今回、トータルで見ればうまく運営できたと感じています。お客様からも評価いただいていますし、IIJとの協力体制も安心感がありました。一方で、今回の東京春祭は「公演を実施できるか、できないか」に注力していて、ライブ配信の宣伝などに手が回りませんでした。国内だけでなく海外からの視聴が可能なライブ配信の特徴を生かすためにも海外へのPRもしたいですし、クラシック音楽業界に対しても「デジタルでチャレンジできる土壌がある」ことをもっと伝えていきたいと考えています。
※ 本記事は2021年9月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。
コロナ禍で音楽祭の通常運営が不可能に
東京春祭は、新型コロナウイルスでどのような影響が出ましたか。
東京・春・音楽祭実行委員会 芦田尚子氏
前回の2020年には開幕直後から公演を中止せざるを得ませんでした。2021年の東京春祭も、通常の運営ができないことが予想されました。コロナ禍でお客様を呼べないという可能性も高く、来場して聴いていただくコンサート以外の形での開催を並行して考える必要がありました。
コンサートと並行してオンラインの配信の検討を始めたのはいつ頃ですか。
芦田氏
今回の企画の当初から、ライブ配信を考えていました。東京春祭では10年来、オンデマンドの配信を実施してきた経験があります。2020年夏ごろから、ライブ配信でどのようなことができるのか、具体的に検討を始めました。
今回の東京春祭では、ライブ配信を有料サービスとして提供しました。
芦田氏
リアルの公演は有料でお客様に来場していただいています。同じ公演を無料で配信すると、無料のコンテンツに流れてしまう危惧がありました。配信としては有料で行いながら、できるだけコストをかけずに実施する方法を模索しました。東京春祭でライブ配信を成功させることは重要なことですが、持続可能性やクラシック音楽業界への広がりについても考える必要があります。補助金などに頼った配信ではなく、自力でできる配信の形を作ることが必要だと考えました。
配信を実施するに当たって、他に課題はありましたか。
東京・春・音楽祭実行委員会 鎌子照之氏
私はコンサートの制作を担当して、60数公演のうち約40公演の運営を支えてきました。2021年は、リアルのコンサートに加えて、海外での公演など一部を除き、基本的にすべての公演でライブ配信を実施しました。そのため、演奏家に配信の許諾を取る交渉をしたり、会場に配信用回線を仮設するための交渉をしたり、これまでにない作業が増えました。
東京・春・音楽祭実行委員会 古宮由佳氏
チケット担当として、リアルの来場チケットの準備を進めているところに、配信用の販売サイトの用意もする必要が出てきました。来場と配信ではチケットの形式が大きく異なるため、ライブ配信のチケット販売の機能をどこに構築していくかの検討が必要になりました。