ネット証券の草分け的存在として知られる松井証券。顧客中心主義に基づき、個人投資家向けに株・先物・FXのオンライントレード事業を展開し、コストゼロの「一日信用取引」や、これまで売建できなかった銘柄の空売りを可能にした「プレミアム空売り」など常に新しいサービス提供にも力を注ぐ。
インターネット取引専業の同社にとって、サービスの運用基盤はビジネスの生命線そのものだ。「一瞬でもシステムにアクセスできないと、ミリ秒単位で価格が動く市場への発注ができないからです。止まることは絶対に許されません」と同社の柴田誠史氏は語る。
そのインフラ基盤の構築・運用を10年以上にわたり支えているのが、IIJである。「インフラの信頼性・安定性に加え、新規サービス導入時の適切なキャパシティプランニングや運用・監視体制の構築、DDoS攻撃対策などにより、安心・安全な取引環境を実現しています」と同社の森龍二氏は評価する。
その一方、新たな取引プラットフォームの必要性が高まっていた。オンライン取引用に以前から提供してきたWebブラウザ型とリッチクライアント型の取引プラットフォームに課題を抱えていたからだ。Webブラウザ型はダウンロード不要で利用できるが、情報のリアルタイム性に欠けていた。自動更新機能を持つ情報ツールは別途提供しているが、情報と取引の連携に課題があったという。一方のリッチクライアント型は情報の自動更新は可能だが、ダウンロード/インストールの手間がかかる。「当社はシニア層のお客様も多く、利用の手間は大きな負担です」と同社の村野知暁氏は話す。
既存のプラットフォームを抜本的に見直した結果、同社はHTML5によるWebベースの次世代取引プラットフォームの開発を目指すこととなった。「Webベースならダウンロードの手間が不要で、リッチクライアント並みの機能が実現できる。しかも、HTML5はマルチデバイス対応が可能であり、タブレットやMacでも利用できる。また、プッシュ型の情報配信基盤を構築することで、株価やチャート、保有資産の評価損益状況など、常に最新の状態で表示が可能となる」と柴田氏は当時の狙いを振り返る。
新たな取引プラットフォームの実現に向け、同社がパートナーに選定したのが、IIJである。10年以上に及ぶ実績に加え、決め手になったのは、ワンストップの対応力だ。サーバ、ネットワークなどのインフラの構築、運用・監視に加え、アプリケーションの開発・運用までトータルにサポートできるからだ。なかでもアプリケーションの開発力は高く評価した。「FX取引システムを一から構築した実績があるため、今回もそのノウハウが大きな力になると判断しました」と柴田氏は述べる。
ただし、同社が目指すのは株取引に対応したシステム。株式はFXより銘柄が多く、板情報の提供が必要なため、より高速な処理が求められる。その点、IIJ Raptorサービスは並列メモリ処理技術を駆使し、大量の情報の高速処理を実現する。取引件数や口座数の拡大に応じて、柔軟にスケールアウトも可能だ。「インフラ基盤の構築・運用に加えて、アプリケーション開発も含めて担当いただくことで、全体として最適化されたシステムが構築でき、仮に問題が発生した場合も速やか、かつ、柔軟な対応ができると考えました」と森氏は語る。
証券業界において、HTML5による株式取引システムの構築は前例がない取り組み。「ゼロベースの開発に"挑戦"してくれるパートナーはIIJ以外にいませんでした。その開発力を発揮してもらうことで、業界に先駆けて革新的なプラットフォームの提供が可能になると考えました」と柴田氏は語る。
事前の検証で、性能を確認できたことも採用を強く後押しした。「事前検証では、24銘柄の上下3本の板を銘柄ごとに秒間5回の更新が可能など、こちらの求める要件を十分にクリアできました」と村野氏は評価する。
こうして同社が2015年5月より提供を開始したのが、次世代取引プラットフォーム「ネットストック・スマート」である。マルチデバイスに対応し、ユーザは専用アプリをダウンロードすることなく、Webブラウザだけで取引が可能になる。メニュー構成をシンプル化し、取引系と情報系を一つの画面に集約することで、利便性の向上も図った。もちろん、情報の自動更新にも対応する。「他社と比較して、ネットストック・スマートのチャート機能が一番見やすいという高評価を得ています」と話す村野氏。ユーザの利用数も増加傾向にある。
同社にとってもメリットが大きい。Webベースのため、クライアント環境を意識せずに開発・改修を行えるからだ。「複数のOSをサポートしなければならないネイティブアプリに比べ、開発コストを大幅に低減できました」(柴田氏)。またIIJ Raptorサービスの活用により、インフラとアプリケーションの監視・運用の手間も軽減できた。長期で利用することで、コストメリットは更に高まる。
また、同社は、社内のメール/Webセキュリティ、標的型攻撃対策の強化のため、IIJセキュアMXサービス、IIJマネージドファイアウォールサービスを導入し、システムの信頼性の強化を実現した。
IIJ Raptor サービスを導入し、プラットフォームの課題を解決した「ネットストック・スマート」であったが、サービス提供から7年目となる2022年に、オンプレミス基盤のEOSLを迎えていた。また、機能追加のためインフラリソースの増強に対して俊敏性が要求されるようになった。
そこで、基盤更改が不要かつ俊敏にリソース増強可能なAWSを採用。移行ベンダーには、アプリケーションの開発・運用実績に加えて、AWS基盤の構築・監視・運用をワンストップで提供可能なIIJを選定。
2021年1月より、AWS基盤上でのシステム稼働開始。結果、システムのリソース増強にかかる時間が数ヵ月から数分へ短縮された。
「IIJは当社の事業を支える重要なパートナー。お客様の声とITの進化に対応し、より良いサービスの実現に向けて共に歩んでいきたい」と話す柴田氏。今後も同社は顧客中心主義を軸に、付加価値の高いサービスで投資家の満足度向上に力を注ぐ考えだ。
※ 本記事は2016年1月に取材した内容を基に構成しています。記事内のデータや組織名、役職などは取材時のものです。
※ なお、2022年7月の記事更新に伴い、加筆・修正が行われています。