先駆者的なタイトルをいくつも生み出してきたカプコン。同社は近年、ゲームだけで完結しない「ユーザ体験の創出」にも注力している。「今後もお客様の心を掴み続けるには、優れたゲームの提供に加えて、いかにして『ゲーム機と接していない時間』で接点を生みだすかも重要です」とカプコンの金森恒治氏は説明する。
「バイオハザード6」の発売に合わせて、2012年から提供を開始した「RESIDENT EVIL.NET」では、ユーザは自動集計されたセーブデータを閲覧しながら全世界のプレイヤーの動向を参照したり、競ったりできる。
こうした連動Webサービスに発生する障害は、ゲームタイトルが持つブランド、そして企業イメージに深刻なダメージを与えてしまう。障害発生を防ぐには、ピーク時のI/O に対応可能な基盤を整備しなくてはならない。しかし、ユーザのセーブ頻度は、発売直後か否か、イベントやキャンペーンが走っているかどうか、そしてどの時間帯かなどによって大きく増減する。「バイオハザード」シリーズの場合、ユーザ数は100万人にも達する。「ユーザ数×セーブ回数」という、膨大かつ不規則なI/Oに耐えるためには、高い可用性と柔軟な拡張性が基盤に求められる。
この連動Web サービスの提供基盤(以下、ゲーム基盤)について、カプコンはこれまで、IIJが提供する「iBPS(Integration & Business Platform Service)」を利用してきた。iBPSは、オンプレミスに近い可用性を持ちながら拡張性も確保できるが、それでもリソースの増減には数日を要する。そのため、カプコンでは柔軟な拡張性を持つ基盤獲得は必須と判断。リアルタイムにリソースを増減できるパブリッククラウドへの移行を2015年末に決断した。
「2012年にもパブリッククラウドを検討しましたが、信頼性、性能の面で懸念がありました。その後のテクノロジーの発展でパブリッククラウドに対するそうした懸念は払拭されつつあったので本格的な移行期を迎えていると判断し、採用を再度検討したのです」と、カプコンの内田哲治氏は語る。
まずは基盤となるクラウドサービスを選定し、その後、選定したサービスの構築と運用に長けたベンダーを選定するという方針で、計画は進められた。「可用性を維持するには、選定したクラウドサービスへの十分な理解の下で運用することが求められます。構築と運用を支援してもらうベンダーについても、ゼロベースで選定せねばなりません」とカプコンの林裕輔氏は話す。
カプコンはまず、市場にあるクラウドサービスを「可用性」や「コスト」「セキュリティ」など様々な角度から比較検討を進めた。その結果、マイクロソフトが提供するMicrosoft Azureの採用を決定した。理由として挙げられるのは、機能面も含む拡張性と、Xboxを提供するマイクロソフトゆえの「ゲームプラットフォームとしての親和性」だ。
次にカプコンはベンダーの選定を開始。そして同社は、新たなゲーム基盤についてもIIJをベンダーとして採用することを決定した。
理由は、IIJはデータセンターサービスだけでなくクラウドに関しても優秀な技術を有していたことと、対応力が優れていたことだ。「IIJには『iBPSからAzureへ切り替える』『ベンダーを切り替える』旨を伝えていました。しかし、そのような中でもIIJは、当時のiBPS環境を極めてていねいに運用し続けてくれました。契約の終了が見えている中、それでも支援をしっかりと継続いただける姿勢は、実はそう多く見られるものではありません。同水準の技術力を備える他のベンダーと比較検討を進める中、こうした対応に表れるIIJの誠実さは、同社を選択する十分な理由でした」と林氏は当時を振り返る。
カプコンではゲーム基盤に加えて、各連動Webサービスのアカウント情報を横断的に利用できる「CAPCOMアカウント」の運用も行っている。リスク分散も考慮すれば、複数のクラウドサービスを適材適所で併用するマルチクラウドが最適だ。IIJが提供するクラウドサービス「IIJ GIO」は、CAPCOMアカウントの要件に適合しており、また、マイクロソフトのクラウド ソリューション プロバイダー プログラム(CSP)によって、IIJがすべてをワンストップサービスとして利用することも可能だった。
こうした背景から、カプコンでは高い拡張性が求められるゲーム基盤にはAzureを、高い信頼性が求められるCAPCOMアカウントにはIIJ GIOを採用することにした。2016年6月のキックオフからわずか半年後の12月より、新たな環境の下でサービス提供を開始している。
更に「IIJクラウドエクスチェンジサービス for Microsoft Azure ExpressRoute」を利用した、両環境の死活監視とサービス接続監視を常時実施し、サービスの安定稼働を実現している。
サービスインから1ヵ月後となる2017年1月には、業界から注目を集める『バイオハザード 7』が発売された。「『7』の発売を控えた当時、IIJとはインシデントの発生を避けるための協議を進め、ピークタイムには秒間500件のI/Oが発生することを予測して検証を進めました。実際、発売時には瞬間的ながら想定に近いI/Oが発生しましたが、無事に安定提供ができています。これだけでも、ゲーム基盤をパブリッククラウドへ移行してよかったと思います」と、金森氏は笑顔で語る。
「細かなチューニングはこれからですが、現時点で、既に従来比3割ほどのコストが削減できています。各環境の状況をモニタリングし、コスト、工数の最適化を進めていきたいと考えています」と林氏は話す。
マルチクラウド環境を得たことで、同社が今後どのようなユーザ体験を提供していくのか、期待が高まる。
※ 本記事は2017年5月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。