ぴあ 川端さまからHIS 髙野さまへ
【質問4】我々の業界に共通しているのは、現場の息づかいや、その場所に行かないとわからない空気感があって、それが体験価値を創出している点だと思います。デジタル技術は、そうした現場との接点を保っていることが重要だと考えているのですが、そのあたりを踏まえた取り組みなどはされていますか?
髙野:
提供しているものが時間と空気というのは、まったく同じですね。体験を連続させつつ、その価値を高めていくという。
旅行ビジネスは、飛行機のチケット、ホテルの部屋……など、個々のサプライヤーさんが提供するものを、我々が取りまとめて、演出しているとも言えます。もちろん旅をつくりあげているのは、一人ひとりの旅行者ですが、我々はその支えになっていきたい。その際、デジタル化されてないと、個々の要素をつなげていくことができません。
川端:
つながるということ自体、1つの価値ですね。例えば、ライブやスポーツ観戦は、そこだけ切り取ると2、3時間のイベントでしかないですが、その人の時間は前後にも広がっている。そういうところも含めてエンターテインメントの質を高めていかないと画一的になるし、体験も広がっていかない。となると、一つひとつの体験を掛け合わせるために、接点をどうつくっていくのか、それぞれのサプライヤーが意識を共有して体験価値を最大化していく努力が必要ですよね。その接点にデジタルがある。
髙野:
リアルの世界の魅力や価値はおっしゃる通りだと思うのですが、最近、少し危惧しているのが、ファミリーで旅行している最中でも、Z世代やα世代の子どもたちが「ゲームをしたいから、早くホテルの部屋に戻りたい」と言ったりするのは、もはや世界中で当たり前の状況になっていることです。そうした子どもたちがそのまま成長していくと、「昔はわざわざ飛行機に乗って現地に行っていたんだって!」と誰もが言う世界になっているかもしれない(笑)。だから、「バーチャルの世界にもリアルに遜色ない体験や感動は存在する」という視点も常に持ち合わせるようにはしています。
川端:
エンターテインメントは現場に行って、五感で感じるのが基本ですが、おっしゃる通り、興味の対象や時間の使い方の感覚が変わってきていますね。突き詰めると、哲学的な話になってしまうのかもしれませんが、人が人として活動していくなかで、デジタルの世界だけだと、何かが欠けていると感じませんか?
髙野:
到達までの過程の違いとその場の空気でしょうね。デジタル美術館みたいなものが実現すれば、日替わりで世界中の名画を飾ることができる。今の技術なら絵の具の質感なんて、リアルと遜色ないくらいに再現できるでしょう。でも、その絵を肉眼で見る夢が叶うまでの過程があるからこそ、感動するのではないのか……と。
川端:
一瞬は感動すると思いますよ。でも、どこか物足りないはずです。だからリアルさを追求する方向でデジタルを使うというのは、ちょっと違う。当社では「振り子」に喩えて、デジタルが進化して大きく振れると、その対極のリアルの世界の振れ幅も大きくなる、と言っています。
髙野:
そうですね。デジタルのなかで育った若い世代は、デジタルを使いたくて使っているというより、その効率の良さを知っていて、ムダな時間を過ごしたくないだけなのかもしれません。実際、その世代の方と話していると、ボランティア活動に熱心だったりして、けっしてデジタル一辺倒ではない。リアルのライブや旅行が完全には代替のきかないものであると気づく手前で止まっているだけで、何かキッカケがあれば、変わる可能性はありますよね。
川端:
情報過多になり、リアルの世界に行く必要性を感じなくなったというのはあるのかも。知ったつもりになれるから。
川端:
昔は知らないことがたくさんあったから、「観てみたい」という好奇心が煽られた。
髙野:
写真の世界を「確認しに行くためだけ」なら、体験価値としてはいくぶん弱くなってしまいます。行った先の環境のなかに溶け込む……みたいな体験がないと。
川端:
最近、参加型イベントがウケているのも、そのあたりと関連しているのかもしれませんね。音楽フェスがその典型で、仲間を募って行く時などにちょうどいいんですよ。「オレはこのアーティスト。わたしはあっち」みたいに一緒に参加しつつ、それぞれの嗜好が共存できる。
髙野:
(音楽フェスは)ちょっと遠くて、不便なところで、雨が降ったら最悪みたいな(笑)、そういう全てをひっくるめて体験なんですよね。で、そのリアルな世界をデジタルが覆い尽くして支えているところが、昔と変わった点でしょう。
川端:
リアルの世界で体験する時間を、デジタルを駆使していかに創出するかが、我々の業界におけるDXの本質だと思います。
――なるほど!
川端:
おじさん世代は、「昔はチケットをとるのが大変だった!」って語るんですよ。イベントに関する思い出って、そこに注いだ時間として前後にも広がっている。今はオンライン化されてチケットをとるのが簡単になった反面、感動それ自体も薄くなってしまったのかもしれない。そこで我々は、特別な空間で付加価値の高い体験を提供する「ホスピタリティ事業」に参入し、あえて時間をかけて体験することの価値をもう一度、見直してみませんかと再提案しているわけです。
髙野:
最近の旅は当たり前のように、モバイルで予約を確認したり、マップを見たり、ルートを検索したりするので、一瞬でもネットにつながらなくなると焦りますが、昔はバス停で時刻表を調べたりして、大した情報もないまま旅に出ていました。それでよくやっていたなあと思いますけど(笑)。要は、そういうアナログの世界が良かったということではなく、あの頃、もしデジタルツールがあれば、普通に活用していただろうなあと思うのです。
川端:
デジタルの時代だからこそ可能な、時間と体験を創出していきたいですね。

ぴあのホスピタリティプログラム
専用ラウンジでエンターテインメントや食事、トークショウを楽しんだり、試合終了後のピッチが見学できるなど、スペシャルなプログラムが用意されている。
――では最後の質問です。お二人にとって「デジタルシフト」とは何ですか?
川端:
肝心なのは、デジタルシフトすることで、新たな感動体験が生まれていますか? という点です。合理化とか効率化ではない、「感動体験の創出」こそ、私が考えるデジタルシフトなので、この言葉を選びました。
髙野:
旅行者はもちろん、旅行先で暮らす人々や他の業界も含めて、多くの人によって成り立っているのが旅行ビジネスなので、各サービスが自己完結するのではなく、さまざまなサービスがデジタル(データ)としてつながって体験価値が増幅していく――そのためのデジタルシフトという意味で「共創」という言葉にしました。
――素晴らしいお話をうかがうことができました。本日はありがとうございました。
