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IIJが参画している「ラオス省エネデータセンタープロジェクト(LEED:Lao PDR Energy Efficient Datacenter)」が、2017年7月31日にラオス人民民主共和国でのJCM第1号プロジェクトとして登録を承認されました。本プロジェクトについてはこれまでもプレスリリース(※1)などで公表していますが、ここでは、JCMとは何か、プロジェクトの概要やこれまでの歩み、そしてその中のIIJの役割や提供する技術の特徴などを、総括的にご紹介します。
読者の中には馴染みのない方もいらっしゃると思いますので、まずはラオスがどんなところなのか簡単にご紹介します。ラオスはタイの北部に位置する国で、人口700万人弱(埼玉県くらい)、GDPは140憶米ドル弱(2016年)で、日本の都道府県で最も人口の少ない鳥取県よりも小さい規模ですが、GDP成長率8%と経済は拡大しています。欧米からの観光客も多く、観光業は鉱業に次ぐ第二の外貨収入源になっています。また、豊富な水資源を利用した水力発電による隣国タイへの電力輸出も経済の成長を牽引しているようです。一方IT産業に目を向けると、携帯電話会社は4社が参入し、スマートフォンの普及率は高まっていますが、政府機関や企業ではオフィスビルの一角にIT機器を設置しているケースがほとんどで、データセンターをはじめとする企業向けのIT産業の成長余地はまだまだ大きい状況です。
日本はこれまでラオスに対し、様々な公共施設の整備による支援を行ってきました。国際空港、メコン川にかかるタイ-ラオス間のパクセー橋(紙幣にも描かれている)、公共交通(日本の国旗を付けたバスが街中を頻繁に走っている)などの支援実績があり、関係は良好といえますが、韓国が支援した事業も多く、また建設中の大きなビルは中国系の建設会社の看板が掲げられていたりすることから、日本のプレゼンスが突出して高いわけではありません。
国民性は非常に穏やかで、夜ダウンタウンを歩いても危険を感じることはないほど治安は良く、車のクラクションを聞くこともめったになく、他の東南アジアの国々との違いを感じます。また、仏教国であるため街中に寺院が多く、首都ビエンチャンでも早朝赤い仏衣を着た僧侶たちが托鉢している姿を見ることができます。
食べ物は、もち米を主食に、肉、魚、野菜を使った素朴な料理が多く、毎日食べても飽きが来ません(パクチーなどハーブが苦手な方は辛いかもしれませんが)。また、あまり知られていませんが、近年、標高の高い山間地で品質の高いコーヒーの栽培が盛んで、輸出量も増えています。フランス領だったこともあってか、おいしいフランスパンを出すレストランも多くあります。
首都ビエンチャンはタイとの国境であるメコン川に接しており、乾季の終わる4月頃には、対岸のタイまで歩いて渡れるかと思うほど水位が下がりますが、5月の雨季と共に水量が増し、8~9月にはピークを迎えます。ゆっくりと流れる川面に映る夕陽は日本の夕陽スポットの宍道湖に負けずとも劣らない美しさです。
本題に戻ります。JCMとは、二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism)の略で、定義すると「途上国への温室効果ガス削減技術、製品、システム、サービス、インフラなどの普及や対策を講じ、途上国の持続可能な開発に貢献し、実現した温室効果ガス排出削減・吸収への我が国の貢献を定量的に評価すると共に、我が国の削減目標の達成に活用し、更に、地球規模で国連機構変動枠組条約の目的達成にも貢献するもの」です。もう少しかみ砕いていうと、日本の低炭素技術を途上国に導入して、その国の産業振興に寄与しながら、削減した温室効果ガスの量に応じたクレジットを発行し、日本に分配されたクレジットは日本の削減量の達成に活用する制度と解釈できます。
日本は現在、モンゴル、バングラデシュ、エチオピア、ケニア、モルディブ、ベトナム、ラオス、インドネシア、コスタリカ、パラオ、カンボジア、メキシコ、サウジアラビア、チリ、ミャンマー、タイ、フィリピンの17ヵ国とJCMを構築しています(平成29年1月時点)。クレジットは、「二国間の政府などの代表から構成される合同委員会でのMRV方法論の承認」「第三者機関による妥当性確認」「合同委員会でのプロジェクトの登録の承認」「第三者機関による削減量の検証」などのプロセスを経て発行されます。なおMRV方法論はMeasurement、Reporting、Verificationの頭文字を取ったもので、削減効果をどのように測定、報告、検証するかを定義するものです。後述するように、導入する技術/事業と密接に関係しています。
今回のLEEDプロジェクトは、ラオスの首都ビエンチャンに省エネ性の高いコンテナ型データセンターを構築・運用して温室効果ガス排出削減などの有効性を検証することを目的とした実証事業です。2015年7月にNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)から、IIJを含む3社が以下の役割分担で受託しました。
