IIJ.news Vol.168 February 2022
リーディングカンパニーの情報部門のキーパーソンにご登場いただき、ICTに対する取り組み・課題をうかがうとともに、デジタルシフトへの対応についてお話しいただく「デジタルシフトは止まらない」。
第3回では、住友生命保険相互会社の汐満達氏と、出光興産株式会社の三枝幸夫氏をお招きし、新しいビジネスを切り拓いていくうえでのDXの役割や活用法について対談していただきました。
住友生命
住友生命保険相互会社
執行役常務
汐満 達 氏
1988年、住友生命保険相互会社入社。不動産部を経て情報システム部へ。以後、成長戦略や経営インフラを支える多くの大規模プロジェクトを中心に長年にわたり取り組み、2015年3月より情報システム部長として従事。21年4月より現職。
出光興産
出光興産株式会社
執行役員 CDO・CIO情報システム管掌(兼)デジタル・DTK推進部長
三枝 幸夫 氏
1985年、ブリヂストン入社。生産システムの開発、工場オペレーションなどに従事。工場設計本部長を経て、2016年に執行役員となり、マーケットドリブン型のスマート工場化などを推進。17年より CDO・デジタルソリューション本部長となり、全社のビジネスモデル変革と DX を推進。20年1月より出光興産執行役員 CDO・デジタル変革室長。21年7月より現職。
DXを推進し、新しい時代に対応する
―― 最初に簡単な自己紹介と現在注力されている事業内容を教えてください。まず住友生命の汐満さまからお願いいたします。
汐満:
私は入社以来、約30年にわたりITに携わっており、2021年4月からは情報システム部門、CX企画部門、新規ビジネス企画部門の3つの領域を担当しています。現在注力しているのは、健康増進型保険"住友生命「Vitality」"です。今まで我々は保険商品の保障内容を進化させながら、社会公共の福祉に貢献してきました。日本では急速な少子高齢化が進み、「人生100年時代」をむかえようとするなか、住友生命では、年齢を重ねてもお客さまが継続的に健康に取り組むことをサポートする「Vitalityプログラム」をセットにした新しい保険のかたちに進化させています。
「Vitality」は、毎年、健康診断を受診したり、毎日ウェアラブル端末を付けて歩くなど、健康増進の取り組みをしていただくことで保険料が毎年変動したり、リワード特典を受け取ることができるプログラムです。今後は保険+ Vitality を中心に「一人ひとりのよりよく生きる=Well-being(ウェルビーイング)に貢献する」レベルにまで商品価値を高めていき、「Well-being as a Service」の提供によって、日常的にお客さまに寄り添い、接点を広げ続けることで、お客さま毎の体験価値を高め、そこから保険商品をお届けしていくことが今後のビジョン、目指す姿であります。
―― ありがとうございます。では、出光興産の三枝さま、お願いいたします。
三枝:
私は出光興産でCDO・CIOを兼務しており、DX推進とIT部門を管掌しています。実は、出光興産に入社したのは2020年1月でして、その前はブリヂストンで物づくりを担当し、生産技術分野におけるファクトリーオートメーションやロボット制御を専門としていました。
2008年のリーマンショックを機にグローバルマーケットは大きく変化し、かつてのように高品質・低価格のモノを大量に売るのではなく、新しい価値を生み出すビジネスが求められるようになりました。そうした背景のもと、私の仕事も物づくりからDXへとシフトしていき、引き続き出光興産でもこの分野に携わっています。
当社の事業では、年間売上の9割以上を化石燃料由来のビジネスが占めています。ただ、ご存じの通り、カーボンニュートラルの推進や自動車のEV化など、世界規模でエネルギー変革が進んでいます。そこで、当社では中期経営計画を見直し、新たに「責任ある変革者」を2030年ビジョンに掲げました。これは3つの要素(=責任)から成り立っています。まずは、エネルギーの安定供給を維持しながらカーボンニュートラルに貢献していく「地球と暮らしを守る責任」、2つ目は、高齢化社会を見据えて「地域のつながりを支える責任」、そして3つ目は、便利で豊かな社会をつくるために先進素材の開発を通して「技術の力で社会実装する責任」―― 以上の3つを当社の責務と認識し、それに沿った事業を進めています。
デジタルシフトでビジネス変革を図る
住友生命 汐満さまから出光興産 三枝さまへ
【質問1】カーボンニュートラルに向けて、どのようなビジネスモデルへのトランスフォーメーションを志向されていますか?
