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人と空気とインターネット 新たな価値を創造するIT活用

IIJ.news Vol.169 April 2022

既存のサービスをIT化するのなら、新たな価値(体験)を創出してほしい――
今回は、そう考える筆者が最近、興味を惹かれた二つの事例を紹介する。

執筆者プロフィール

IIJ 非常勤顧問

浅羽 登志也

株式会社ティーガイア社外取締役、株式会社パロンゴ監査役、株式会社情報工場シニアエディター、クワドリリオン株式会社エバンジェリスト
平日は主に企業経営支援、研修講師、執筆活動など。土日は米と野菜作り。

シャドウワークからは何も生まれない

ついに拙宅の近所のスーパーにも自動レジが設置されてしまいました。商品のバーコードを読み取らせ、袋に詰め、精算方法を選び、カード決済をする。何度かやればすぐできるようになりますし、なんとなく楽しくはあるのですが、でも、ふと自動レジの横に目をやると、そこには有人レジがずらりと並び、オペレータの皆さんが、いつやってくるかわからないお客を(大変失礼な言い方ですが、暇そうに……)待っています。混雑している時間帯なら、有人レジももっと稼働しているのでしょうが、しばらくは並行運用をして、それぞれの稼働率などのデータを集めて、きっと有人レジが減らされるのだろうなぁと思うと、とても寂しい気分になります。だからと言って、あえて有人レジを使うのもなんだかなぁと思いつつ、自動レジでピコピコとバーコードを読み取らせるというアンビバレンツな気分で買い物体験をしています。

どうせIT化で人が削減されるのであれば、もっと凄いこと、少なくとも何か新しいことができるようになって欲しいものです。現状の自動レジは、以前も登場したイヴァン・イリイチ先生のおっしゃる「シャドウワーク」に過ぎません。シャドウワークの定義はいくつかあるのですが、ここでは「消費社会を回すうえで、消費者側が無償でさせられる労働(費用計上されない労働=シャドウワーク)」としましょう。言い換えると、販売側のコスト削減のために、消費者に転嫁される無賃労働です。

少し考えればおわかりいただけるように、このようなIT化からはいくら続けても新たな価値など何も生まれませんし、ただ我々の労働が搾取されるだけです。こんなIT化ばかり続けていくと、日本人はどんどん貧しくなる一方です。では、新たな価値を創造するIT活用とは、どのようなものでしょうか?

オンラインで注文するオリジナル・コーヒー

109シネマズ川崎と二子玉川の2箇所に、サントリーが運営する「TAG COFFEE STAN(D)」というコーヒーサービスが昨秋オープンしました。これはスマホやタブレットでWEBにアクセスし、自分用にコーヒーをカスタマイズできるサービスで、ベースドリンク(ブラック/ラテ)、濃さ(オリジナル/ライト)、甘さやフレーバーなどを選択肢のなかから選べて、さらにボトルのラベルに2000種類以上のバナーデザイン(なかには上映中の映画とコラボしたものもある)を選び、そこに名前やメッセージなどのテキストを自由に掲載できるというものです。

オンラインで注文して、店舗でバーコードを見せて受け取りと決済を行ないます。その日の気分や観る映画に合わせて味わいやラベルを特別なものにしつらえて映画を鑑賞するという、ちょっと新しい体験ができるわけです。お客がWEBでカスタマイズするのは「シャドウワーク」的とも言えますが、その見返りにオリジナルのラベル付きで、味もカスタマイズされた自分専用のコーヒーが得られるのですから、ITによってこれまでになかった新たな体験価値が提供されていると言えそうです。

