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副社長対談 インターネットの未来とデジタル社会を支えるキーテクノロジー

IIJ.news Vol.173 December 2022

IIJ創業30周年記念企画の第1弾では、IIJ副社長の2人が、「デジタル化」という視点から見た日本社会の課題や、近年話題の「AI」、「メタバース」、そして、インターネットおよびIIJが目指すべき将来像について語り合った。

プロフィール

株式会社インターネットイニシアティブ
取締役副社長

村林 聡

1981年4月、株式会社三和銀行(現株式会社三菱UFJ銀行)に入行。情報システムに従事し、2009年、株式会社三菱東京UFJ銀行執行役員システム部長を経て、15年6月、同専務取締役コーポレートサービス長兼CIO。17年6月、三菱UFJリサーチ&コンサルティング代表取締役社長。20年4月、ディーカレット社外取締役。21年6月、IIJ入社、取締役副社長として経営を補佐。ディーカレットホールディングス代表取締役社長、ディーカレットDCP代表取締役会長兼社長を兼務。

プロフィール

株式会社インターネットイニシアティブ
取締役副社長

谷脇 康彦

1984年4月、郵政省(現総務省)に入省。郵政大臣秘書官、在米日本大使館ICT政策担当参事官を経て、2013年6月、内閣審議官・内閣サイバーセキュリティセンター副センター長。16年6月、総務省情報通信国際戦略局長。17年7月、同政策統括官(情報セキュリティ担当)。18年7月、同総合通信基盤局長。19年12月、同総務審議官(郵政・通信担当)。21年3月、退官。22年1月、IIJ入社。同年6月より取締役副社長として経営を補佐。

―― インターネットの可能性に大きな期待が寄せられる一方、あまりの変化の速さ・激しさに、そのあるべき姿が見えづらくなっています。そこで本対談では、「インターネットの未来」をメインテーマとして、経験豊富なお2人に思いの丈を語っていただきたいと思います。それでは、お願いいたします。

日本はデジタル後進国?現状と課題

村林さんから谷脇さんへの質問
日本が「デジタル後進国」とも言える状態になってしまったのは官・民双方に責任があると思いますが、おもな要因は何でしょうか?今後、日本が「デジタル先進国」になるには、どうすべきですか?

谷脇:
「デジタル後進国」という言葉を最初に使ったのは、村林さんだとうかがいました。
村林:
「第1回スマートシティ フォーラム」のパネルディスカッションで「日本はデジタル後進国になったことを理解すべきだ」と発言したら、そのまま新聞の見出しになってしまって(笑)。
谷脇:
今回「デジタル後進国」という言葉を聞いて、改めて「e-Japan戦略」(2001年)を思い出しました。その冒頭には――
「我が国は、すべての国民が情報通信技術(IT)を積極的に活用し、その恩恵を最大限に享受できる知識創発型社会の実現に向け、早急に革命的かつ現実的な対応を行わなければならない。(一部略)」
とあるのですが、この文言は20年以上経った今でも通用します。逆に言うと、日本ではITに関する課題が解決されないまま20年が過ぎてしまった。
その間、光ファイバ網の整備は進みました。デジタルの高速道路はできたけど、その上を車があまり走っていない状態、とも言える。日本でデジタル化というと「合理化」や「効率化」に目が向きがちですが、アメリカでは「新しいビジネスを始めるため」、「付加価値を生み出すため」と捉えられていて、目的意識に大きな差があるように感じます。つまり「業務改善」や「収益機会の拡大」がデジタル化の目的でなければ、投資効果は限定的なものになるのではないでしょうか。
村林:
おっしゃる通りですね。あと1つ加えるなら、日本人はすごく真面目じゃないですか。ITを使えば効率的にできるのに、アナログでがんばってしまう。紙の書類をつくって、ハンコを押して、郵送したり、FAXしたり……これをやっている限り、デジタル化は進まないですね。

谷脇さんから村林さんへの質問
「デジタル人材が圧倒的に不足している」と言われていますが、人材を育成するうえで重要なことは何でしょうか?