汐満:
世界中がカーボンニュートラルに向けて動き出しています。出光興産さんはどのようなビジネスモデルへのトランスフォーメーションを志向されていますか?
三枝:
カーボンニュートラルに向けては、我々の製油所・事業所を低炭素エネルギーの供給拠点へと転換していく「CNX(カーボンニュートラル・トランスフォーメーション)センター構想」を進めていきます。
次に新たなビジネスモデルとしては、地方の人たちの移動手段を確保するために「超小型EV(電気自動車)」の開発とシェアリングやサブスクリプションでの提供に努めていきます。
また当社では、全国に約6300のサービスステーション(以下、SS)を運営しており、燃料供給を通じて地域の皆さまと密接につながり、大きなネットワークを形成しています。そこで健康維持・疾病予防の観点から、我々のSSに移動型の「脳ドック」を手配して、病院に行かなくてもMRI検査を受けられるようにするといった取り組みも進めています。当社では、SSを基点としたこうした新たなビジネスモデルを「スマートよろずや」構想と名付けて、これから積極的に展開していく予定です。
――「スマートよろずや」構想のもと膨大な数のSSの役割を変えていくというのは、たいへんチャレンジングな課題だと思いますが、その際、DXにはどのような役割を期待されますか?
三枝:
脳ドックの申し込みは全てデジタルフォームで実施しています。そして受診前後を含む約30分の検査のあいだに、我々の本業である車の点検や給油をさせていただきます。実際にやってみると、一見、つながりのない「脳ドック」と「SS」のあいだにシナジー効果が生じ、たいへん好評でした。
ただ、将来的にガソリンの需要が減るからといって、SSを脳ドックセンターに替えるわけにはいきません。車がないと生活できない地方の方にとって燃料供給は必要不可欠ですから、引き続きその責務は果たしながら、DXを活用して従来のビジネスモデルにとらわれない、人々の暮らしがより豊かで便利になるような新しいサービスを創出していきたいと考えています。
「スマートよろずや」構想イメージ
出光興産 三枝さまから住友生命 汐満さまへ
【質問2】「Vitality」の概要を教えてください。
三枝:
「Vitality」はたいへん興味深いサービスで、個人的にも関心があるのですが、具体的な内容を教えていただけますか。
汐満:
「Vitality」は保険本来の保障に加え、お客さまの日々の健康増進活動をポイント化し、毎年の取り組み・実績にもとづいて判定されたステータスに応じて保険料が変動し、またフィットネスジムや旅行の割引などさまざまな特典(リワード)によって、お客さまの健康増進への取り組みをサポートする商品です。
一方、健康のために運動しよう! 生活習慣を改善しよう! と頭ではわかっていても、なかなか変えられませんよね。そこで1週間の運動目標を設定し、それを達成すると特典がもらえる「アクティブチャレンジ」というプログラムを組み込んでいます。目標を達成することでドリンクチケットを獲得できるといったようにモチベーションアップにつながる特典を用意し、お客さまが楽しみながら健康増進活動に取り組んでいただけるような工夫をしています。
―― 従来の生命保険は「万一の保障」がメインでしたが、「Vitality」は個々人が健康になるための活動をサポートしてリスクを減らす、つまり「予防」に重きを置いているということですね。
汐満:
はい、ご指摘の通りです。病気などのリスクそのものの減少に寄与するプログラムです。
三枝:
「Vitality」にも関連すると思うのですが、住友生命さんが提唱されている「一人ひとりが自分らしく、よりよく生きる= Well-being(ウェルビーイング)」という言葉には、どのようなメッセージが込められているのですか?
汐満:
お客さまと社会の「一人ひとりのよりよく生きる」への貢献です。中核となる Vitality に加え、「Well-being」では3つの領域を想定しています。まず「心身の健康・幸福」を意味する「WellnessLife」、次に自分らしく歳を重ねていくという意味の「Well-aging」、そして3つ目が「Disease-management」で、これは病気になることは避けられないので、病気とも上手につきあっていきましょうという意味です。
これらをサービスとして提供していく(Well-being as a Service)ためにはデータが重要となります。保険会社はお客さまに関するさまざまな情報を持っていると思われているかもしれませんが、お客さまの日常を会社のデータとしてあまり把握できていない状況でした。それが「Vitality」の発売以降は、毎年の健康診断やウェアラブル端末から情報を収集できるようになりました。今後は蓄積したデータを活用し「Well-being」に貢献するサービスをさまざまなパートナー企業とエコシステムで展開し、未来に続く住友生命ならではの価値を提供していきたいと考えています。
三枝:
よくわかりました。多くの人が健康になれば、今、大きな社会課題になっている健康保険の負担軽減にもなりますし、一石二鳥ですね。
住友生命 汐満さまから出光興産 三枝さまへ
【質問3】今後、サービス提供にあたり、リアルなアセットとデジタルの併用をどのように進めていきますか?
