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花曇りの入社式

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 今年は、さくらが開き始める頃から、花冷え、花曇りが続き、青い空にさくらが浮かぶ鮮やかな景色を見ることがなかった。3月は世界的にも低温だったらしい。異常気象が通常のことになり、今年の早春から春への移り変わりが、例年とは違っていたのかどうか、それすら覚束なくなってしまった。

 3月は、年度決算から事業計画の策定まで、なにかと忙しい。その時期に「東京・春・音楽祭」を始めて12年目になる。忙殺される時期に音楽祭もないだろう。道楽なら、もう少し時間のある時期にすればいい、と。もっともな話だが、さくらの名所である上野で、さくらと音楽の饗宴で春の祝宴をしようというのが趣旨なのだから、時間に余裕があるからといって、酷暑の真夏に時期を移すわけにはいかない。欧州ではイースターの時期で、遠い日本に素晴らしい演奏家を招くにも都合がいい。なによりも、さくらが蕾を膨らませ、満開となり、花吹雪が舞う上野公園に、音楽が溢れることほど、人の心を慰め、和らげる祭りはない。道楽だからこそ、譲れないのである。

 4月1日は入社日である。さくらが満開の日だった。高校の入学式以来、式と名のついた行事には一切出向かなかった私が、IIJを創業して4年目から新卒の採用が始まり、毎年、入社式を行ない、挨拶をする。このところ何年も、100人を超す新入社員が礼儀正しく背筋を伸ばし、ダークスーツに身を固めて会場の椅子に座っている。なにも考えずにふらふらと壇上に立ってから、さて、何を話そうかと、瞬時、考えるのだが、その間もない。たまたま最初に口にした言葉を継いでいるうちに、挨拶を終える。せっかく襟を正して聞いてくれている社員には申し訳がないほど、いい加減なものである。

 私が就職して、正業というか、社会人になったのは、20代も後半になってからで、入社して半年ほどは、いつも胸に辞表をいれていた。いい加減なアルバイト生活でそれなりに稼いでいた私は、組織で仕事をすることに馴染めなかったのである。仕事をこなすには知識が欠けていることをすぐに自覚させられ、大学時代は授業に出席しなかったのに、夜間大学に通っては、殊勝に授業に出て勉強をした。何事も独学に終始していたが、授業に出て学ぶというのは、ある意味で極めて効率的だということに気づいたりした。そのうち、仕事が面白くなってしまい、当時よく言われた"モーレツ社員"という言葉でくくられるようになった。仕事は、どんな遊びよりも面白く、飽きないものだということこそ、私の20代におけるもっとも大きな発見だった。

 IIJは、過去25年、インターネットという世の中の仕組みのすべてを変える技術革新の世界にあって、イニシアティブをとり続けてきた会社である。巨大な技術革新は、技術そのものに、また基盤となるコンセプトに大きな危険性を内包しており、すべての仕組みを変える過程には、さまざまな「危うさ」があって、時としてその「危うさ」が表面化する。にもかかわらず、インターネットという技術基盤のうえで、あらゆる仕組みは変更を余儀なくされるのである。究極の分散は、究極の集中につながるのだと、折節、話をすることがある。究極の集中・管理が実現すると、世の中の仕組みはどうなるのだろうか。断片的にはその将来の姿を描くことができるのだが、全体を俯瞰するとなると、なかなか難しい。

 そんな技術の渦中にある会社に来てくれた新入社員の潜在能力を最大限伸ばすことが、私のもっとも重要な仕事である。挨拶が終わって、珈琲を飲みながら、ふと、そんな思いが強くなる。式の挨拶は、難しいものである。

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