兵庫県三木市は、これまで災害が少ないまちだといわれてきた。県立の三木総合防災公園があるほか、関西や中国、四国、山陰を結ぶ高速道路網の要衝でもあることから周辺各地の災害時に支援する役割を担っている。
「住民の防災意識も高く、各地域の防災訓練も熱心に行われてきました。ところが、2018年7月の西日本豪雨では三木市が水害を被ってしまいました」。こう語るのは兵庫県三木市の仲田一彦市長だ。防災のまちを自負する三木市自身が、水害に見舞われてしまったのだ。人命の被害はなかったが農業被害は多かった。それだけでなく、避難所を長期運営することになり、体験したことのない状況から自治体としての課題が見えてきた。
自治体専用のネットワークが備えられていない学校やショッピングセンターなどの避難所では、担当した市役所の職員が情報を共有できない状況になった。「自前のスマートフォンなどで情報を入手するのが精一杯で、現場の状況や災害対策本部の動向が相互にやりとりできなかったのです。こういうときこそ、情報が必要だと改めて感じさせられました」(仲田市長)。
庁内では専用ネットワーク上でグループウェアなどを利用した情報共有の仕組みができている。しかし、専用ネットワークのない避難所ではどうやって情報共有をしたらいいか。三木市の大西武宏氏は「日常と変わらないグループウェアなどの情報共有ツールを、災害時にも場所を問わずに利用できる方法はないか、水害後から情報収集を始めました」と語る。
大西氏は2018年10月に、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が主催する「地方自治情報化推進フェア2018」に情報収集のために出向いた。そこで目についたのはIIJの展示ブースのパネルで、倉敷市真備町がIIJモバイルを臨時専用回線として活用した事例が掲げられていた。「パネルにはLTE網を使って外部から庁内のネットワークに接続する事例が紹介して あり、まさに三木市が必要としているものに出合った気持ちでした」(大西氏)。
自治体ではセキュリティ確保のため、庁内であっても有線LANを利用することが基本で、無線のLTE網を利用するという発想がなかったという。IIJ閉域モバイルを使うと、インターネットと分断した専用の閉域ネットワークをモバイルで構築できる。自治体の情報共有にもモバイルインフラが活用できることが分かったのだ。
費用面や端末を庁外へ持ち出すことへの懸念などからいったんはペンディングとなったが、仲田市長の「災害対策に情報共有できる仕組みは重要な要素」という考えにより予算を確保。2019年5月に正式にIIJと契約を交わし、同年7月19日に稼働を開始した。
防災専用に10台、防災とペーパーレス化推進の共用に20台の、合計30台のタブレット端末(マイクロソフト Surface Pro LTE Advanced)を導入し、IIJ閉域モバイルを使ったネットワークシステムが、2ヵ月の短期間ででき上がった。
災害はいつ訪れるかわからない。夏には台風シーズンが到来するが、2018年の西日本豪雨は7月のことであり、少しでも早く対応を整えておきたい。大西氏は「事業のスピードが最優先でした」と当時を振り返る。
大西氏の上司である公森伸明氏は、「タブレット端末では日常業務で使っているグループウェアが動くので、どの職員でも利用でき、使いやすいシステムができたと思います」と評価する。
タブレット端末と通信に用いるSIMが正しい組み合わせにならないとネットワークに接続できない仕組みなども取り入れ、セキュリティを強化する対策も施した。
同市で危機管理を担当する本岡忠明氏は「導入したタブレット端末は、防災用の10台を危機管理課の机上において、いつでも使えるようにしています。ペーパーレス化対応の20台は、各部長などに利用してもらう予定ですが、いざというときは防災用に転用できるようにしています」と準備状況を説明する。
システム稼働開始の翌月には西日本を中心に台風10号が猛威を振るい、早速本システムが本格的に運用された。防災危機管理を担当する浦崎良太氏は、「市役所の情報収集体制を整え、災害警戒本部および13ヵ所の避難所を開設しました。端末については、本部班と情報収集班に2台ずつ、5ヵ所の避難所に1台ずつの合計9台を配備しました」と対応状況を説明する。
各避難場所の避難者数や現地で困っていることなど、離れた場所の職員同士での情報共有を実現することができた。電話ではなく、メールやグループウェアの活用により、複数の職員に対して迅速かつ手間なく情報発信ができたこと、文章化した情報の発信・共有により情報の正確性を維持できたことなど、多くのメリットを感じられたという。
今後はさらに、IIJ閉域モバイルによる安全な外部からのネットワーク接続の仕組みを活用することで、テレワークやモバイルワークの可能性も追求していく考えだ。
※ 本記事は2019年7月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。