岩岡氏
集約型の回線の上流を高速な回線にしようと考えました。そうしたときに、国立情報学研究所(NII)の学術情報ネットワーク「SINET」に接続できる文部科学省の1年間の活用実証研究事業があることをIIJから聞きました。具体的には、文部科学省から委託を受けたIIJの事業に自治体の参加を募るものです。それに鎌倉市も参加することにしました。
岩岡氏
データセンターから上流は高速なSINETで、下流は民間の通信の影響を受けない専用回線という構成でした。2021年11月に接続が始まったところ、それまでの200kbpsから200Mbpsへと、桁違いの速度が得られ、動画コンテンツもSaaSのサービスもストレスフリーで使えました。
岩岡氏
実証研究事業終了後は、SINET回線の接続だけでなく、高速対応のファイアウォールなどの機器、下流の専用回線も使えなくなります。元の200kbpsの環境に戻るのは困るので、高速の通信環境を鎌倉市として構築する必要に迫られました。デジタル教科書も入り、教育のコンテンツがリッチになっていますから、何もしなくてもトラフィックは増えていきます。10年、20年と使えるネットワーク環境を実現する必要がありました。そこで、横浜国立大学と連携協定を結んでSINETへの接続を可能にし、IIJに委託してネットワークを整備しました。
岩岡氏
2022年9月に鎌倉市として単独でSINETに接続しました。高速対応のファイアウォールも導入しましたが、下流のWAN回線が一般の共用回線のままですとSINETのポテンシャルを引き出すスループットは得られません。そのため、下流のWAN回線の専用化・高速化も合わせて実施し、ストレスフリーな環境の構築を目指しました。
岩岡氏
2023年3月末までにIIJの協力によって下流のWAN回線の切り替えが完了しました。これで上流、ファイアウォール、下流の3カ所のボトルネックが解消され、目指していたネットワークが構築できました。
岩岡氏
WANが専用回線に切り替わった学校からは、「世界が変わりました」といった声をもらっています。様々な場面で端末の動作の切り替わりが早くなって、待ち時間がなくなりました。トラフィックレポートでは、SINET接続の帯域にはまだ余裕があるようです。一方で他自治体よりトラフィックが多いとも聞いていますので、利用は着実に進んでいると考えています。
岩岡氏
教育の現場では、ネットワークに制約があることを意識するようではいけません。意識しないで済む状態が不可欠です。鎌倉市ではネットワーク整備ができたことで、現場からネットワークに対する不満の声が消え、今後の教育の実践につながると思います。iPad導入後に、コラボレーションを含めて、多様な探究の場が生まれてきました。特に課題を決めるところから探究するような、本質的な探究の学習にはネットワークを含めたICT環境の整備が不可欠だと感じています。
岩岡氏
教育用ネットワークとしてSINETを導入しましたが、今後はSINET直結のクラウドをフル活用した業務体制を作っていきたいと考えています。教員も職員室以外で多様性のある働き方ができる必要があります。新しい校務のあり方は文部科学省も検討していて、鎌倉市でもフルクラウドの校務システムに向けて検討を進めています。そうした中で、自治体側からはネットワーク業界の先行きはよく分かりません。IIJには今後も業界の動向を見据えた提案をしてもらいたいと思います。
岩岡氏
子どもの現在と未来を幸せにするために、鎌倉市ではこのネットワーク環境が必要でした。ストレスなくICT環境を使えることは、子どもたちが社会に役立って幸せになるための、子どもの今と未来への投資だと思います。こうした投資を通じて、鎌倉市教育委員会が掲げる「こどもたち1人1人のニーズや個性に合わせた教育」を実現していきたいと考えています。
※ 本記事は2023年3月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。
1人1台の端末を導入したがネットワーク性能が追い付かず
鎌倉市教育委員会では、「鎌倉スクールコラボファンド」というファンドを立ち上げたそうですね。
鎌倉市教育委員会 岩岡寛人氏