汐満:
今後、サービス提供にあたり、リアルなアセットとデジタルの併用をどのように進めていきますか?
三枝:
当社の中期経営計画では、OMO(Online Merges with Offline)という用語で、オンラインとオフライン/ヴァーチャルとリアルを融合したサービス提供の形態を説明しています。これを当社のケースに当てはめますと、SSのネットワークやお客さまにご利用いただいている「出光カード」といった既存のアセット(顧客接点)をフックとして、そこに脳ドックのようなオンラインを絡めた新しいサービスを結びつけていくというイメージになります。
汐満:
なるほど。これまで当社は3万人強の営業職員による「対面」(リアル)を軸に事業を展開してきましたが、コロナ禍以降はデジタル(オンライン)によるコミュニケーションが増えました。
今後は、健康増進への取り組みや興味・関心を、デジタルツールも活用しながら引き出していきたい。ただ、デジタルだけだと、どうしてもあと"ひと押し"が足りないので、お客さまの背中を押す時には、営業職員や代理店など従来のリアルな「人に根差した価値」が重要であると考えています。
三枝:
私の親などは、生命保険会社の営業職員さんに話相手になってもらったり、スマートフォンの使い方を教えてもらったり、いろいろお世話になっていました。営業職員さんはお客さまにいちばん身近な存在として貴重ですね。
住友生命「Vitality」 WaaS(Well-being as a Service)の方向性
出光興産 三枝さまから住友生命 汐満さまへ
【質問4】住友生命さんは、メンタル・ケアにどう取り組んでいかれますか?
三枝:
近年は、体調の維持・管理といったフィジカル面に加え、心や脳などのメンタル・ケアも重視されています。住友生命さんは、お客さまのメンタル・ケアにどう取り組んでいかれますか?
汐満:
将来的には身体的な健康だけでなく、今、お話にあったメンタルヘルスや認知症の予防、終活なども対象にしていきたいと考えていまして、現在さまざまなパートナー企業と検討中です。
まだトライアルの段階ですが、生活習慣病の方を対象とした重症化予防プログラムの提供にスタートアップ企業と一緒に取り組んでいます。これは文字通り、生活習慣病を悪化させないためのもので、具体的には、尿検査による塩分摂取量といった食事に関するデータとウェアラブル端末の行動データを合わせて、専属の医療専門職がその方に最適な改善に向けた個別アドバイスを作成し、リモートで伴走するといった内容です。
このプログラムは自治体などとも協力しながら進めていまして、当然、これらの新しい領域をどう事業化していくのかという課題も残されていますが、お客さまの「安心」の領域をいっそう広げていける取り組みにしたいと考えています。
三枝:
我々のような営利企業が社会貢献的な事業をマネタイズしていくのは、簡単ではないですね。特にヘルスケアの領域は、企業間で競争するのではなく、できるだけ協業しながら進めていくのが理想ではないでしょうか?
汐満:
同感です。協業できれば、エコシステムで提供できますからね。これまでのように各社が個別にお客さまに接するのではなく、互いに連携できるプラットフォームがあるといいですね。
三枝:
例えば、当社はSSという拠点を持っていて、住友生命さんには多くの営業職員さんがいらっしゃる。そうした異なるリソースが噛み合えば、新たな可能性が出てくるかもしれませんね。
住友生命 汐満さまから出光興産 三枝さまへ
【質問5】DX推進にあたり、社内の合意形成のために心がけていることは何ですか?
汐満:
DX推進にあたり、社内の合意形成のためにどんなことを心がけていますか? SSで脳ドックをやりたいと提案された時は「それは出光がやること?」といった反応もあったのでは?
三枝:
お察しの通りでして(笑)、私がなぜ出光に来たのかという理由もまさにそこにあります。ずっと出光にいた人は、そういったアイデアを出しにくいですよね。
そこでまずは「SSに行った時に脳ドックのようなサービスが受けられると便利なんだけど」といったお客さまの要望を分析して、実際の調査データをもとに提案をしました。すると、予約を受け始めたら、すぐにいっぱいになりましたし、脳ドックを実施したあとも「来年もまたやってください!」と言っていただき、かなり手応えを感じています。
三枝:
DXという視点から言えば、脳ドックのような前例のない取り組みも、(お客さまの声など)明確なデータをもとに提案すれば実現可能だと思いますし、ある程度、結果もついてくるのではないでしょうか。今はまだ地方で試験的に行なっている段階ですが、これから徐々に広げていきたいです。
出光興産 三枝さまから住友生命 汐満さまへ
【質問6】10 年後、どのような会社になっていますか?
