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IIJは、2008年に法人向け、2012年に個人向けのMVNO(注1)事業を開始しました。以来、業界のリーダーとして、また2018年以降は日本初のフルMVNO(注2)として、様々なMVNOサービス・ソリューションを提供しています。使用する無線網も、当初のNTTドコモの3G網から、2012年には日本初の4G LTE対応MVNOとなり、2014年にはKDDI 4G LTE網に対応することで、キャリアリダンダンシー(冗長化)を求めるお客様に最適なソリューションを提供できる「マルチキャリアMVNO」へと進化を遂げました。更には2020年にKDDIの5G網をサポートするなど、これまでMNO(注3)の運用する最新の無線網を利用して成長してきました。
このようにIIJは常にMVNOとして先頭を走っていますが、フルMVNOとしてHSS(Home Subscriber Server)(注4)を導入した究極の目的は、PLMN(Public Land Mobile Network)(注5)=440-03(IIJ)を基地局から広報することで、端末を含むend-to-endに対して、IIJ単独でのサービス提供を可能とすることです。
これを実現するためには、HSS/P-GW(Packet Data Network Gateway)(注6)だけではなく、MME(Mobility Management Entity)(注7)/S-GW(Serving Gateway)(注8)及び基地局をIIJで保有する必要があります。しかし、IIJのような電気通信事業者(注9)に対して、商用局免許(無線)を取得できるような周波数割り当ての機会が、これまでなかなか訪れませんでした。
そのような状況の中、ついに情報通信審議会 新世代モバイル通信システム委員会報告(2019年6月18日)において、候補周波数帯のうち、28.2-28.3GHzの技術的条件が取りまとめられ、今般、2019年12月に必要な制度整備が行われました。またローカル5Gについても、導入当初はNSA(Non-Stand Alone)(注10)構成によるアンカーの構築が必要となることから、2019年12月のローカル5Gの制度整備の際に地域広帯域移動無線アクセスシステム(以下「地域BWA(Broadband Wireless Access)(注11)」という)の帯域(2575-2595MHz)を使用した4Gによる通信システム(以下「自営等BWA」という)についても併せて必要な制度整備が行われました。
制度化に伴い、IIJもローカル5G基地局/BWA基地局を自前で保有できることとなり、我々はNSA化に必要な技術検討を早々に開始しました。
本章では、第2項でNSA化に伴う技術検討、第3項でNSA導入事例、第4項でSA導入に向けての必要な機能の洗い出し、第5項でフルVMNO実現に向けた取り組みを説明していきます。
NSA化で必要となる装置は、HSS/MME/S-GW/P-GW/4Gアンカー(BWA)基地局/ローカル5G基地局です。IIJはフルMVNO化により、既にHSSを自前で保有しています。そのため、HSSに対して、NSA化に必要な開発を実施しました。また、BWAのみ契約したユーザに5Gを使用させないために、HSSに図-1の機能を開発しました。
BSS(Business Support System)(注12) ~HSS間のプロビジョニングIFにも変更が必要ですが、既存フルMVNOのIFを対象に、軽微な拡張で済ませることができました。P-GWは、LTE対応MVNOで既に保有しています。MME/S-GWのみを新規に導入する選択肢もありましたが、P-GWを既存IIJモバイルサービスとNSAサービスで共有すると、P-GWのリソース設計が複雑になることと、障害時の切り分けが困難になることから、MME/S-GW/P-GWを新規に導入することにしました。
S-GW/P-GWを制御するRadius/PCRF(Policy and Charging Rules Function)(注13)/OCS(Online Charging System)(注14)/OFCS(Offline Charging System)(注15)に関して、IIJの既存設備を流用するかどうかも並行して検討しました。P-GWと同様、既存IIJモバイルサービスへの影響を考慮し、新規に開発することにしました。Radius開発にあたってはちょっとした工夫をしました。PCRFで管理しているPCC(Policy and Charging Control)ルールをRadiusに持たせることで、PCRFを不要にしました。PCRFが不要になったため、オンライン処理をするOCSも不要になりました。これによりRadius/OFCSのみが開発対象となり、コストと工程数を大幅に削減できました。ただ、デメリットもあります。リアルタイム処理ができないので、速度規制などを実施するとバッチ処理のため1日遅れで実行されます。
サービスの観点では、BWA/5Gとも容量無制限でのサービス提供が可能になりました。IIJモバイルサービスのようにキャリア設備を使わないため、第1項で述べたフルMVNOの究極の目的である「end-to-endに対してIIJ単独でサービス提供を可能にすること」の効果が表れました。また、BWAとローカル5GのDual Connectivity(注16)(下り回線のみ)を開発し、BWA速度とローカル5G速度の合算でサービスを提供しています。
