【山谷剛史の中国デジタル化レポート(全5回)】
最終回:中国のブラック勤務問題「996」の反応と今後~中国企業はグレーな問題にどう対処したか~
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2019/05/20
中国の過酷な就業実態996勤務とは
2019年4月、996という言葉が中国のIT系のニュースやコミュニティやSNSで話題になった。「朝9時から夜9時まで、週6日働く」という、いわゆるブラック勤務を意味し、一部のハイテク企業の間で常態化していることがわかってきた。996の派生形に、土曜出勤のない「995」や、朝9時から夜10時まで週6日勤務を表す「9106」や、996の仕事生活の果てに病気になるという「996ICU」というのもある。映画のタイトルをもじった「007」は、0時から翌0時まで輪番制で週7日仕事するというものだ。
ファーウェイ、アリババ、アント・フィナンシャル、京東、バイトダンス、ドローンメーカーのDJI、ハイアールなど、名だたる企業40社が従業員に996で働かせているとしている。その辺は「中国 996」で調べてもらえば多数記事が出ているので細かくは紹介しない。当コラムでは、その現実はどうなのか、企業はどう反応したのか、労働環境は変わるのかについて書いていく。
中国の労働法と残業実態は
まず中国企業の残業は今に始まったことではない。さかのぼれば4,5年前からこうした問題はニュースで報じられている。例えばシェアライドの「滴滴(DiDi)」が発表した「2016年残業がひどい企業ランキング」という調査結果において、EC大手の京東の平均退社時間の23時16分を筆頭にIT企業での残業実態が明らかになった。また地図アプリの「高徳地図」が発表した「2016年主要都市交通分析報告」という調査結果でも残業時間に関してとりあげており、ファーウェイの4時間弱を筆頭に、多くの著名企業が残業をしていることが明らかとなっている。
今回996により残業問題が話題となったことで、この問題について更に深堀りする報道や調査結果が次々と出てきた。また動画メディアが市民権を得る中、ネット企業大手のビルにおいて何時まで明かりが点いているかを長時間撮影する動画も投稿された。
法律家による解説記事によれば、中国の労働法では「労働者の勤務時間は1日8時間を超えてはならず、毎週平均勤務時間は44時間を超えてはならない(36条)」「企業は必要であれば、労働者との合意の上で残業をしてもいいが、一般的には1日1時間以上の残業をしてはならない。特殊な原因により働く時間を延長する必要があるならば、労働者が健康であるうえで、1日3時間を超えない範囲で、月の合計で36時間以内なら残業できる(41条)」と規定されているとしている。また残業代は平時の1.5倍支払わなければいけないとしている。
996の場合、休憩1時間を抜いても1日11時間でそれが6日勤務だ。11時間勤務の場合、残業時間は3時間だから、健康な労働者の合意があれば合法であるといえるが、これが6日勤務で毎日発生しているとなれば、月の合計36時間を大幅に超えるため労働法に違反しているといえる。また「9106」など996以上に働かせれば、週の勤務時間どころか1日の勤務時間についても違反しているということになる。
8割の従業員に残業代が支払われていない
実際のところはどうなのだろうか。ここで2つの調査結果を紹介する。
人材サイトの「智聯招聘」は、1万1000人超に対してアンケートを実施。勤務環境において996ないし995を実施しているという回答は17.18%、「996/995」のきらいがあるという回答は22.48%であり、合計で約4割のホワイトワーカーがブラックな勤務をしているという。
IT業界での「996/995」で18.52%となっているのに対し、車産業は19.85%、不動産業は20.73%に達し、長時間勤務がどの業界でも行われていることが明らかとなった。ただ今回大きな運動のきっかけとなったIT系企業のプログラマーの残業と、朝から夜まで店舗を開いて客を待つ不動産営業マンの残業では明らかに疲労の度合いが違うので一緒くたにはできない。
