インターネットが起こした変革
インターネットが引き起こした変革を振り返りながら、来るべき社会の姿について考えてみたい。
- 本記事はIIJグループ広報誌「IIJ.news vol.143」(2017年12月発行)より転載しています。
IIJが起業した25年前は、まだ誰も「インターネット」という言葉さえ知りませんでした。当時のインターネットは、ごく一部の大学や企業の研究者だけが研究目的で使っていて、一般の企業や個人が使うようになるとは思われていなかったのです。しかし、それから25年が経ち、インターネットは世界中に広がり、現在では地球の人口の約半分にあたる37億人もの人をつなぐ巨大なネットワークに成長しました。
今、インターネット上ではたくさんのサービスが提供されています。コンシューマ参加型のブログやコミュニティサイト、映像や音声の配信サービス、ECサイト、オンラインバンキングやオンライントレード、政府や自治体の行政サービス……等々、あらゆるタイプの情報へのアクセス、さまざまなタイプのコミュニケーションやコラボレーションが可能になっています。
さらに今後、IoT(Internet of Tings)の動きが活発になれば、あらゆる人とモノとがインターネットでつながり合い、協働するようになるでしょう。
本稿では、25年という短い時間でインターネットがどのように成長・発展してきたのかを簡単に振り返りながら、その流れのなかで、今どのような変化が起きようとしているのかを見ていきます。
情報ネットワークのオープン化
インターネットはこの25年間に3つの大きな変革を起こしました。
第1の変革は、インターネットというそれまでとは異なるアーキテクチャのネットワークが世の中に広まることで、情報伝達のためのネットワークがオープン化されたことです。
インターネット以前の情報ネットワークである放送や通信は、垂直統合型のクローズドなネットワークでした。
例えば、放送網は、放送サービス提供のために必要な放送ネットワークの構築・運用から、どの曜日のどの枠にどの番組を流すのかといったサービスの構成・管理、そしてコンテンツである番組の制作に至るまで、全てを放送事業者が実施していました。ユーザはそのコンテンツを一方的に視聴するだけで、自分で放送型のサービスをつくったり、好きなコンテンツを発信することはできませんでした。
また、電話や電信などの通信サービスは、必要な通信ネットワークの構築・運用や、それを用いた通信サービスの提供まで、通信事業者が一括してコントロールしていました。この場合、コンテンツである通話や通信の内容はユーザに解放されており、法を遵守している限り、ユーザは何でも自由に流すことができました。しかし、ユーザが通信事業者の通信ネットワークを用いて独自のサービスを提供したりすることはほとんど不可能でした。
インターネット以前は、ユーザが放送や通信のサービスを提供しようとしたら、自らが放送事業者や通信事業者となり、ネットワークを構築する必要があったのです。
実際、IIJが設立された25年前は、まだインターネットサービスが存在しておらず、IIJ自らが通信事業者になって、インターネットサービスのための通信ネットワークを構築するところから始めなければなりませんでした。ところが、ベンチャー企業が通信事業者になった前例がない、というよくわからない理由から、なかなか通信事業者としての登録を受け付けてもらえませんでした。今では考えられないことかもしれません。
インターネット以前は、あらゆる意味で放送や通信の事業はオープンではなく、独自のサービスを新たに提供しようと思っても、簡単に実現できる状況にはなかったのです。
しかし、インターネットが普及した今日、状況はガラリと変わりました。インターネットで用いられているTCP/IPという世界標準のプロトコルを使って接続さえすれば、誰でも新たなサービスを世界中に提供できるようになったのです。
インターネットのようなオープンなネットワークが世界中に広がることで、放送・通信・情報処理など、さまざまな業界が横につながることが可能になりました。そしてインターネットは、あらゆる情報通信のための共通のプラットフォームへと成長し始めたのです。
さらに、インターネットの普及が始まったのと同じタイミングで、WWW(World Wide Web)の技術が開発・公開されました。
WWWは3つの要素から成り立っています。1つはHTML(Hyper Text Markup Language)です。