JCMでは相手国の持続的な開発や産業振興に貢献することも求められており、今回のプロジェクトでは、サーバ、ネットワーク、ストレージなどのリソースを提供するクラウドインフラやセキュリティソリューションが組み込まれたデータセンターを構築・運用することにより、ラオス政府のIT基盤の整備を図っています。メールやファイルシェアなどの基本的なアプリケーションを安全・安定的に利用するところからはじまり、e-Governmentなどの行政アプリケーションの確立に発展的に利用されることが期待され、更に将来を担うIT人材、産業育成などに幅広く活用される予定です。
プロジェクトの受託後は、実証前調査を実施し、3社でデータセンターの規模や機能、利用方法、温室効果ガスの削減量などの事業計画を策定した上で、NEDOと共にラオス側との事業実施の合意形成を行いました。これを踏まえ、2016年1月にNEDO及び3者とラオス政府科学技術省・同省IT局との間で政府レベル、実施期間レベルの協力合意文書を同時に締結することができました。この協定に基づき、2018年2月までの2年間で設備設置やモニタリングを含む実証事業が行われることになりました。
その後、ラオス政府、電力公社、通信会社などとの協議や、設計などの具体的な準備を経て、2016年5月から首都ヴィエンチャンの現場で着工、7ヵ月後の2016年11月にラオス初の環境配慮型国営データセンターの構築を完了し、ラオス科学技術省、在ラオス日本国大使館、NEDOをはじめとする関係者出席のもと開所式が開かれました。
着工した5月は雨期のはじめで、基礎のコンクリートの強度に影響が出ることも懸念されましたが、幸い雨量は多くなく、予定通りのスケジュールで工事を進めることができました(図-1)。また、隣国ミャンマーでは停電が日常茶飯事のようですが、ビエンチャンの電力は比較的安定しており(落雷による電圧の低下などは日本よりも多くありますが)、工事の進捗上大きな問題になるようなことはありませんでした。現地の通信回線は複数キャリアが提供しており、光ファイバー網の整備も進んでいます。地方の状況はまた違うかもしれませんが、少なくともビエンチャンでは、データセンターに必要な通信や電力などのインフラは整っています。
設備の構築と並行して、JCMプロジェクトの登録に必要なMRV方法論の構築も進められ、2016年10月に実施されたJCM合同委員会で方法論が承認されました。通常の方法論では、削減量を算定するために既存の同等の設備と比較する場合が多いのですが、ラオスにおいては比較になるデータセンターの消費電力や温暖化ガスの排出量のデータが存在しないため、PUE=2のデータセンターと比較して削減量を算定することにしました。PUEはデータセンター全体の消費電力をIT機器の消費電力で割った効率性の指標で、ISOでも標準化されており、1に近づくほど効率が高いことになります。比較のため、気候の似たシンガポールの複数のデータセンターのPUE実測データを使うことにしたのですが、シンガポールの月の平均気温は30℃程度と年間を通じてほぼ一定なのに対し、ラオスは12~1月には15℃前後まで下がる日もあるため、11月から2月にかけての4ヵ月間は空調の消費電力がシンガポールより少なくなると考えられます。そこでその分PUEを良くする(小さくする)補正をした結果、ラオスでの比較のためのPUEを2としました。
このように策定、承認された方法論に基づいて、JCMプロジェクトとしての実施計画を作成し、JCM合同委員会に提出。パブリックコメントや同委員会に登録されている第三者機関による妥当性の確認を経て、冒頭で述べたように、JCMプロジェクトとして合同委員会において承認、登録されることになりました。以後は削減量のモニタリングを続け、2018年2月の実証期間終了後、排出削減クレジットの発行を申請する見込みです。現在、データセンターは順調に稼働しており、Webサービス、ファイルシェアサービス、メールサービスがラオス政府内で利用されています。
LEEDプロジェクトが構築・運用するデータセンターには大きく3つの特徴があります。まず、このプロジェクトの目的である温室効果ガス削減を図るため、導入する技術や設備には高い省エネ性が求められます。データセンターでは、サーバなどのIT機器に次いで大きな消費電力を要する機器は空調です。したがって空調の消費電力を大幅に削減できればデータセンター全体のエネルギー効率を高めることができます。一般に、外気を利用すれば空調の消費電力を下げることが可能です。例えば、外気温が低いときにはサーバに直接ファンで外気を送風すれば、クーラーよりも消費電力の低いファンの電力だけで冷却することができます。しかし、外気を直接使うとなると、気温が低すぎるときは適温に温めたり、除湿や加湿を頻繁に行ったりといった調整が必要となって制御が難しく、また、塵埃や廃棄ガスが多い場合など外気の状態が悪い環境では内部のIT機器に悪影響が出る恐れがあるなどの欠点がありました。この問題を解決できる技術としてIIJでは、外気を直接取り込むのではなく、外気を利用して熱交換器により排熱する間接外気方式で冷却を行うコンテナモジュール「co-IZmo/I」を開発しています。今回のプロジェクトではこれを導入することにより、PUE1.28(設計値)の高い省エネ性を持つデータセンターを実現することができました。
