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株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一
いつの間にか10月である。旧暦の10月の異称は「神無月」で、それが新暦になってもそのまま使われているのだが、その語源となると、いい加減そのものという気がする。ネットで調べると、丁寧に諸説を紹介しているが、「かみな月」の意味がわからなくなって、神さまがいないのだろうと、「神無月」という字を当てたのだといういい加減な説がいちばんもっともらしい。
出雲では全国の神さまが集まる月で、「神在月」と言われているが、それも中世以降の後付けらしい。語源はいい加減でも、数字の10より、季節の移ろい方が言葉の裏にあるようで、ほっとする。日本中で古い地名が消えて、東西南北の文字を頭につけて済ますか、番地の丁目の数を増やすかして、地名にするのは戦後のことで、おかげで究極のデジタル化を進めることになるインターネットの対応には悪いことではない。歴史の積み重ねが鬱陶しくなった敗戦後の日本人にとって、昔ながらの町名を変えることに抵抗感はなくなっていた時である。私の住いも西神田という、なんだかわからない地名である。祭りのときだけは、昔ながらの町名で神輿が出る。その辺は、融通無碍な日本スタイルで面白い。
10月1日は、来年4月から働く新入社員の内定式である。IIJは創業23年目という若い会社だが、創業時には6人だった会社が、今では3,000人を超す規模になった。25歳だった技術屋なら50歳近くになっている。当初は、インターネットの仕事をしたいという技術者が、毎月のように集まってきて、いつの間にか100人になり、200人になるといった増え方で、誰かしらの伝手で入ってきた社員ばかりだった。個々の社員の経歴の名簿が正式につくられたのは、創業後7年ほど経て、米国のナスダック市場に株式を公開する準備を進めていた過程だったと記憶している。もちろん、新卒の採用は始まっていたわけで、新卒者の学歴の名簿はできていたのだが、誰かしらの伝手で集まってきた社員の場合、紹介してくれた誰かしらを私が知っているので、改めて経歴を記した名簿の必要を感じなかったのである。いい加減極まりないと言えばその通りだが、個々の社員の資質等々については大方わかっていたから、それで済んだのだ。毎年の一人ひとりの評価・給与も私が全員と面談して決めた時代は、人事制度も要らなかった。それでは、いくらなんでもひどいということで人事評価制度ができ、そのうち労基署の監督が強化され、社員の反対にもかかわらず残業制度がつくられた。
社員が増えるにしたがって、精緻さを増すと言えば耳あたりがいいのだが、人事にかかわる諸制度は細かくなってくる。「制度ありき」では、個々の能力が最大の経営資源であるIIJから、柔軟でダイナミックな企業カルチャーが消えてしまうと、ぶつくさ呟くのだが、私に目覚しい対案があるわけでもない。組織の運営というのは、人の数に対応させざるを得ない。官僚化は組織が大きくなると必ず生じるものだと、事あるごとに注意をするのだが、いつもながら不満が残る。
内定者の名簿を見せてもらった秋口から、柔軟でダイナミックな組織運営にしようと、改革の検討を始めた。新入社員となる若者の顔を見るこの季節、いつもながら思いは彼らの将来であり、IIJの将来の姿となる。結局は、組織をどのようにつくるのかという重い難問と向き合う季節が「神無月」である。
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