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筆者が言語リソースとしてのWikipediaに関心を持つのには少々訳がありまして、実は今年の4月に「Unix考古学(※3)」という本を出版しました。UNIXに関わる歴史的な事実を文献を辿りながら紹介していくこの本は、強いて言えば歴史書にカテゴライズされると思います。
同書はもともと、月刊誌「UNIX USER」に2003年から2005年にわたって掲載された26編の記事を整理・再編集して単行本にまとめたものなのですが、取材や図書館通いをすることなく、Googleの検索エンジンで集めた文献だけで執筆された書籍であるところにも特徴があります。今日ならいざ知らず、1998年にGoogleの検索エンジンが公開されてから数年しか経っていない当時としては、これはかなり無謀な執筆スタイルでした。
もっとも、当時の筆者には(今考えれば根拠が極めて薄弱な)確信がありました。それは1980年代に現れた新しい職業の中に「データベース検索技術者」、通称「サーチャー」という職業がありました。それを紹介するテレビ番組のなかで、小説家とサーチャーがタッグを組んで新作を執筆するという事例が語られたのですが、そこではサーチャーが小説家に対し「あなたは執筆するための資料集めを一切する必要はありません。あなたが必要だと思う情報を教えてくれれば、私がすべてデータベースの中から引き出してみせます」と豪語したエピソードが紹介されていました。まだ就職したての新人だった、当時の私は「そんなのことができるのか?」と非常に懐疑的な印象を持ったのでした。それから十数年経過して、連載の執筆依頼をもらった際、このエピソードを思い出した筆者は「Googleの検索エンジンが使える今なら、私にもこのアプローチが可能かもしれない」と考えたのでありました。
実は、執筆依頼を受諾してから最初の記事が発表されるまで、半年程度の猶予がありました。編集部としてはこの期間を使って数回分の記事を書きためることを期待していたのですけども、筆者はほとんどの時間をGoogleを使って欲しい文献を探し当てるキーワードの選び方と並べ方の順序、つまり検索パターンを発見するために費やしました。結果、半年後に完成していたのは第1回と第2回のみで、後々、厳しいツケを払い続けることになりました。このようにして検索エンジンを片手にトピックを「どこまでも掘り下げて」文章を書き加えていく、ちょっと風変わりな執筆スタイルに定着しました。
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