基地局~MME/S-GWのいわゆるバックホール回線も自前で引く必要があります。C-Plane/U-Plane/M-Plane(注17)を1つの回線で混在させると、重要なC-planeのパケットが破棄される可能性があるため、VLANで分けてDSCP(Differentiated Services Code Point)値で優先付けをすることにしました。
SIM(Subscriber Identity Module)(注18)に関しては、BWA基地局エリアのみで使えるものと、ドコモLTE網エリア⇔BWA基地局エリアで使えるものを準備しました。ローカル5G導入に関するガイドラインによると「全国MNOのサービスを補完することを目的としたローカル5Gとの連携は不可である一方、ローカル5Gのサービスを補完することを目的として、全国MNOのネットワークを利用することは可能」との記載があります。ローカル5Gエリア⇔全国MNO 5Gエリアとの連携が可能であるとの解釈もできますが、MNOとの調整が必要と判断して、ローカル5Gエリアで使用できるSIMのみを準備しました。
BWA基地局に関しては、他事業者が提供しているBWA基地局の無線速度以上を達成することを要件として、無線品質に応じてQPSK/16QAM/64QAM/256QAM(注19)と変調を変えるAdaptive変調方式を開発しました。本開発により、MU-MIMO(Multi User MIMO)(注20):4×4の条件のもと、下り無線速度は最大295Mbps(256QAM)、上り無線速度は17Mbps(64QAM)のスループットを達成することができました。ローカル5G基地局に関しては、28G帯100MHzのみが免許申請対象でしたが、MU-MIMO:2×2の条件のもと、下り無線速度は最大484Mbps(64QAM)、上り無線速度は125Mbps(64QAM)スループットを達成することができました。以上の検討を踏まえて、IIJ用のNSAアーキテクチャー(図-2)を完成させました。
IIJは最新の無線技術を集めた実験施設「白井ワイヤレスキャンパス」を、千葉県白井市に構築し、2020年11月より本格的な運用を開始しています。この白井ワイヤレスキャンパスは、単に最新の無線技術のショーケースであるにとどまらず、端末やネットワーク設備の間、あるいはネットワーク設備同士の相互運用性の検証環境として、また最新の無線技術の利活用を目指すお客様と共同で実証実験を行う場として、提供予定です。
白井ワイヤレスキャンパスの目玉とも言えるのが、2021年3月に商用局免許を取得したローカル5Gです。ローカル5G基地局/BWAを収容するNSAコアは、第2項で説明したIIJ用NSAアーキテクチャーの設計思想に基づいて構築済みで、それぞれの基地局については、複数のPLMNを広報させるよう基地局/MMEに開発を行いました(図-3参照)。ローカル5G基地局/BWA基地局は電波発射をして稼働中です(図-4参照)。
ローカル5G/BWAと並行して、白井ワイヤレスキャンパス内にヘテロジュニアス無線環境を順次構築しています。既に、sXGP(band41)基地局をMME/S-GWに接続済みで、Passpoint(注21)対応Wi-Fi APも今後、HSSに収容する予定です。また、異なる無線エリア間のシームレス通信のため、東大中尾研との実証実験(注22)で得たSIM設計ノウハウをIIJ SIMに反映させました。 SA(Stand Alone)(注23)に関しても、今後Sub6(注24)基地局/SAコアを調達し、白井ワイヤレスキャンパスに構築予定です。
ローカル5Gサービスを立ち上げるために、住友商事/CATVとの共同出資で、新会社株式会社グレープ・ワンを設立(注25)しました。第2項で説明したNSA化の技術検討で培ったノウハウが、グレープ・ワンのNSAコア構築の際にも生かされています。
第3項で説明したとおり、NSAコア及びローカル5G基地局 /4G Anchor基地局(BWA)の商用サービスは既に開始されました。次のステップとして、SAをどのような形でIIJサービスへ取り入れていくかの検討が必要となります。そこで、SA導入に必要な機能の洗い出しを実施しました。
① アプリケーションからSAコアを制御できるNEF(Network Exposure Function)(注26)
3GPP R16でNEF(図-5参照)に求められる機能が、R15に比べてだいぶ明確になりました。3GPP TS 23.502にNEF API Application Programming Interface一覧が更新されており、LTEのSCEF(Service Capability Exposure Function)(注27)をベースにはしていますが、Nnef_TrafficInfluence/Nnef_ AnalyticsExposureなどSCEFにはないAPIも登場しています。IIJには、IIJ IoTサービスと呼ばれるIoTプラットフォームなどのクラウドアプリケーションが豊富にありますので、NEFを利用することで、面白いSAサービスを提供できることになるでしょう。