HTMLを用いれば、WEBのテキスト構造を記述したり、テキストのなかに文字・画像・動画・音声など多彩なコンテンツを配置したり、さらには他のテキストを参照するためのハイパーリンクを埋め込んだりできます。HTMLはインターネット上でデジタル化された情報を表現するための汎用的なツールと言えるでしょう。
2つ目はHTTP(Hypertext Transfer Protocol)です。これはWEBサーバとクライアント間において、HTMLで表現されたテキストやデータを送受信するための汎用プロトコルです。
HTMLとHTTPはどちらも標準化され、広く公開されたオープンスタンダードなので、世界中の誰でも使うことができます。
もう1つ重要な要素が Firefox、Internet Explorer、Safari など、ブラウザと呼ばれるソフトウェアです。ユーザはブラウザを用いることで、あらゆるWEBの情報にアクセスできるようになりました。
HTML、HTTP、ブラウザの3つが揃ったことで、インターネットというオープンネットワークを活用してユーザが情報メディアサービスを構成するうえで必要な全ての要素が、汎用のツールとして誰でも利用できるようになりました。つまり、全ての情報がHTMLで記述され、HTTPで配信されるようになり、ユーザはブラウザという標準インタフェースソフトウェアを用いて、あらゆる情報メディアサービスを使えるようになったのです。
オープンネットワークであるインターネットが普及し、WWWの技術を活用すれば、かつては放送網というクローズドネットワークで流されていたTV映像や、電話網というクローズドネットワークで流されていた音声が、インターネットという共通のオープンプラットフォーム上のアプリケーションサービスとして、誰でも構築して提供できるようになりました。
今日では以下の図に示した通り、電話や放送以外にも、グーグルのような検索エンジン、iTunes のようなコンテンツ配信サービス、アマゾンや楽天のようなECサービスなど、インターネットがあって初めて実現される革新的な情報サービスの全てが、インターネットというオープンプラットフォーム上で提供されるようになりました。このネットワークのオープン化こそ、インターネットが引き起こした最初の大きな変革でした。
次に起こったメディアのオープン化
インターネットによる第2の変革は、メディアのオープン化です。
インターネット以前は、大勢の人に情報やメッセージを伝えるメディアサービスを新聞社や放送局などの大企業または国がコントロールしており、一部の小規模なものを除いて、ユーザが自由にそうしたサービスを提供することはできませんでした。
しかし、インターネットというオープンネットワークが普及するにつれて、ブログやYouTubeのように、インターネット上でユーザが書いた文章を公開したり、ユーザが撮影した写真や動画を公開することを可能にするサービスが現れました。
このようなサービスは当初、CGM(Consumer Generated Media)と言われていましたが、徐々にその規模が大きくなり、ツイッター、フェイスブック、LINEなどのように世界中に数億単位のユーザを持つ、ソーシャルメディアへと発展しました。
実際、今のインターネットユーザは、グーグルで検索したり、ツイッターで呟いたり、フェイスブックに近況をアップしたり、インスタグラムに写真をアップしたり、LINEでチャットしたり、アマゾンで買い物をしたり……と、ネットワークを使っているというよりも、複数の情報サービスを状況に応じて使い分けている感覚だと思います。まさにインターネットは巨大な情報通信メディアである、という言い方のほうがしっくりくるようになりました。
特に若い世代を中心に、新聞やテレビよりも、むしろインターネットのソーシャルメディアで得た情報から、世の中の動向を把握している人のほうが多くなっているかもしれません。
このような変化は、インターネットによりネットワークがオープン化され、誰でも情報サービスを構築できるプラットフォームに成長したために起こった第2の変革と言えるでしょう。
第1の変革の段階では、大規模なインターネット接続事業者に大量の情報が集まっていたので、そうした事業者を中心にインターネットは広がっていきました。しかし第2の変革が進み、ソーシャルメディアサービスが大規模化すると、次第にメディアサービス事業者に集まる情報のほうが膨大になり、今ではグーグル、アマゾン、フェイスブックといったメディアサービス事業者がインターネットの中心を占めるようになり、ネットワークの構造自体が変化してきています。