アンケートでは、強制的な残業について、回答者の44.56%が「生活と仕事のバランスが崩れるので支持しない」と回答したほか、13.47%が「労働法に違反するので支持しない」、11.98%が「健康を損ねるので支持しない」とし、およそ7割が支持しないと回答。
反対に支持するとした回答は、15.11%が「能力と報酬が増えるので支持する」、3.64%が「会社とともに成長したいから支持する」と回答している。所得と能力を伸ばしたいという人は少なく、愛社精神を持つ人はさらに少ないことが見て取れる。
また大きな問題として、残業代について80.9%が「もらっていない」と回答している。次に人材サイトの「BOSS直聘」の調査結果「2019職場人加班現状調査報告」を紹介する。智聯招聘と同様に995問題を受けて調査を行ったものだ。
これによると、「毎日残業」が24.7%、「毎週2、3日は残業」が45.5%となった。世代別では若い世代ほど残業をする割合が高くなる一方で、1995年から1999年生まれの「95后」、つまり20~25歳のホワイトワーカーにおいては、「残業をしない」という割合が高まっている。つまり「がむしゃらに働きたい」という人の割合がこれまでの世代で最も大きいが、一方で「残業までして会社にいたくない」という人の割合も大きいのである。また残業代については、正しい額でもらえている人は少数派となり、平社員については「残業代を正しく支払ってくれれば働く」という回答が多数派に、管理職になると同様の回答と「残業代をもらっても働きたくない」という回答が同程度となった。
今後の中国政府の動きに注目
さて、「中国のブラック勤務問題996で企業はどうすればいいのか」という問いには、「社内で残業を禁止し、ブラック勤務を強引にやめさせればいい」というのが最もよい回答であろうが、中国の企業はネット世論に押されて変更するということはないようだ。
996問題のきっかけとなった検索サイトの捜狗は「会社は(長時間残業労働の)要求をしていない」「労働法の規定に合わせている。週5日、1日8時間、毎週40時間。残業するようであれば残業代は法にのっとり支払うし、代休も調整する」とコメントしている。他にもグレーな残業実態を抱えるIT企業のトップがコメントで「強制はしていない」ことを強調する。このIT企業のコメントに対し、労働者側からは「強制で残業させられている」との声がある。しかし「残業を強制しない」という経営者や企業のコメントはあれ、「残業をとめる」という宣言は見ない。
996問題が話題になったのち、アリババ創業者のジャック・マー氏は、「多くの企業で996で働きたくても働ける機会はない。これだけ働けることは幸運なこと。996により社員自らが学習し成長でき、成功できる」とコメントしている。ただアリババグループを超越して、中国インターネット界のマスコット、あるいは神のような存在となったジャック・マー氏の発言にすら反論するネットユーザーが多いあたり、問題は深刻だ。
このような状況だが、強い中国政府が動けば、企業も変わらざるを得ないだろう。去年には、農村からの出稼ぎ労働者が多いブルーワーカーに正しい報酬を支払わないブラック企業について取り締まりが強化された。今年の政府工作報告によれば「出稼ぎ労働者の報酬問題を全面的に根治し、急ぎ行政法規を制定し、出稼ぎ労働者の報酬を確保した」としている。中国各地の労働監査機構が中国全土で8万6000件の出稼ぎ労働者への支払い問題に動き、168万9000人の労働者に計160億4000万元の追加報酬の支払いをさせたとしている。
となればホワイトワーカーの残業代が正しく支払われていない問題については、今後国からメスが入る可能性が十分あるが、一方で残業時間に関してはグレーのままのようだ。中国の日系企業が中国人を雇う場合は、残業は強制でないことを伝え、お互いの合意をもって残業を労働法の範囲内で行うべきである。
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山谷 剛史
1976年東京都生まれ。中国アジアITジャーナリスト。
現地の情報を生々しく、日本人に読みやすくわかりやすくをモットーとし、中国やインドなどアジア諸国のIT事情をルポする。2002年より中国雲南省昆明を拠点とし、現地一般市民の状況を解説するIT記事や経済記事やトレンド記事を執筆講演。日本だけでなく中国の媒体でも多数記事を連載。