山本忠信商店 生田目晃志氏
まず、弊社の倉庫にはインターネットの通信環境がないものがあります。しかし、工事などをして新たに通信環境を構築することも難しい。そこで、簡単にネットワーク接続ができるモバイル回線や、広域の通信が可能なLPWA(Low Power Wide Area)を使う方法を検討することにしました。具体的には、Googleで「温度センサー」や「LPWA」などのワードを検索しながら、各社のソリューションを調べていったのです。私の前職はシステムエンジニアで、IoTに関わる仕事をしたこともありましたので、こうした調査はスムーズに行えました。
生田目氏
IIJさんは通信インフラの企業ですから、北海道の十勝という地方にも安定した通信環境を提供してくれると思ったことが一つです。また、IIJさんでは水田の水位・水温を測定するIoTセンサーを用いたスマート農業の取り組みを、北海道の空知地方などで展開されていますよね。弊社の事業は、生産者さんとの関係の上に成り立っています。そのため、ICTなどの分野でも、生産者さんに寄り添ったサービスを提供していきたいという考えがあります。その点で、IIJさんだったら今後農業の分野でも、色々なサービスを提案してくれるだろうという期待があったのです。
生田目氏
本社にはゲートウェイを1つ、温湿度センサーを4ヵ所の倉庫にそれぞれ1つずつ設置しています。各倉庫にある4つのセンサーのデータが、LoRaWAN®通信でゲートウェイに集まってきます。それらのデータは、IIJのモバイル閉域網で「IIJ IoTプラットフォーム」に送られ、そこから弊社の業務管理システムにインターネット経由で(暗号化されたセキュアな状態で)転送されます。センサーのデータは、1時間に1回のペースで上がってきます。現時点では、同様の仕組みをあと4つの倉庫拠点にも導入しています。つまり、全体でゲートウェイが5つ動いており、各倉庫に設置したセンサーの数は合計で13個です。
次にデータを可視化するダッシュボードですが、これはパワーBIを使って私が作成しました。IIJのIoTプラットフォームから転送されるCSVデータをもとに、倉庫の温湿度をリアルタイムに可視化する仕組みです。初めの検証はオンプレミス(自社のWindowsパソコン)で行いましたが、その後はマイクロソフトのクラウドサービス「Microsoft Azure」が提供している仮想マシン(VM)にその仕組みを移植して、運用しています。
宮部氏
従業員が1日に2回巡回するという作業がなくなり、倉庫の温度・湿度を自動で収集することができていますので、当初の課題はまずクリアできました。とくに本社倉庫だけでなく、従業員が普段は常駐していない外部倉庫の温度を取得できるのはとてもありがたいですね。異常があっても察知できますし、あとでその原因を分析することもできます。またそれにより、たとえば異常が起こりやすい外部倉庫には除湿器を導入するなど、明確な数値のデータをもとに対策をとれます。
生田目氏
1つは、センサーとゲートウェイの間のLoRaWAN®通信を、今よりも安定化させることです。弊社の倉庫は断熱用で壁が厚くなっていますし、倉庫がある敷地内には金属製のコンテナが山積みになったり、トラックの出入りも頻繁にあったりするため遮蔽物の位置が日々変わります。そのため、通信を安定化させるには、センサーとゲートウェイの位置関係がとても重要になります。
2021年7月に試験導入した際は、見通しが良く通信が安定すると思われる場所をピックアップして試験を重ねました。。最終的に選定した場所では、初めの1ヵ月間ほどは、安定してデータを取れていることを確認しました。
しかし、本格的に稼働してから約1年が経ちましたが、データが取れていないこともあるのが現状です。やはりコンテナやトラックなどの遮蔽物の出入りがあることが原因だと考えていますが、こうした状況は時期によって変わるので、長い時間をかけて試行錯誤してみなければ分からないことだと考えています。
生田目氏
