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株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一
「この歳になると、何年か先の話をされるたびに考えてしまう。その時は、もう何歳になっているのかなあ。健康ならいいけれど」。
音楽祭を主宰していると、数年先のプログラムを決め、指揮者や演奏家と契約交渉をする。会社の事業であれば、先のことは不透明にしても、数年先の技術動向や市場の変化を予測して、投資をし、社員の育成を考えるのは当たり前なのだが、演奏となると、全面的に個人に依存するだけに、否応なく数年先の演奏家の年齢を頭に入れて交渉をする。演奏家も自らの年齢を考えて、その時に演奏できる状態でいられるだろうかと怪しむことになる。
組織は、その大小によって、細胞となる人の新陳代謝を考えながら、長期の手を打ち続けるのだが、演奏家は、すべてが個人の健康状態や身体機能、脳の働きに関わるだけに、お願いするほうも、受ける方も熟慮を重ねざるを得ない。老いてますます音楽が深くなり、人々に感動を与えられるようになる演奏家や、急激に衰えてしまう演奏家など、飛びぬけた才能に恵まれているはずの世界的な演奏家の老い方は人それぞれ、まったく異なる。年齢が高ければ高いほど、演奏家と先の話を進めるのはリスクをともなうのだが、それでも、どうしても演奏していただきたいと思えば、年齢というリスクを超えて、お願いをする。一方、未だ世に知られていない若い演奏家が、たまたま代役で演奏した機会を聴いて、「この若い演奏家は、数年後には世界的になるに違いない」と思えば、先物買いのように契約をする。スポーツ選手と似たところがあって、才能に溢れながら大成しない演奏家もいる。いずれにしても、リスクはともなうものである。
事業も似たようなもので、将来を俯瞰し、確信をもった技術を開発し、いち早く世に出しても、タイミングが早過ぎれば、注目を浴びても市場から無視され、大きな失敗につながる。残るのは、その開発や事業化に携わった社員の成長という目に見えない資産である。人間の体が、細胞の活発な新陳代謝によって、はじめて健康を維持できるように、組織は、新陳代謝を活発にすること、つまり、社員の成長に賭け続けることで、企業体としての成長・発展が可能となるのである。リスクを賭け続けるのが、企業の営みでもある。
コンサルティング会社にいた若い頃、「ゴーイング・コンサーン」という言葉に執着していた時期がある。「継続企業」と訳されるようだが、要は、それぞれの企業活動は永続するものと考える企業会計が大前提とする仮定なのだが、単に企業会計の仮定と考えるのではなく、あらゆる事業や技術に対し、その企業が永続的に存在を続けるには、その時々にどのような選択や対応をすべきなのかという視点から物事を見ようとしたのである。M&Aといった企業の売買を繰り返しながら、事業の再生・発展を図る手法が一般的ではなかった時代のことである。
ITという巨大で激しい技術革新に自ら賭けて設立したIIJなのだが、私は、いまだに「ゴーイング・コンサーン」という企業会計における基本的な仮定を前提に、企業経営を考えてしまうのである。IIJが関わっている事業分野の経営と、どこかしら企業風土が異なっているのは、その辺にあるのかも知れない。
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