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株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役社長 鈴木幸一
年が明けると、まず難題が待ち受ける。2月になると、難題に頭を抱えたまま決めないといけない。私にとっての難題とは、人事である。どのような組織においても、人事というのは難題で、専門家の言葉を真に受けるだけでは、組織図はできても、企業としてダイナミックに発展する集団のエネルギーをつくりだすことはできない。ここ数年、頭を抱えているだけで、思い切った人事対応をしてこなかったのが実情である。
ツリー構造の組織図に拡がりはできても、ほぼ前年のままといった状況が続いてしまっている。評価制度など一通りのことは実施しても、若い社員を始め、誰もがそれぞれの才能を伸ばし、自己を実現できるような環境をつくるという組織のダイナミズムを維持するための抜本的な策を実施していない。若い社員を含め、あらゆる社員にとって、IIJが、自己実現の可能性を追求し続ける場であることが、まがりなりにもインターネットの世界でイニシアティブをとり続けることができた最大の要因だと、繰り返し話してきた。ある規模になると、どうしても既存の事業を守ることが大きなテーマとなって、そのための組織風土や処遇といったことが、判断の大きな要素ともなってくる。結果として、なんとなく旧い企業の風土に似た組織運営や、人の評価になってしまうのではないかという危惧が、頭にこびりついて離れない。
IIJも若い会社とはいえ、21年目になる。当初は一匹狼のような技術者が集まった若い専門家集団で、私以外は誰も彼も若かった。若い人間ばかりだった集団も20年以上を経て、2000人を超す規模になり、設立当時20歳代だった人間も40歳代になった。事業が発展するに従って、部長や課長といった肩書をつけ、小さな集団を組織化して、マネージメントをしてもらうようになる。肩書というか役職者の数も増え、その年齢も高くなる。少数の集団の時は、30歳代で部長になる人間も多く、結果として10年以上も同じ部長のまま40歳代半ばになってしまった人間も多い。部長という肩書がまったく似合わなかった若者も、なんとなく部長らしい振る舞いになる。まして役員になると、実際の仕事はともかく、そんな気分になるらしい。
社員が700人くらいになるまでは、4月になると一人ひとり全員面談をして、すべて私が給与の額を決めていて、「なんだかプロ野球の契約更改みたいだ」というのが社員の感想だった。4月は、早朝から夜まで、面談だけで終わっていたのである。「いくらなんでも、社長がすべて決めるというのは、もし社長になにかあったら大変である」という理由で、人事評価制度、等級制度などが導入され、給与もその制度の仕組みで決められることになった。
一人ひとり話を聞き、私が給与を決める時代、最大の欠点だったのは、給与が上がりすぎることであった。若い社員の場合、頑張って成果を出した人間は当然のこと、一年間あまりいいことがなかった社員とも話し込んでは、「期待料だな、今年は頑張れ」となって、10パーセント近くも給与が上がってしまうことに対し、人事部には恐怖感があったのである。「町工場の親父」丸出しの時代だった。大真面目に話し込むので、面談中、涙がこぼれてしまう若者もいた。特に「技術部門より、早い時期に営業に行った方が大成するよ」、そんな話をすると、愕然とする若者が多い時代だった。一人ひとりの才能を知り、適切な部署で伸ばすというのは、ほんとうに難しいものである。そんな組織運営の在り方がいいとは思いもしないけれど、今年からは、制度を壊さない程度には、思い切って人事に手を付けようと思う。
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