村林:
まずは「教育」です。"読み・書き・ソロバン"みたいに、学校でもITやデザインについて「今後、生きていくうえで必要な知識ですよ」と、社会に出る前に教えるといい。先日、高校の「情報」の教科書を見て驚いたのですが、そのものズバリの内容が網羅されているので、あれをみんなが履修してものにすれば、大きな変化につながるでしょう。
谷脇:
「情報」の教科書は良くなりましたね!
村林:
高校までは教育面も整っている。次は大学ですが、大学に入った途端、ITが理系に分類されてしまう。しかし、情報システムといってもいろいろあって、高度な知識が必要な分野がある一方、スマホのアプリをつくる人などは、複雑な物理や数学を必ずしも知っている必要はない。私が働いていた銀行では、コンピュータや光ファイバをつくれるような専門家は不要で、国語力があって、ロジカルな仕組みやストーリーを書ける人のほうが役に立ったりする。だから、情報システムを単純に理系に振り分けるのではなく、それぞれの分野に必要な専門性を身につけることができる学部構成にしたほうがいいと思います。
「ITは競争力の源泉」なので、会社に入ったあとも、デジタル人材を継続的に育てていく必要があります。私はかつて、300人の新入社員がいたら、「100人、情シスにください」と言っていました。そのようにして、会社のなかでデジタルに強い人材を増やすようにしていました。
日本の企業は、専門知識を持った人材を採っても、10年後には「管理能力がないから」と言ってお払い箱にしてしまったりする。それではもったいないので、日本全体で人材を活かすための「ジョブローテーション」のような仕組みがあるといいですね。
谷脇:
今の日本では、IT人材がどうしてもIT業界に偏りがちです。アメリカなどはもっと散らばっている。そこを変えていかないと、日本全体のデジタル化が進みません。そういう点からも、ジョブローテーションやキャリアパスの仕組みを整えることは必須ですね。
村林:
さらに言うなら、日本の経営者のなかにはITに対する理解が十分でない人もいるので、まずは経営者に「IT=競争力の源泉」という認識を持っていただきたい。あと、ITは単なる道具ではないので、情報システムに携わっている人に敬意を払うことも大切です。
ある銀行では、1年の最後の日に頭取がデータセンターを訪れて、「今年もトラブルなく運用してくれてありがとう」とねぎらいの言葉をかけるのです。そういう思いが伝われば、「自分たちも貢献している」という気持ちがエンジニアにも育まれて、結果的に人材育成につながると思います。
谷脇:
デジタルに長けた人材が経営層からなかなか評価してもらえない面もありますね。霞が関など行政側にもデジタル化に関する理解が不足していて、政策のプライオリティもなかなか上がらない。私もかつてデジタルの話をすると、「あんたたちは夢があっていいね」と、他省庁の知人から皮肉を言われました(笑)。

高校の「情報」教科書

ITの可能性 AI(人工知能)とメタバース

谷脇さんから村林さんへの質問
情報システムやネットワークに「AI」がどんどん組み込まれていくと予想されますが、AIを活用していくうえでどんなことが重要でしょうか?

村林:
大事なのは、AIにできることをきちんと把握したうえで、いわゆる「ホワイトボックス化」していくことだと思います。そうしないと、想定外の事故につながる危険性がある。そのために、まずはAIをガバナンスする体制、例えば、第三者による倫理委員会みたいなものを設けてから活用を始めるべきです。私の好きなドイツの若き哲学者マルクス・ガブリエルは、企業の取締役会に哲学者を入れるべきだと言っています。
AIは人間の脳とは異なるので、どんなデータを与えるのかが、育ち方に大きく影響します。以前、銀行の出張所にあったAIロボットが外国人の方に少し問題のある発言をしてしまったことがありました。そのロボットにはニュースなどを読ませていたのですが、おそらくソースの内容にまで気を配っていなかったのでしょう。AIならデータはいくらでも読めますが、与えるデータをよく精査しないと、推論を誤ってしまう怖い面もあります。
谷脇:
AIのアルゴリズムによって、特定の人が差別されたり不利な立場に置かれるといったことは、避けなければなりません。アルゴリズムの透明性や説明責任をどこまで確保しオープンにしていくのか、社会的な議論やルールづくりが必要ですね。
村林:
要は、なんでもかんでもAIで片付けようとしないで、人間が得意な分野とAIが得意な分野をきちんと棲み分けたうえで融合していくことだと思います。ガバナンス体制にさえ注意すれば、人間の苦手なこともAIは得意だったりして、いろいろ便利なので。

村林さんから谷脇さんへの質問
「メタバース」は将来、どうなると思いますか?2030年にはインターネットと同じくらい普及するという見方もありますが、特に日本企業における活用について谷脇さんの考えをお聞かせください。