② 加入者プロファイルの一元管理で問い合わせ窓口を一本化
NSAはUDR/MME/S-GW/P-GWそれぞれの装置に加入者プロファイルデータを分散して管理していたため、加入者プロファイルの問い合わせ先が分散されて、処理が煩雑でした。そこで、3GPP TS23.501 4.2.5 Data Storage architecturesで、これまで分散されていたデータをUDR(Unified Data Repository)/UDSF(Unstructured Data Storage Function)に一元管理するNudr IFの規定が新たに設けられました(図-6参照)。これにより、クラウド上でのデータ一元管理が可能となり、加入者プロファイルの問い合わせ窓口はUDF/UDSFに統一化され、処理が効率化できました。
③ ローカルブレイクアウト(MEC(注28))
NSAはローカルブレイクアウト機能がないため、S-GW/P-GWを地域に分散配置せざるを得ませんでした。そこで、SAではS-GW/P-GW内の各論理機能を物理的に分割させました。つまり、セッション機能をつかさどるSMF(Session Management Function)、PCCルール機能をつかさどるPCF(Policy Control function)、及びパケット処理をつかさどるUPF(User Plane Function)を新たに定義し物理的に分割したのです。
SMFはクラウド上で集約することで、旧UPFから新UPFのセッション維持を大きな役割として持ち、ブレイクアウトがしやすくなりました。仮にSMFを分散配置にすると、各SMFでセッション情報のデータ同期をしなければならず、物理的に分割した意味がなくなるからです。PCFもSMFと同様な理由で、クラウド上で集約することにより意義を持ちます。
また、①で説明したNEF APIのNnef_TrafficInfluenceを使えば、アプリケーションからの制御で、ローカルブレイクアウトも可能になります。
④ NW Slice
NSAでは既に、multiple PDP Contexts(注29)及びdedicated bearer(注30)で、端末〜コア間でNW Slice化する技術はありますが、SAになると、NW Slice単位で細かなSLA(Service Level Agreement)が規定できるようになります。RAN(Radio Access Network)側は発展途上ではありますが、端末〜UPF間でNW Sliceを実現するためには、RAN側の対応も必須です。
⑤ 5G-AKA
LTEはIMSI暗号化が不完全であったため、5G-AKAでは、IMSI相当の5G加入者ID(SUPI)のMSIN(Mobile Station Identification Number)を暗号化する仕組みが導入されました。IIJも5G-AKA対応eSIMをSAコア上で成功させました(注31)。5G-AKAの詳細は3GPP TS 33.501 V17.1.0(2021-03)をご覧ください。
上記①〜⑤の機能要件を満たすSub6/SAコア製品を調達し、白井ワイヤレスキャンパスで今後構築する予定です。
全国エリアの5Gに関しては、MNOでなければ周波数免許を取得できないため、フルMVNOと同様、全国エリアMNO基地局と接続を行う形態になるでしょう。
IIJはフルVMNO(注32)というコンセプトを提案しており、全国エリアMNOの5G基地局に対して、RANシェアリング(注33)を想定しています。RANシェアリングは、各事業者PLMNをキーに振り分けるため、MVNOもSAコアを保有する必要があります。
一方、ローカル5G基地局は各事業者が保有するため、SAコアを自前で準備する、もしくはVMNOのSAコアに接続するなど、選択肢の幅が広がります。
第4項で説明したとおり、今後SAコア及びSub6基地局を白井ワイヤレスキャンパスに調達し、VMNO実現に向けた検証及び課題の洗い出しを実施する予定です。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、リモートワークをはじめとするDX(Digital Transformation)推進が急加速している状況です。コロナ禍以前は、ローカル5Gの普及も東京オリンピック終了後、数年かかるだろうと言われていましたが、前倒しで導入が進んでいる印象です。
IIJもBWA基地局/ローカル5G基地局、並びにNSAコアを導入したことで、無線及びコアのノウハウ取得が可能になりました。
今後、SA導入も視野に入れつつ、モバイルサービスに限定せず、他のIIJサービスと連携することで、他社にはないサービスを提供し続けたいと思います。
執筆者プロフィール
柿島 純(かきしま じゅん)
IIJ MVNO事業部 技術開発部。2017年IIJ入社以来、法人モバイルのサービス開発に従事。
特にフルMVNO立上げの際、HSSを含むコア装置の仕様策定/構築/運用設計を担当。
また、ローカル5Gサービス及びNSAの仕様策定/構築/運用設計、並びにSoftSIM/eSIM導入企画を担当。
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