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このレポートでは、毎年IIJが運用しているブロードバンド接続サービスのトラフィックを分析して、その結果を報告しています(注1)(注2)(注3)(注4)(注5)。今回も、利用者の1日のトラフィック量やポート別使用量などを基に、この1年間のトラフィック傾向の変化を報告します。また、レポートの後半では、コロナ禍を挟むこの5年間のトラフィックの変化を振り返ります。
全体として、昨年と同様に、今年もトラフィックは安定した成長が続いています。今のところその傾向に目立った変化は見られません。
図-1は、IIJの固定ブロードバンドサービス及びモバイルサービス全体について、月ごとの平均トラフィック量の推移を示したグラフです。トラフィックのIN/OUTはISPから見た方向を表し、INは利用者からのアップロード、OUTは利用者へのダウンロードとなります。トラフィック量の数値は開示できないため、新型コロナ感染拡大前の2020年1月の両サービスのOUTの値を1として正規化しています。
この1年のブロードバンドトラフィック量は、INは14%の増加、OUTは12%の増加となっています。1年前はそれぞれ11%と18%でした。
ブロードバンドに関しては、IPv6・IPoEのトラフィック量も含めて示しています。IIJのブロードバンドにおけるIPv6は、IPoE方式とPPPoE方式があります。2024年6月時点で、IPoEのブロードバンドトラフィック量の全体に占める割合は、INで43%、OUTで48%と、昨年同月よりINで1ポイント、OUTで4ポイント増えていて、全体の5割弱がIPoEとなっています。図からも2020年以降PPPoEのトラフィックは横ばいで、IPoEのトラフィックが増加を牽引していることが分かります。
モバイルサービスは、コロナ禍の最初1年ほどは外出が減ったことで、トラフィックは横ばいでしたが、その後は増加傾向が続いています。モバイルはこの1年でINは29%、OUTは20%の増加となっています。1年前はそれぞれ27%と31%でした。今回、OUTは2020年1月比で2.1倍となり、図-1に示すようにコロナ後の伸びがブロードバンドに追いつきました。
モバイルサービスのINの比率が高いのは、アップロードが多い法人向けサービスの影響で、個人向けサービスに限ればIN比率はブロードバンド同様1/10程度です。
次に、この1年の平日の時間別ブロードバンドトラフィック量の推移を見ていきます。図-2に、昨年5月末の週から約4ヵ月おきに4つの週を選んで、各週の月曜から金曜の各時間の平均トラフィック量を示します。ここ数年学校が休みの時期は平日昼間のトラフィック量が増えるようになったので、学期途中の週を選んでいます。ここでのトラフィック量はPPPoEとIPoEの合計値です。下側の破線はそれぞれの週のアップロード量ですが、今回もダウンロード量に注目すると、どの時間帯においても着実にトラフィック量が増えてきていることが分かります。
今回も前回までと同様に、ブロードバンドに関しては、個人及び法人向けのブロードバンド接続サービスについて、ファイバーとDSLによるブロードバンド顧客を収容するルータで、Sampled NetFlowにより収集した調査データを利用しています。モバイルに関しては、個人及び法人向けのモバイルサービスについて、使用量にはアクセスゲートウェイの課金用情報を、使用ポートにはサービス収容ルータでのSampled NetFlowデータを利用しています。
トラフィックは平日と休日で傾向が異なるため、1週間分のトラフィックを解析します。今回は、2024年6月3日〜6月9日の1週間分のデータを解析して、前回解析した2023年5月29日〜6月4日の1週間分と比較します。
ブロードバンドの集計は契約ごとに行い、一方モバイルでは複数電話番号の契約があるので電話番号ごとの集計となっています。ブロードバンド各利用者の使用量は、利用者に割り当てられたIPアドレスと、観測されたIPアドレスを照合して求めています。なお、IPoEトラフィックはインターネットマルチフィード社のtransixサービスを利用していて詳細なデータが取得できていないため、ポート別解析の対象にはなっていません。
まずは、ブロードバンド及びモバイル利用者の1日の利用量をいくつかの切り口から見ていきます。ここでの1日の利用量は各利用者の1週間分のデータの1日平均です。
2019年のレポートから、利用者の1日の使用量は個人向けサービス利用者のデータのみを使っています。これは、利用形態が多様な法人向けサービスを含めると分布の歪みが大きくなってしまうため、全体の利用傾向を掴むには個人向けサービス分だけを対象にした方が、より一般性があり分かりやすいと判断したからです。なお、次節のポート別使用量の解析では区別が難しいため法人向けも含めたデータを使っています。また、2021年からブロードバンドにはIPoEの利用者のデータも加えて、PPPoEとIPoEを統合してブロードバンドとして示しています(注6)。