子どもたちが成長するためには、幅広いスキルセットを通じて子ども自身が探究していく必要があります。しかし、学校の教育だけでは限界があります。一方で、鎌倉市には多様なスキルを持った人たちが住んでいます。そこで、学校と地域社会を結びつけ、さらに大学や教育ベンチャーなどの外部機関と連携しながら魅力的な教育を実現しようと考えました。ただし、コラボレーションをするにはコストがかかります。そこで、ふるさと納税の仕組みを使って立ち上げたのが、鎌倉スクールコラボファンドです。
鎌倉スクールコラボファンドは、どのような活動につながっていますか。
岩岡氏
3年間で1500万円の資金を調達できました。これは学校の現場にとってはものすごい金額です。学校と、企業やNPO、大学などの魅力的な人材や団体とのコラボレーションが始まっています。例えば、子どもたちにSDGsをテーマにする探究をさせたいと思っても、今まではクラスで1つのテーマに絞るしか方法がありませんでした。ファンドを使うことで、大学教授やNPO職員など多くの人を招いて、子どもたち1人1人の課題意識に取り組む場を作ることができました。
具体的な成果は出ているでしょうか。
岩岡氏
「自分の行動で国や社会を変えられると思うか」というアンケートを取ったのですが、コラボレーションを実施した学校では実施前は38%が「そう思う」でした。ところが、1年後には81%が「そう思う」と答えるようになりました。教育と社会の連携が、1年の取り組みでこれだけできるようになったのです。コラボレーションによって、子どもたちだけでなく教師にもワクワクしてほしいです。ふるさと納税などの仕組みは全国の自治体に横展開が可能ですから、魅力的な教育の場を作るためにスクールコラボ支援の全国団体の必要性も感じています。
1人1人の探究する気持ちを大切にする魅力的な教育は、ICTが支える部分も大きいと思います。
岩岡氏
学校の現場には、自分自身で調べて発表するツールが圧倒的に不足しています。学校図書館には1つの本は1冊しかなく、その本にも求める情報があるとは限りません。子どもたちが学びの主体として花開くためには、ICTが不可欠です。GIGAスクール構想は変革のチャンスだと感じました。
GIGAスクール構想に対応するためのインフラの整備はどうされたのでしょうか。
岩岡氏
それまでは端末はありませんし、ネットワーク回線も貧弱で、学びを支えるソフトウェア環境も弱いという状況でした。まず、1人1台の端末としては、小学校1年生から中学校3年生までずっと使う端末としてiPadが最適だろうと判断しました。その上で、iPadはセルラーモデルを導入し、月間3GBのモバイルデータ通信を利用できるようにしました。学校内ではWi-Fiで使いながら、Wi-Fi環境がない自宅や校外の学習でも活用できるようにしたものです。一方で、iPadと対話するだけの学習にならないように、学びの成果を発表するツールとして電子黒板を市の単独予算で全教室に整備しました。ソフト面では、全児童生徒にAIドリルの「すらら」を提供するほか、指導者向けのデジタル教科書も導入しました。
貧弱だったというネットワーク回線についてうかがいます。
岩岡氏
700~800人の教職員が使っていた従来の校務ネットワークでは、1万人規模の児童生徒が使うとなると詰まることは間違いありません。しかし、どのぐらいのトラフィックが流れるのかは使ってみないと分かりません。鎌倉市教育委員会では、各校からデータセンターに接続し、データセンターからインターネットにつなぐ集約型のネットワークを導入していました。データセンターから各校の下流も、インターネットに向かう上流も、フレッツの共用回線を使っていて、とりあえず使ってみようという状況でした。
使ってみたところ、どのような状況だったのでしょうか。
岩岡氏
結果は、「全然ダメ」でした。200kbps程度のスループットしか得られず、教育現場で使うのは夢のまた夢という状況でした。GIGAスクール端末としてセルラーモデルのiPadを導入していたので、月間3Gbpsの制約はあるものの「文鎮」にならずに利用できたのは不幸中の幸いでした。ネットワークを何とかすることが課題になりました。