興味深いのは、かつて東京・日本橋にTOUCH-AND-GO COFFEEという名前で、この店舗の実証実験店舗があったことです。こちらはLINEでコーヒーの味やラベルをカスタマイズして発注・決済し、指定時間に店舗に行けば、専用ロッカーに入れられた自分用のコーヒーを受け取れるというサービスでした。忙しいビジネスパーソンが時間をかけずに好みのコーヒーを得ることを目指したものだったそうです。この店舗は、2年間の実験を終えて2021年夏に閉店したのですが、その間に得られたデータをもとに、正式店舗向けにサービス内容が変更されたそうです。一つは選べるコーヒーのオプションが減ったこと、もう一つはカスタムラベルのバナーの種類や入力可能文字数が大幅に増加したことです。もともとカスタムラベルの文字は自分の名前を入れることを想定していたそうですが、実験の結果、プレゼント用に友達の名前を入れたり、お気に入りのキャラクターやアイドルの名前を入れる人のほうが多いことが判明。コーヒーのカスタマイズより、ラベルのカスタマイズのほうがニーズが高かったわけです。そこでターゲットをビジネスパーソンから、エンタメ施設をおもに利用する女性へと方向転換し、立地や内容もそれに合わせて変更したというのです。このようにβサービスから集まったデータをもとに内容をアップデートするやり方は、まさにITを活用した価値創造のサイクルを踏まえたサービス開発と言えます。

アバターロボットが働くカフェ

さらに仰天のサービスを提供する店舗を最近見つけました。日本橋にある「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」です。なぜ日本橋にそういう店舗が集まるのかは不明ですが、そこではなんと、ウェイトレスのような外見をしたロボットが接客を行ない、コーヒーや食事を席に運び、お客と談笑したりしているのです。さらに、店の奥では少し大きめのバリスタロボットがお客の注文に応じてカスタムコーヒーを淹れているではありませんか。

実はこれらのロボットは「パイロット」と呼ばれる、重度の障害や病気で外出できない人たちが、ネット経由で遠隔操作しているというからさらに驚きです。つまり、ロボットを「アバター」として活用し、障害や病気を持つ人に働く場を提供しているのです。席で私の注文を受けてくれたのは、岡山市に住む方、コーヒーを運んで来たのは奈良県の方、実験サービスと言ってフローズンアイスを席まで売り込みに来たのは小平市の方……等々。外見は皆同じアバターロボットでも、少し会話をすれば個性も伝わり、楽しくお話しさせていただきました。これはまさにICTを活用した、ロケーションフリーな新たな働き方の創造と言えるでしょう。

店を運営しているのはアバターロボットを開発した株式会社オリィ研究所というベンチャー企業です。彼らはテクノロジーによって、人々の新しい社会参加のかたちを実現するという理念を掲げて活動しています。この店舗は、少し先の未来を体験してもらうための実験店舗という位置付けだそうです。アバターロボットを活用する取り組みは、障害者だけでなく、今後増加する高齢者の働く場の提供や、それとは逆に遠隔からの高齢者見守り・サポート、さらには新たなパンデミック下での社会活動の維持など、さまざまな可能性を感じました。

ただし、アバターロボットの動作はまだまだぎこちないというのが正直なところ。「今日は調子が悪いんですぅ」と言いながら店員さんが、なかなかうまく前進できないアバターを押したり、向きを変えたり、サポートしながらの運営。まさにβサービスの状態でした。

もう1つ面白いのは、お店がくれた会員証に「見習い研究員」と書かれている、つまり、お客を実験に参加する研究員に見立てている点です。それでお金を取るとはけしからん! これこそシャドウワーク、いや、お金を払っているので、それ以下だ! と言う人がいるかもしれません。でも私は、むしろ開発者と一緒に新たな価値創造のプロセスに参加しているようで少しワクワクしました。デジタルとリアルサービスの融合による新しい価値は、このような提供者と利用者の共創から生まれるのではないでしょうか。カフェを離れたあとも、今まで使っていなかった脳の部位が活性化されたようで、あれを活用するにはどうすればいいか、常に考えているような感じです。βサービス後の正式サービスがどのようなかたちになるのか、とても楽しみです。

このカフェ、3回行くと主任研究員に昇格できるそうなので、また機会を見つけて行ってみようと思います。


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