2つ目の特徴としては、空調や電気設備などをあらかじめ工場でモジュール化することにより、現地での工期を短縮できる点が挙げられます。今回はサーバやストレージなどのクラウド基盤も日本の工場で組み込むことにより、ファシリティとしてのデータセンターの建築期間だけでなく、ITシステムの構築期間も大幅に短縮することができ、現地でのデータセンター構築とITハードウェアのインストールまでわずか7ヵ月で完了しました。
一方、現場での工期短縮を実現するために日本からの設備輸送には細心の注意を要しました。今回導入したコンテナモジュールは一般的な20フィートコンテナサイズ(6m×2.5m)で輸送しやすい形状ではあるものの、中にIT機器を搭載していることもあり、輸送中の振動を測定したり、道路の状態を事前に走行して確認したりといった入念な対策を行いました。日本からの輸送船はタイに着き、そこから陸路でタイ国内をまたいでラオスまで輸送されますが(図-2)、こんなところでもラオスがASEAN唯一の内陸国であることを実感しました。それ以外にも、工事が佳境に入った2016年9月にASEANサミットが開催された影響で、道路交通規制のため輸送スケジュールの見直しを迫られたり、輸送用トレーラが事前に確認していたサイズより大きく、データセンター敷地の入口道路幅の急遽拡張(実際は拡張しなくてもぎりぎり搬入できたのですが)など、IIJの本業であるITシステム構築業務では到底経験できないアクシデントも乗り越えました(図-3)。
3つ目の特徴は、商用サービスでの運用に裏付けられた高い品質です。IIJは他社に先駆けてクラウドサービスの商用基盤としてコンテナ型データセンターを運用しており、これまでの運用経験や使う立場から得られたノウハウを、co-IZmo/Iの内部構造や空調制御の設計・開発に反映しています。また、自社開発した機器の状態や、温湿度、消費電力などを監視するシステムもパッケージ化されており、遠隔地からデータセンターをモニタリングすることができます。本プロジェクトで構築したデータセンターは現在ラオス政府によって運用されていますが、この監視システムにより、要請があれば日本のIIJサイトからも運用支援が可能です。
温室効果ガス削減を目指すグローバルな枠組みであるパリ協定から、米国が離脱するとトランプ大統領が発表しましたが、米国の多くの企業からも反対の声が上がっており、省エネを含む地球温暖化対策への取り組みを求める動きは今後いっそう高まって行くと考えられます。データセンター全体の電力需要は、2015年から2020年の年平均成長率で、ヨーロッパ4.2%、北米5.8%、APAC6.8%、中東・アフリカ10.6%、中南米11.2%と伸びが予測されており、世界的に省エネに取り組む必要のある業界といえます。またデータセンターは、IT機器を効率良く収容して運用できる反面、大量のIT機器を集約しているため、床面積当たりの消費電力はオフィスビルやデパートなどの商業施設(50~100W/㎡程度)の数十倍に上る場合もあります。消費電力の総量も大きくなるので、単体の施設としても省エネに対する社会的責務はますます重大となっています。
現在国内で21ヵ所のデータセンターを運営しているIIJは、2009年からコンテナ型データセンターの実証実験から省エネの具体的な取り組みを始め、日本で初めて外気冷却方式コンテナモジュールによるデータセンターパークを2011年に島根県松江市(日本の夕陽スポット宍道湖のある)に構築し運営を開始しました。この松江データセンターパークではその後もファシリティとITを融合した省エネを実現するため実証実験を継続しており、今回ラオスに設置したco-IZmo/Iもその成果の1つです。
IIJでは今後も、高い省エネ性はもちろん短期間で高品質な構築が可能という特徴を活かし、国内外でモジュール型データセンターの普及を目指していきます。そして今回のプロジェクトのような政府向けのIT基盤以外にも、IoTの分散処理基盤や、動画配信ネットワークのキャッシュとしての利用など、活用範囲を広げる技術開発も継続していく考えです。ラオスでの様々な経験を活かし、大きく変動する国内外のIT市場を切り開きながら、温室効果ガス削減にも貢献し得る活動を推進していきます。
執筆者プロフィール
久保 力 (くぼ いさお)
IIJ サービス基盤本部 データセンター技術部長。
2008年にIIJに入社。国内外のIIJグループのデータセンターを統括しながら、ITとファシリティの融合を目指し、コンテナ型データセンターをはじめとする技術開発を推進。
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