ネットで民主化を動かしたい人はどれくらいいるのかというヒントが、2011年2月に微博の力を動員し、中国全土の都市が舞台となった中国ジャスミン革命にある。報道を読み解くと、「北京で約千人(明報)」が最も多く、「上海でも開催場所で人だかり(博訊)」、「南寧で百人弱(博訊)」と報道されている。天津、成都、ハルビン、瀋陽、ウルムチ、広州では、人はまばらで、多くの警察官が待機したという始末。微博の利用者が億単位でありながら、微博で拡散された中国ジャスミン革命で動いた人々が、中国各地の百万都市でこれほどまでに少ないともなると、どうにもマスで民主化をしたい、ネットで中国を変えたいとは思えない。
2012年には、「中国公衆民粹化傾向調査報告(2012)」というレポートが、ネット世論を監督する人民網からリリースされた。民粹とはポピュリズムのことで、人民網日本語版でも12月に「中国の発展を脅かすポピュリズム」という記事が掲載されている。その記事によれば、「ポピュリズムとは、一般大衆の利益や権利、願望を代弁して、大衆の支持のもとに既存のエリートである体制側や知識人などとあらゆる手段を講じて対決しようとする政治思想」と書いてある。レポートによると約半数がポピュリストであるとし、「民意の代弁者気取りで、民衆を政府に対抗するよう扇動し、極端な手段を用いて、社会の安定や経済の発展に水をさそうとする人も出現する」と警鐘を鳴らしている。
2013年8月には、微博においてフォロワー数が多く、メディア並の発信力がある「大V」と呼ばれるオピニオンリーダーへの圧力がかかる。影響力の強い国営テレビ局「中国中央電視台」(CCTV)は、フォロワー10万以上のオピニオンリーダーと中国政府のネット関係の役人が集まるフォーラム「網絡名人社会責任論壇」を主催。実質、大勢のフォロワーを抱えるオピニオンリーダー「大V」の発言には「相応の社会的責任が伴う」という圧力をかけた場であった。
翌9月にはオピニオンリーダーの1人、薛必群(ネットでは「薛蛮子」)氏がわいせつ行為で逮捕された事件は、ネットユーザーの間ではこうした圧力と受け止められている。逮捕を報じるニュースは2013年の数多くのニュースの中で、微博で桁違いの話題になったことがこの調査報告で明らかになった。結果として面白い話、為になる話が読めなくなったことから微博利用者は減少した。
中国を変える力があった微博の発信力・拡散力を押さえ込みに成功した。「中国公衆民粹化傾向調査報告(2012)」というレポートはでたが、2013年以降のレポートはでていない。ネット世論絡みのレポートは毎年でていることを考えると、レポートがそれ以降でていないのは、「もはや多数派の中国人の民粹化の懸念はなく、大Vさえ排除をすれば公衆の力、恐れずにあらず」と判断したと考えられる。
その後中国のSNSの主役になった微信には、微博のような社会批判的側面は(少なくとも表面上は)みえない。
インテリをシャットアウトするネットの壁
なぜネット規制から、ネット世論の話をしたかというと、結局「中国人はネットで中国を変えたい」という前提で、「中国政府は中国人に見せないように、海外のWEB2.0サイトをシャットアウトしている」というのは、想像であり誤解であるのではないかといいたいからだ。確かに一部のインテリな中国人は、twitterにアクセスしたり、中国国外で本を出版したり取材に応じたりして、中国が変化してほしいことをアピールする。そのインテリな中国人を塞ごうとすることこそが、近年の中国に海外サイトシャットアウトの主要な目的に思える。
2015年1月以降、海外のFacebookやYouTubeやTwitterにアクセスするためのVPNの規制が強化されていて、たとえば一部のVPNサービスが中国で使えなくなったり、淘宝網からVPNサービスの商品が消えたりしている。VPN自体は、本社ネットワークと支社ネットワークなど、2点間をセキュアにつなぐ技術として必要不可欠だ。中国がいわく、認定されたVPNを利用せよというわけだ。
政府に波風は立てたくないが、さりとてGFWのせいで、外国のサイトが使えず、困っている人々はいる。たとえば外国のサイトにアクセスする研究者や開発者だ。外国人と連絡をするにはGmailが必要だし、翻訳にはGoogle翻訳が、外国の地図にはGoogleMapが要る。百度の翻訳機能は使えるレベルではなく、中国の地図サービスはそもそも中国以外の地図データがない。
またオンラインゲームのプレーヤーの中でも、中国国内の規制(制限時間など)を回避すべく、外国のゲームサーバーで遊びたいゲーマーがいる。彼らもVPN規制を受けて困難に直面している。どうにも政府認定のVPNは使うのは、果たしてNGサイトを利用していいものかと不安になる。このような状況ではあるが、それでも大部分の中国人の反応は薄い。
むしろ中国メディアは、それまでタブーだったネット規制に関するニュースを、積極的に情報公開をするようになった。大部分の中国人に、ネット規制の話を書いても問題ないと判断したのだろう。数年前までタブーでネットスラングでネット規制が語られていた時代とは、報道方針が180度近く異なる。
ネット規制を強化しても多くの人々の反応は薄く、ネット規制のターゲットが少数の中国を変えたいとするインテリであるなら、今後さらにネット規制は強まっていくだろう。
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山谷 剛史
1976年東京都生まれ。中国アジアITジャーナリスト。
現地の情報を生々しく、日本人に読みやすくわかりやすくをモットーとし、中国やインドなどアジア諸国のIT事情をルポする。2002年より中国雲南省昆明を拠点とし、現地一般市民の状況を解説するIT記事や経済記事やトレンド記事を執筆講演。日本だけでなく中国の媒体でも多数記事を連載。