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IIJ.news Vol.169 April 2022
株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一
最近は、季節の移り変わりを象徴する行事や儀式が次々と消えているが、新型コロナウイルス対策など、さまざまな規制を盾にその傾向がますます強くなっているようだ。
子供がある年齢になると、育った家を出て、別の場所で暮らすようになる。それぞれがバラバラに住むようになると、家族は小さくなって、墓参りをはじめ、家庭で何代も引き継がれてきた小さな行事が当然のようになくなっていく。
高校を卒業してすぐ、横浜の中心にある実家を出てしまった。東京まで小一時間なのになぜ家を離れたのか、記憶が遠くなり過ぎて、理由は覚えていないのだが、以後、何十年も地面と接点のない部屋で暮らしている。育った家で、折々の季節ごと、手間をかけて、形にしていた行事もほとんど忘れてしまった。
明治生まれの両親に育てられたせいか、五節句:人日(1月7日)、上巳(3月3日)、端午(5月5日)、七夕(7月7日)、重陽(9月9日)には、お祝いの料理などを食べた記憶がある。今、私がささやかな行事としているのは、端午の節句に菖蒲湯を楽しむくらいである。マンションの浴室では、菖蒲湯に浸かっても、端午の節句を祝う気分には、およそなれないのだが、それでも昔のことを思い出すきっかけくらいにはなる。
近年はパンデミックの影響もあって、入社式もネット上で行なっていたのだが、今年は3年ぶりに新入社員がオフィスに集まり、昔ながらの形で行なわれた。男子は紺のスーツと白いワイシャツ、ストライプのネクタイ、女子は紺のスーツに白いブラウス、誰もが同じ服装である。儀式なのだからそれらしい雰囲気が出るようにと、新入社員一同の考えなのだろうが、ネクタイを締めているのは私だけだったIIJはどこに行ってしまったのだろうと、余計な心配をしてしまう。
些少な資本しか持たないなかIIJを設立したのは1992年で、今年で30周年になる。インターネットを知る人もいなかった時代、情報通信という巨大な資本を必要とする事業で成功するはずがないと、私の親しい友人ですら、関心といえば、いつまでもつのかという危惧しかなかった企業が、なんとか30周年を迎えて、大企業の入社式のような雰囲気である。
「ネクタイを締めろとまでは言わないけど、せめてひとりくらい、ジャケットを着てもいいと思わない?」。新入社員の採用を始めた頃、一緒にIIJを立ち上げた友人に呟いたら、「いつ夜逃げするのだろうと思われている零細企業に、バリッとした服装で集まったら、それこそ可笑しいよ」。そう言われて、ようやく解体寸前のビルから引っ越したばかりの企業に、ネクタイを締めた背広姿の新入社員が集まる光景のほうが、アンバランスで奇妙だと思いながら、煙草をふかしていた。
「ともかくインターネットに関わりたい。IIJ以外にインターネットに関われて、尊敬できる技術者がいる場がないから」。IIJで働く気になった動機を聞くと、たいていそんな答えが返ってきた。当時、怪しげな身なりをして、昼夜を分かたず働き詰めだった若者も還暦近くになっている。月日が過ぎてしまうと、時間に対してまったく別な思いが湧いてくる。せめて、なにか行事をつくってみようかと思うのだが。
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