図-3及び図-4は、ブロードバンドとモバイル利用者の1日の平均利用量の分布(確率密度関数)を示します。アップロード(IN)とダウンロード(OUT)に分け、利用者のトラフィック量をX軸に、その出現確率をY軸に示していて、2023年と2024年を比較しています。X軸はログスケールで、10KB(104)から100GB(1011)の範囲を示しています。一部の利用者はグラフの範囲外にありますが、おおむね100GB(1011)までの範囲に分布しています。
図中のINとOUTの各分布は、片対数グラフ上で正規分布となる対数正規分布に近い形をしています。これはリニアなグラフで見ると、左端近くにピークがあるいわゆるロングテールな分布です。OUTの分布はINの分布より右にずれていて、ダウンロード量がアップロード量より、ひと桁以上大きくなっています。
まず、図-3のブロードバンドの分布を見ます。2023年と2024年を比較すると、INとOUT共に分布全体がごくわずかながらも右側に移動していますが、全体的に利用量はほとんど変わっていないことが分かります。
図-4のモバイルの場合は、分布の山が昨年に比べ少し右に移動していて、全体の利用量が増えていることが分かります。モバイルの利用量は、ブロードバンドに比べて大幅に少なく、また、使用量に制限があるため、分布右側のヘビーユーザの割合が少なくなっています。極端なヘビーユーザも存在しません。外出時のみの利用や、使用量の制限のため、各利用者の日ごとの利用量のばらつきはブロードバンドより大きくなります。
表-1は、ブロードバンド利用者の1日のトラフィック量の平均値と中間値、分布の山の頂点にある最頻出値の推移を示します。分布の山に対して頂点が少しずれている場合は、最頻出値は分布の山の中央に来るように補正しています。分布の最頻出値を2023年と2024年で比較すると、INでは224MBのまま変わらず、OUTでは5012MBから5620MBに増えています。伸び率で見ると、INで1.00倍、OUTは1.12倍となっています。一方、平均値はグラフ右側のヘビーユーザの使用量に左右されるため、2024年には、INの平均は834MB、OUTの平均は5743MBと、最頻出値より大きな値になります。2023年には、それぞれ804MBと5456MBでした。なお、前述のように2020年分まではPPPoE利用者のみの数字で、2021年以降はPPPoE利用者とIPoE利用者を統合した数字になっています。
表-2はモバイルの値の推移で、2024年の最頻出値はINで14MB、OUTで112MB、平均値はINで16MB、OUTで150MBです。2023年の最頻出値はINで11MB、OUTで100MB、平均値はINで14MB、OUTで129MBでした。
図-5及び図-6では、利用者5,000人をランダムに抽出し、利用者ごとのIN/OUT使用量をプロットしています。X軸はOUT(ダウンロード量)、Y軸はIN(アップロード量)で、共にログスケールです。利用者のIN/OUTが同量であれば対角線上にプロットされます。
対角線の下側に沿って広がるクラスタは、ダウンロード量がひと桁多い一般的なユーザです。各利用者の使用量やIN/OUT比率にも大きなばらつきがあり、多様な利用形態が存在することがうかがえます。モバイルでも、OUTがひと桁多い傾向は同じですが、ブロードバンドに比べて利用量は大幅に少なくなっています。ブロードバンド、モバイル共に、2023年との違いはほとんどないと言えます。
利用者間のトラフィック使用量の偏りを見ると、使用量には大きな偏りがあり、結果として全体は一部利用者のトラフィックで占められています。例えば、ブロードバンド上位10%の利用者がOUTの50%、INの75%を占めています。更に、上位1%の利用者がOUTの15%、INの46%を占めています。モバイルでは上位10%の利用者がOUTの48%、INの45%を占めていて、上位1%の利用者がOUTの12%、INの13%を占めています。
次に、トラフィックの内訳をポート別の使用量から見ていきます。最近では、ポート番号からアプリケーションを特定することは困難です。P2P系アプリケーションには、双方が動的ポートを使うものが多く、また、多くのクライアント・サーバ型アプリケーションがファイアウォールを回避するため、HTTPが使う80番ポートなどを利用します。大まかに分けると、双方が1024番以上の動的ポートを使っていればP2P系のアプリケーションの可能性が高く、片方が1024番未満のいわゆるウェルノウンポートを使っていれば、クライアント・サーバ型のアプリケーションの可能性が高いと言えます。そこで、TCPとUDPで、ソースとデスティネーションのポート番号の小さい方を取り、ポート番号別の使用量を見てみます。
表-3はブロードバンド利用者のポート使用割合について過去5年間の推移を示します。2024年の全体トラフィックの68%はTCPで、昨年から3ポイント減りました。HTTPSのTCP443番ポートの割合は、54%で前回から3ポイント減りました。HTTPのTCP80番ポートの割合は7%でわずかながら減っています。QUICプロトコルで使われるUDP443番ポートは、21%で3ポイント増えました。
TCPの動的ポートは、わずかに増えて6%でした。動的ポートでの個別のポート番号の割合はわずかで、最大の31000番でも1.2%となっています。