そして、それらのメディア事業者は大量の情報を高速に処理する必要性から、たくさんのコンピュータやストレージを持つ大規模なデータセンターを設置するようになり、さらに世界中のユーザに安定したサービスを提供するために、データセンターを世界各地に展開しています。やがて、そうした事業者が持つ大量のリソースをユーザにも提供し始めたことで、クラウドサービスが始まりました。
現在では、インターネットで新たなメディアサービスを始めようと思う人は、自分でサーバコンピュータを用意する必要はなく、代わりにクラウド事業者の仮想サーバを借りて、そこに自分のサービスを実現するためのソフトウェアをアップロードして稼働させればいいのです。
一方、ユーザ側の端末もスマホやタブレットが普及したために、誰もがブラウザの動く端末を携帯している状況になりました。汎用のブラウザではなく、サービス独自のインタフェースソフトも、アンドロイドやiOSに準拠したものを開発すれば、世界中のユーザに利用してもらえます。
こうしてクラウドとスマホ用のソフトウェアをつくるだけで、さまざまなメディアサービスを提供できるようになりました。それによってクラウド上にメディアサービスのアプリケーションが集まり、それらのユーザが生成するコンテンツや利用履歴に関する膨大な情報が蓄積されるようになりました。
最近では、こうしたデータをビッグデータ解析やAIの手法を活用して分析することで、ユーザの思考や行動を予測し、必要になりそうな情報を先取りして提供したり、アップルのSiriやGoogle AssistantといったVPA(Virtual Personal Assistant)のように、ユーザのネット利用を補助するといった知的なメディアへの発展も始まっています。
そして社会のオープン化へ
こうした変革は、37億人もの人がインターネットにつながり、さまざまな情報をやり取りするようになったことで起こったものです。
ガートナー社の調査によると、2014年にはすでにネット人口と同じ約37億個のモノがインターネットにつながっていたそうです。これには家電製品、自動車、工場のロボットなど多種多様なモノが含まれています。そして2020年には250億個、もしくはそれ以上に増えると予測しています。つまり、これからインターネットで情報をやり取りする主体は人ではなく、モノになるということです。これが IoTとか、IoE(Internet of Everything)と呼ばれる次の変革の方向性です。
社会を構成しているあらゆるモノがインターネットにつながり、相互に情報をやり取りしたり、ユーザのアプリケーションから制御できるようになることで、インターネットが引き起こしてきた変革の波が、通信やメディア業界以外の、あらゆる産業やサービスに広がっていく可能性があるのです。
例えば、近い将来、自動運転車が実用化されれば、自動車は個人が所有するものではなくなり、社会基盤の一部として共有利用されるようになるかもしれません。スマホで最寄りの空いている自動運転車を呼びよせて、好きなところまで移動し、かかった料金は自分の口座から自動的に決済するような仕組みができるでしょう。もし自動運転車を制御するためのAPIが標準化されオープンになれば、誰でもタクシー業のようなサービスを構築・提供できるようになります。さらに、人の移動だけでなく、いろいろなモノを流通させるサービスも自動運転車を活用すれば、誰でも提供できるようになるでしょう。
このように、社会を構成するさまざまなモノがインターネットにつながり、それらが発する情報を取得し、また制御する手段が標準化されオープンになれば、もっと多くの人が新たなサービスを構築・運営して、より便利な社会づくりに参画できるようになります。このようなコネクテッドかつオープンな社会の実現に向けた変革はすでに始まっていると言えるでしょう。
新たな変革のために
IIJはこれまでインターネットというオープンネットワークの構築から始まり、クラウドサービスやモバイルサービスなど、さまざまなネットワークサービスや情報メディアサービスのためのプラットフォームを提供し続けてきました。そして現在も、将来の変革に備えてIoTの基盤開発やサービス開発に力を注いでいます。
これからもIIJはインターネットが引き起こした変革を先取りしながら、新たな社会基盤の形成に貢献していきたいと考えています。
(イラスト/高橋庸平)