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観葉植物園

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

 

 家を出て、一人暮らしを始めたのが、高校を卒業して間もない頃だから、随分と長いあいだ、庭のない生活をしていることになる。快適な実家から、あえて移った木造モルタルアパートの狭い一室は、ベッドと机を置くと、ほかには全くスペースがない空間だった。風呂もなかったので、毎日、銭湯に通っていた。午後の一番湯か、閉める間際の遅い時間のどちらかだったが、広い銭湯の湯船につかっていることで、辛うじて閉所恐怖症になるような狭い空間から解き放たれていたのだ。

 銭湯の帰りに、当時は珍しくもなかった「名曲喫茶」に寄っては、長い時間、そこで本を読み出す。一間の狭い空間に戻る気もせず、目が疲れるまで読み続け、ふらふらと散歩をするか、居酒屋で飲んでいた。快適でない空間に住むと、外にいる時間が長くなる。くつろぐ空間は銭湯で、本を読むのも、音楽を聴くのも「名曲喫茶」だった。

 そんな生活をしているうちに、新宿発の深夜の中央線に乗って、あてどなく田舎の駅で降りては、安い温泉宿を見つけて泊まったりするのが癖になってしまった時期がある。高校時代から授業をさぼるのが日常だったので、大学生の自由な身になると、授業の存在すら忘れてしまうようになる。朝から晩まで図書館に籠ることはあっても、教室に顔を出すのは稀だった。それでも、世界的な評価を得ていた教授の方々の知己を得、卒業後も亡くなられるまでお付き合いをさせていただいた幸運があった。タテカンが並び、暴力が横行していた時代の大学だったのだが、人が育つにはいい土壌だった。

 卒業後、なんとか職を得て、木造モルタルアパートから脱出し、ちいさなマンションの一室に住むようになったのだが、庭のある住まいとは、無縁のままで50年近くも過ごすことになった。樹木や季節ごとにひらく花を目にすると、庭いじりでもしたくなるのだが、仕事を続けているうちは無理だろうと諦めている。ここ何年か、たまに観葉植物を贈られることがあって、枯らさないように手間をかけていたら、数年も経つと大きく育って、広い空間でもない居間が植物園のようになりかけている。海外出張の前など、周到に水などの手当てをするのだが、旅のあいだ、気を揉むのである。

 観葉植物も種類によって、水やりの回数から量、日の当て方まで、異なる。日当たりもよければいいというわけでもない。強い陽射しに当てると、あっという間に茶色っぽく変色をし、枯れ始めたりする植物から、日当たりのいい場所に放置したままにしておくと、忽然と花を咲かせたりする植物まで、さまざまである。数年も経つと、驚くほどの大きさになっている。もちろん、育て方が間違っていたのか、枯れて、居間から消えていった植物もある。

 このところ、大学やオフィスで、将来のITについて、若い人がまとめたプレゼンテーションを聞き、講評をさせられる機会があり、パワーポイントの表現、堂々としたプレゼンテーションの仕方に驚くことが多い。若くしてコンサルテーションができるのではないかと思うのだが、プレゼンテーションが終わって、ゆっくり内容を見直すと、大方がウェブサイトから要領よくまとめているだけではないかと疑問符がついてしまう。専門知識の浅さはともかく、自分の頭で深く考えていないのではないかという疑問である。ウェブサイトを効率的にひと巡りすれば、それなりの報告はできるようになるのだが、自らの頭で考えない限り、結局は、プレゼンのショウで終わってしまう。観葉植物を育てるのも、そう易しいことではないのだが、どこまでも時間をかけず、効率よくまとめることが可能になったネット時代の若い人をどう育てるのか、改めてその難しさを感じるばかりである。


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