表-4はモバイル利用者のポート使用割合です。全体的にはブロードバンドの数字に近い値となっています。これは、スマートフォンでもPCと同様のアプリケーションを使うようになってきたことに加え、ブロードバンドにおけるスマートフォンの利用割合が増えているからだと考えられます。
ブロードバンドのポート別データは、PPPoEだけでIPoEを含まないので、固定ブロードバンド全体の傾向を表しているとは限りません。モバイルでのIPv4とIPv6の違いを見ると、IPv6ではTCPもUDPも443番ポートの割合がより大きくなっていて、IPoEでも同様の傾向があると考えられます。
図-7は、ブロードバンド全体トラフィックにおける主要ポート利用の週間推移を、2023年と2024年で比較したものです。TCPポートの80番・443番・1024番以上の動的ポート、UDPポート443番の4つに分けてそれぞれの推移を示しています。グラフでは、ピーク時の総トラフィック量を1として正規化して表しています。全体のピークは19時〜23時頃です。2023年と比較して、全体では大きな変化はありませんが、UDPポート443番が少し増えています。
図-8のモバイルでは、トラフィックの大半を占めるTCP80番ポートと443番ポート、UDP443番ポートについて推移を示します。2023年と比べると、ブロードバンドと同様にUDPポート443番が少し増えています。ブロードバンドに比べると、平日には、朝の通勤時間、昼休み、夕方と3つのピークがあるなど利用時間の違いがあります。
今回は、コロナ禍を挟んだこの5年間のブロードバンドのトラフィック量の推移を振り返っておきます。
まず、図-1で示した、IIJの固定ブロードバンドサービス全体の月ごとの平均トラフィック量に関してです。2019年6月と2024年6月の5年間の増加を見ると、INで1.72倍、OUTで2.01倍となっていて、年率換算すると1.11と1.15になります。
次に、図-2の平日時間別ブロードバンドトラフィック量の推移を5年分まとめて図-9に示します。時間別データは以前に解析した週についてしか残っていないので、コロナ禍直前の2020年2月とそれ以降は毎年5月後半から6月中頃までの特定の週を取り上げ比較しています。図を見ると、いずれの時間帯もおおむね均等にトラフィックが増えてきていることが分かります。
図-10は図-9のアップロードの部分を拡大したものです。アップロードに関しては、コロナ禍以前と比較して明らかに平日昼間のトラフィックの割合が増えました。ダウンロードのピークが夕方から夜にかけてなのに対し、アップロードは午後の早い時間にピークが来ます。図では1時間ごとの値を折れ線表示しているので分かりづらいですが、平日の12時から13時にかけてトラフィックが減ります。昼休みの時間に落ち込むのは、リモートワーク関連利用、特にビデオ会議が減るからだと考えられます。毎年の増加についてはアップロードもほぼ一定です。
図-11は、図-3の利用者ごとの1日のトラフィック量分布の5年間の推移です。本レポートで解析している毎年5月末から6月初めの値です。2019年から2020年が最も増えていて、特にアップロードの増加が大きいことが分かります。しかし、2020年以降は比較的安定した増加になっています。2019年から2024年の5年間で、分布の山の頂点に当たる最頻出値は、OUT(ダウンロード)で2.0GBから5.6GBへと2.8倍に、IN(アップロード)で89MBから224MBへと2.5倍になっています。
以前のコロナ禍のレポート(注3)(注4)では、感染状況に伴う在宅率の変動に応じて、トラフィック量も大きく変動していたことを報告しました。コロナ禍の最初の緊急事態宣言中には、外出制限でオンラインの活動しかできなくなり、ビデオ会議や動画視聴が急速に広まり、トラフィック量も大きく増えました。当初はインターネットのインフラを圧迫するような事態が危惧されました。しかし、長期的なトラフィック量の推移を見ると、毎年ほぼ均一に増加していて、その増加率も決して大きくはありません。その一方で、平日昼間のリモートワークや学校の長期休暇中の動画視聴と思われるトラフィックが年々増えるなど、生活に変化が起こり定着したことも見えてきます。
ここ数年ブロードバンドトラフィックは比較的安定した増加を続けていて、その傾向にもあまり変化は見られません。しかし、1年分の変化は小さくても、5年分を積み上げるとそれなりにインパクトがある変化になります。
この原稿を執筆しているのは、パリ・オリンピックを間近に控えた7月中旬です。5年前に原稿を書いていたときには、まだコロナ禍のようなことが起こるとは夢にも思わず、翌年に控えた東京オリンピックではインターネット視聴が増えるだろう、などとぼんやり思っていました。今では当たり前に思っているスポーツイベントのネット中継やリモートワーク、様々なオンライン手続きなども、5年前には当たり前ではありませんでした。5年前と比べると、想像していた以上にいろいろなことがインターネットからできるようになったのではないでしょうか。もちろん、まだまだ改善すべき事柄はありますが、改めてインターネットで日々の生活が変わってきていると実感させられます。
執筆者プロフィール
長 健二朗(ちょう けんじろう)
IIJ 技術研究所 所長。
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