中国の今と日本企業の対中ビジネス戦略(全4回)
第3回:長期的な視点でみた中国の経済見通し
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2017/03/27
2016年6月8日にIIJ本社で「中国クラウドソリューションセミナー」を開催しました。本稿では、中国経済分析の第一人者である中国ビジネス研究所 代表の沈 才彬先生が、本セミナーでご講演された内容を、全4回に渡ってお届けします。
※本記事内の情報・データは2016年6月時点のものです。
※記事中のデータはすべて各種データより、沈先生が独自に作成されたものです。
長期的な視点でみた中国の経済見通し
では中長期的に見たときに、中国経済はどのようになるのか。短期的には中国経済を楽観視していますが、長期的にはやはり注意が必要です。特に今後5年間、10年間中国経済は正念場を迎えます。まず図1の第13次5カ年計画をみてみましょう。この計画では向こう5年間のGDP成長率は6.5%以上という目標を設定していますが、私から見ればこの目標達成は極めて難しいと思います。その理由は何でしょうか。
◎主な目標 | |
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2020年GDP | 92兆7000億元 (約1,576兆円 2,010年より2倍増) |
GDP成長率 | 6.5%以上(年平均) |
インフラ投資 | 年に2兆元超(約34兆円) |
単位GDPCO2 | 排出量18%減少 |
中長期的に中国の成長を阻む3つの問題
まず中国の「労働人口の減少」です。日本では、16歳から64歳が生産年齢人口とされていますが、中国は一律60歳定年でので、16歳から59歳までが中国の生産年齢人口です。 図2のグラフを見れば一目瞭然ですが、中国の労働力人口は2012年から減少し続けています。毎年数百万人規模で減少しています。しかもこれからも減少し続けます。
生産年齢人口のピークは2011年で、2012年から生産年齢人口減少し始めていますが、前出の図3のGDP成長率と見比べてみると、2012年から経済成長率が低下し続けています。つまり中国経済の減速と、生産年齢人口の減少は連動関係にあります。少なくとも今後15年間は、生産年齢人口は減り続けることになり、中国経済にとってこれは大問題です。2015年に中国は一人っ子政策を廃止しましたが、全面的にやめるとしても生産年齢人口は、今後15年間は増えません。ですからこのグラフを見れば、やはり中国経済これから大変だということがわかります。
それからもう1つ注視しなければいけないのが、「生産過剰」の問題です。2016年6月に開催された米中戦略対話会議で、今年は中国の鉄鋼問題、アルミニウムの生産過剰問題が取り上げられました。これまでは中国経済や人民元が中心の議題でしたが、いまや中国の生産過剰は世界的な問題となっています。今年のG7サミットでも、中国の鉄鋼の生産過剰が議題の1つとなっていました。今、鉄鋼は3割の生産過剰、石炭・セメントも約3割で、アルミニウムも相当量の生産過剰に陥っています。ただし、生産過剰の是正は結果的には経済成長率を押し下げる効果があるので、中国はこれからどのように生産過剰を是正し、どのように経済成長を保つのか、これらを両立できるかどうかが2つ目の問題です。
3つ目の問題は「住宅バブルの崩壊」です。2014年、中国の住宅バブルは一旦崩壊しましたが、ところが2015年後半以降、再びバブルの様相を呈しています。図4は2016年4月の中国各都市の住宅価格の上昇率です。1番上昇率が高いのは深圳で、2番目は上海です。住宅バブルが起きると、生産コストの上昇につながり、産業やビジネスにとっては大打撃です。例えば深圳では、多くの企業がすでに拠点を移転し始めていて、さらにバブルが崩壊すれば、金融危機につながる恐れがあります。これから住宅バブルが軟着陸できるかどうか、また金融危機につながるかどうか、注意が必要です。
中国が直面する2つの罠
さらに中国は重大な「2つの罠」という重大な問題にも直面しています。
1つ目は「中所得国の罠」です。国連、世界銀行と中国の北京大学の共同研究によると、1950年代から2008年まで58年の間に、中所得国から高所得国に移行できるのはわずか13カ国と言われています。そのうち8カ国はヨーロッパ、中東の原油産出国です。残る5カ国・地域は東アジア。日本、韓国、台湾、香港、シンガポールです。この中で日本は戦前からすでに先進国でしたし、香港は1都会、シンガポールは都市国家です。この3つの国・地域は中所得国から高所得国になった例として、あまり参考になりません。1番参考になるのは韓国と台湾です。韓国と台湾は戦前、日本の植民地にあり、戦後はアメリカ影響下に置かれました。いずれも独裁体制から民主主義体制への移行に成功しています。中国はすでに高位中所得国になっていますが、共産党の1党支配下にあり、独裁体制から民主主義体制に移行することなしに、本当に中所得国の罠をクリアして高所得国になれるかどうかは、大きな疑問です。
2つ目は「トゥキディデスの罠」です。トゥキディデスは古代ギリシャの歴史学者です。彼の書いた戦史は、今、世界の政治家、政治学者の必読書となっています。なぜでしょう。トゥキディデスの戦史の中では、新興国と既存の超大国、覇権国との衝突は避けられない、という1つの経験則が謳われています。トゥキディデスの罠に注目したハーバード大学の研究によると、16世紀から現在まで、世界では新興国と覇権国の交代が合計で15回あり、そのうちの11回が戦争に発展しました。例えば第1次世界大戦、第2次世界大戦、いずれも新興国のドイツが覇権国のイギリスに挑戦した結果として起こりました。中国は今、台頭する新興国で、アメリカは既成の覇権国です。この2大国がこれからトゥキディデスの罠に陥るかどうか、これが大きな問題になっています。悪くするとトゥキディデスの罠に陥る、つまり米中衝突が起き、中国経済の挫折、さらには世界経済もが沈没する恐れが出てきます。
向こう5年~10年で中国経済は正念場を迎えます。習近平国家主席も内部談話の中で、中国をめぐる様々なリスクが蓄積していて、今後5年間は集中的にそのリスクが爆発する時期になる可能性が高いと認めています。もし中国がこれらのリスクをクリアできなければ、中国の国家安全が危険に晒され、現代化のプロセスが中断する恐れがあると警告を出しています。これが中国経済の見通しです。
- 第1回:中国経済の基本知識と中国経済の実態
- 第2回:「2016年の中国経済の見通し」
- 第3回:「中長期的な点でみた中国経済の見通し」
- 最終回:「これからの中国で日本企業が取るべき戦略」
沈 才彬(シン サイヒン)
株式会社中国ビジネス研究所代表
(株)中国ビジネス研究所代表のほか、中国ビジネスフォーラム代表、多摩大学大学院フェローを兼任。1944年、中国江蘇省海門市生まれ。81年、中国社会科学院大学院修士課程修了。三井物産戦略研究所中国経済センター長を経て、08年4月より多摩大学・同大学院教授。15年4月より現職。主な著書に『中国の超えがたい9つの壁』『大研究! 中国共産党』『検証 中国爆食経済』『今の中国がわかる本』『中国経済の真実』などがある。