現在、本社にある冷蔵庫と冷凍庫にも、新たに温湿度センサーを設置することを検討しています。これにともなってゲートウェイをもう一つ設置するので、同時に本社の敷地全体のレイアウトも見直す予定です。なお、昨年に導入した際は、コロナ禍の影響でIIJの担当者さんとはリモートのみでのやりとりでした。今後は、IIJの担当者さんが現場で一緒に最適なレイアウトを検討してくれることになっています。そうした検討を重ねながら、通信が最も安定する条件を見つけたいと考えています。
生田目氏
今回、データを可視化するダッシュボードは自分で作成したのですが、もう少しシンプルなシステム構成で構築できたはずだと感じています。また、現時点の機能としては温湿度の可視化・記録と、温度閾値を超えた場合とデータがとれていない場合のアラート通知のみですが、今後は温湿度データを分析する機能(アルゴリズム)なども試していきたいです。たとえば、倉庫内の温湿度が具体的にどんな状況になったら豆の品質に影響を与えるのかといった分析です。またこれらの分析にもとづき、ある条件になったら従業員にプッシュ通知をする機能などもつくりたいです。これらの機能の拡張についても、今まで以上にIIJさんの力をお借りしたいと思っています。
宮部氏
現在、5つの倉庫拠点に温度・湿度管理のシステムを導入していますが、今後は他の倉庫や工場などにも展開してきたいと考えています。一方で、今回は倉庫の温湿度データを取得する仕組みだけですが、今後は他の用途にも応用できればと思います。たとえば、穀温(穀物の温度)を自動で測定できればありがたいと思っているのですが、これはアナログの穀温計のデータをLoRaWAN®通信向けに変換する仕組みなど色々な方法があるということなので、ぜひ試してみたいと思っています。
また、弊社には豆の選別や小麦の製粉などに用いる様々な設備機械があります。たとえば小麦の製粉工場では、麦を温める機械の温度データをリアルタイムに把握したいという声が現場からすでに上がっています。今回構築したシステムを応用することで、そうした現場の声にも応えていきたいですね。
※ 本記事は2022年9月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。
倉庫の温度・湿度管理を自動化し、従業員の負担を減らしたい
今回、倉庫の温湿度を管理するシステムを導入した背景を教えてください。
山本忠信商店 宮部稔勝氏
弊社では、北海道の生産者さんが栽培された小豆や大豆、インゲン豆などの豆類の集荷・選別を行い、全国のお客様が求める安心で安定した品質でお届けしています。豆類は9月~10月の2ヵ月間の短期間で収穫し、専用容器に詰めて出荷するまで倉庫に保管します。そのため翌年の収穫時期まで最大で1年は保管することになります。
倉庫内の温度と湿度が高くなりすぎると、結露や害虫が発生するなどして品質に悪影響を与えてしまうことがあります。とはいえ北海道は涼しいので、倉庫の温湿度が豆類の品質に影響を与えることは、従来ほとんどありませんでした。ところが近年、地球温暖化の影響から北海道も気温が上がり、梅雨のような気候になることもあります。こうしたなか、弊社の倉庫内の製品がどのような環境で保管されているのかを気にされるお客様が増えてきたのです。
具体的には、どれくらいの温度で保管するのでしょうか。
宮部氏
豆の種類にもよりますが、たとえば大豆やインゲン豆は15℃以下に保つことが基本です。9月から5月くらいの期間であれば、倉庫内の温度は自然とそれくらいに保たれています。しかし、夏になると気温が上がりますから、冷房を使って低温保管する必要があります。また、倉庫には湿度を自動で調整する装置もありますが、実際には従業員が日々の天気を見ながら、空気を入れ替えたりする方が効果的です。
倉庫内の温湿度はどのように記録していたのでしょうか。
宮部氏
担当者が1日に2回(朝と昼)倉庫を巡回して、温湿度計の数値を確認して手書きで記録していました。しかし、この方法では確認する時間帯が日によって変わってしまいますし、現場からは負担であるという声もありました。本社の敷地内には倉庫が4ヵ所あり、これだけならまだ何とか対応できます。しかし、弊社には同じような倉庫拠点が遠方にあと9ヵ所あります。それらの倉庫の温湿度をすべて人が巡回して確認するというのは、現実的に不可能なのです。そこで、倉庫の温湿度管理を自動化できるいい方法がないかと、弊社でICTを担当する生田目に相談したのです。