【有識者コラム 松井和久氏】もう少し知りたいインドネシア(全6回)
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2016/02/04
松井グローカル 代表 松井和久
ASEAN経済共同体(AEC)の始動
ASEAN(東南アジア諸国連合)は新たな時代に入りました。モノやサービスの自由な移動を促すASEAN経済共同体(AEC)が2015年末に発足したのです。
AECではEUのような通貨統合は実現しませんでしたが、ASEAN全体が一つの市場となり、域内の経済活動がより活発化することが期待されます。日本企業にとっても、各国ごとに別々の戦略を立てるだけではなく、ASEAN全体を見渡した効果的な分業や産業ネットワークの構築を含めた戦略を立て、ASEAN域内での活動を最大限に活用する必要に迫られてきます。
そうなると、ASEAN各国の役割分担が意識されるようになります。たとえば、シンガポールは統括拠点、タイやマレーシアは製造・新製品開発研究拠点、インドネシア、フィリピン、ベトナムは汎用製品の製造センター、カンボジアやミャンマーは労働集約型産業の拠点、というような形です。
また、消費市場としては、タイ+インドシナ三国+ミャンマー、及びマレーシア半島部とインドネシアのジャワ島及びスマトラ島、というような括りが現実的でしょう。各国の首都や地方都市のショッピングモールの品揃えは近年益々同質化していますが、消費財等の域内流通がそうした場を通じて浸透している表れといえます。
では、AECの始動はインドネシアにとってどのような意味があるのでしょうか。インドネシアはAECのなかで有用な役割を果たせるのでしょうか。
戦々恐々と諦めのインドネシア
2015年にインドネシアの街中を歩いている限りでは、AECを意識する場面に出会うことはほとんどありませんでした。これは、目抜き通りにAECの看板やポスターが見られるタイの首都バンコクとは対照的です。メディアなどを通じてAECという言葉はある程度知られているものの、その中身の理解は不十分な様子で、ジョコウィ政権 が積極的に国民へ広報している様子もうかがえません。
もっとも、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権は、AECを意識した政策をしっかり掲げてはいます。
第1に、経済自由化による輸入製品の増大への対応です。ASEAN全体の4割の人口を抱えるインドネシアは、ASEAN他国にとっては絶好のマーケットです。AEC以前から、すでにインドネシアの消費財やそれを作るための原材料は輸入への依存を高めてきました。このため政府は輸入代替を重要視し、国内産業の国際競争力を高めることを目指しています。
しかし、インフラの不備、物流システムの非効率、汚職、賃金上昇などに起因する高い国内生産コストの克服は進んでいません。労働集約型から資本集約型への産業構造の転換も進まない一方、賃金上昇に見合った生産効率の向上も不十分なままです。生産コストを下げるために輸入原材料に依存する状況は、二輪車や自動車など今後期待される製造業でも高まっており、輸入代替を進めるために必要である抜本的な産業構造改善が難しい状態です。
第2に、他国からの優秀な人材の流入への対応です。これについては、高度人材育成を進めるとしています。たしかに、大卒労働力など学歴の高度化が進み、採用で大卒や院卒を条件にするケースも増えましたが、実際の現場では、金融機関でフィリピン人やマレーシア人が重要ポストを担うなど、厳しい状況にあります。政府は外国人に対する就労ビザの発給を厳しくし、金融部門で働く外国人にはインドネシア語能力向上を義務化するなど、国内人材を守る方策を採っていますが、気休めにはなっても、人材の国際競争力を高めるには有効でないと考えます。
他方、インドネシアはASEAN他国へ高度人材を供給したいと考えています。しかし現実は、ASEAN他国でのインドネシアからの出稼ぎ労働者への需要が依然として多く、しかも、その大半は依然として単純労働者や家事労働者などです。後継者難による脱農、耐久消費財などを購入するための資金需要の増大などが、地方での出稼ぎ労働者の供給を後押ししており、国内産業の活性化なしに、この流れが減じる可能性は少ないと思われます。
産業構造の抜本的な改善に取り組めず、高度人材育成も効果的に進められなかったインドネシアは、残念ながら、AECの下でASEAN他国からの輸入製品にとっての有望な市場となり、かつ出稼ぎ労働者供給国に留まってしまう可能性が現状では高いと言わざるをえません。インドネシアは近年の経済成長によって中進国を目指しながらも、成長が停滞してしまう「中進国の罠」をいかに回避するかが重要課題ですが、その道は厳しく、政府にはむしろ諦めの気配さえ漂っているように見えます。
松井 和久 氏
松井グローカル 代表
1962年生まれ。一橋大学 社会学部卒業、インドネシア大学大学院修士課程修了(経済学)。1985年~2008年までアジア経済研究所(現ジェトロ・アジア経済研究所)にてインドネシア地域研究を担当。その前後、JICA長期専門家(地域開発政策アドバイザー)やJETRO専門家(インドネシア商工会議所アドバイザー)としてインドネシアで勤務。2012年7月からJACビジネスセンターのシニアアドバイザー、2013年9月から同シニアアソシエイト。2013年4月からは、スラバヤを拠点に、中小企業庁の中小企業海外展開現地支援プラットフォームコーディネーター(インドネシア)も務めた。2015年4月以降は日本に拠点を移し、インドネシアとの間を行き来しながら活動中。