三枝:
10年後、住友生命さんはどのような会社になっていますか? むずかしい質問だと思いますが。
汐満:
それに関しては、当社のトップが明確な方向性を示していまして、経済的保障や身体的健康のみならず、精神的・社会的健康にまで領域を広げ、お客さま一人ひとりの人生に寄り添い続け、「一人ひとりのよりよく生きる= Well -being」に貢献する「なくてはならない」生命保険会社を目指していきたいと思っています。出光興産さんの10年後はいかがですか?
三枝:
10年後、地方にお住まいの方が、急に何か必要になって「あっ!」と思った時には(スマホで)「スマートよろずや」のアプリを開いてもらえる、それくらい身近で頼りにされるサービスになっていればいいなと思います。
汐満:
「スマートよろずや」の横に「Vitality」のアイコンが並んでいれば、最高ですね(笑)。
デジタル化の流れのなかで
―― ここで改めてお二人にうかがいたいのですが、DXを推進するにあたっては、想定外の課題や社内的な障壁なども出てくると思います。そのあたりはどう克服されていますか?
三枝:
当社のようにデジタル分野に精通した人材が少ない会社にDX組織が新設され、私のような人間が社外から来たことで、最初、多くの社員は「何をやるのだろう?」と様子見するような雰囲気だったと思います。そこでまず私の役割として「DXは、自分たちの仕事を変えていくために、みんなで取り組む活動なんですよ」という意識を組織に浸透させる必要がありました。そして今もその活動を続けている最中です。
汐満:
当社もまったく同じ状況です(笑)。どの領域でDXを進めるのか、DXで既存の領域をいかに進化させるのか―― もちろん対象となるのは生命保険、特に「Vitality」ですが、なかなか思うようには行きません。「Vitality」は2018年に導入したのですが、従来の生命保険に健康増進プログラムを上乗せした商品なので、現場の営業職員が内容を十分に理解して展開していくには、それ相応の時間がかかっています。やはり、新規領域の開拓、ましてや既存事業に匹敵する規模のトランスフォーメーションは、現実的にはかなりむずかしいですね。
汐満:
ただそうは言っても、これから人口が一億人を割り込み、国内市場が縮小していくわけですから、この変化に対応していかざるを得ない。そこを打開するためにDXを推進しているのですが、単なるデジタル化が進んでいない領域もあり、まだ道半ばといったところです。まずは、お客さまとともに我々自身のITリテラシーも高めていくことが不可欠です。そのためには、社員一人ひとりのマインドセットが必要だと感じています。
―― では最後の質問です。お二人にとって「デジタルシフト」とは何ですか?
三枝:
当社は企業理念として「真に働く」を成文化し、それに続くステイトメントを掲げています。そこには、国・地域社会で暮らす人々のことを想い、考えぬき、働きぬいているか、そして自分自身も日々成長を志しているかという問いかけが含まれています。この理念に即して当社ではDXを、社会課題を解決に導き、人々の成長を加速させる手段と捉えています。こうした意味から、デジタルシフトは「人々の成長」であるとしました。
汐満:
私は「サスティナブル」という言葉を選びました。これから我々の生活・行動・社会はデジタル化によって変容しながら、世界中がつながっていくと思います。その流れのなかで共存共栄が実現し、「サスティナブル」な世の中において、全ての人・地域・社会が豊かになってほしい、健康長寿な社会になってほしいという願いをこの言葉に込めました。
―― 素晴らしいメッセージを頂戴しました。本日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。
対談を終えて
- 〈モデレーター〉
IIJ 専務取締役
北村 公一
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生命保険と石油元売りという伝統的かつ確立されたビジネスの印象が強い両社の対談でしたが、各々「自分らしく、よりよく生きる(Well-being)」、「カーボンニュートラルに向けて、責任ある変革者になる」という SDGs に向けた企業改革に真剣に取り組まれている姿が印象的でした。
今回は、出光興産さまの Otemachi One タワー本社のamu:station(amu は「編む」からとり、共創するという意味が込められているとのこと)という素晴らしいスペースでの対談でしたが、お二人の話もまた、デジタルシフトで新しいビジネスを創生するという意気込みそのものでした。