谷脇:
「メタバース」という言葉を聞くと、かつて注目された「セカンドライフ」とどう違うの? と思うこともありますが……それはさておき、今、メタバースが盛り上がっている理由を考えると、リアルとサイバーが完全に融合した社会、つまり「CPS(Cyber-physical system)」をみんなが模索していて、そこで新しいものをつくりたいと思っているのではないでしょうか。例えば、渋谷の街をメタバースのなかで創造する「バーチャル渋谷」などはその典型です。
その際、リアルとサイバーの境目が完全になくなった時、どんなビジネスモデルが可能なのか? そもそも垣根のないオープンなサイバー空間は実現するのか? といったビジョンを「メタバース」という言葉で語り合っている、と私は見ています。
そこで1つ言えるのは、メタバースを広げていくなら、新しいものを生み出す力や流れを既存の制度・規制で止めないようにするのが大事で、その点に留意していれば、非常に面白いことが起こるかもしれませんよ。
村林:
ビットコインなどの仮想通貨と同じように「管理者がいない、制度がない世界=メタバース」と思っている人たちがいますよね。インターネットも、もともとそういうところから始まったわけですが、結局、GAFAが情報を一手に握るようになってしまった。私は、あくまでも個人中心で、それをコントロールする存在がいない世界が本当に実現するのか?と思ったりするのですが……。
谷脇:
インターネットの基本精神は「自律・分散・協調」であって、それぞれが持ち場で活躍することで全体がうまく機能してきた。それはまさに自由で、ビッグブラザーがいない世界です。メタバースが目指しているのもたぶんそういう世界であり、その対極に情報を集めて管理するGAFAのようなプラットフォーマの世界がある。メタバースが話題になる裏には、現状に対する反省や不満みたいなものが含まれていて、インターネットが本来持っていた良さに立ち返ろうというメッセージが込められている気がします。

デジタル社会を支えるテクノロジーとセキュリティ

谷脇さんから村林さんへの質問
インターネットが社会基盤となるなか、「誰もが参加できるデジタル社会」を実現していくには何が必要でしょうか?

村林:
デジタル庁は「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」を標榜していますが、みんなが参加できるデジタル社会を実現するには、誰でも使えるツールを提供する必要がある。すると必ず「高齢者は使えるの?」という議論が出てきます。ただ、こうした問題は別にデジタル化に限ったことではなく、これまでも代替手段を提供したり、助け合いの精神で乗り切ってきた。
コロナのワクチン接種の手続きをスマホでやることになって、案の定、お年寄りから「できない!」という声があがったのですが、その一方で「孫に頼んでやってもらった」みたいな方も結構いた。助け合いが生じて、人間関係を取り戻すキッカケになったとも言える。(デジタル化に際して)そういう共助を活用していくことは十分可能だし、逆にそれができれば、ほとんどの課題は解決するのではないでしょうか。そのためにデザインシンキングが大切なのは、言うまでもありません。
谷脇:
「お年寄りはインターネットを使えない」という意見は定番ですが、近年の統計を見ると、70代でインターネットを使う人は約6割に達していますし、60代になると9割弱です。今後、世代交代が進むなか、インターネットの利用を前提にできる社会が早晩訪れると思います。ただそうは言っても、どうしても使えない人は残るので、その人たちのために「ユニバーサルデザイン」などを考慮する必要はあるでしょう。
例えば、かつてアメリカに高齢者向けに3つしかボタンがない携帯電話があって、1つ目は子どもにかかるボタン、2つ目はオペレータにかかるボタン、3つ目は救急車を呼ぶボタンでした。今はスマートフォンでさらに改良されていますが、高齢者のニーズをきちんと取り込んだサービスや機器は重要です。
日本では2050年に高齢化率が42パーセントに達し、その割合が2100年くらいまで続くと予想されています。日本は他国に比べて高齢化のテンポが20年くらい速いので、高齢者を取り残さないサービスやデバイスを先行して開発していけば、「課題先進国」の経験をアジア各国の市場などで活かせると思います。

情報セキュリティの3要素「CIA」

村林さんから谷脇さんへの質問
デジタル化やメタバースが進むと、セキュリティが重要になります。セキュリティに関して日本企業はどう向き合っていけばいいでしょうか?

谷脇:
すごく良い質問で考え込んでしまいました(笑)。情報セキュリティには「CIA」と呼ばれる3要素があって、「機密性=Confidentiality」(機密が守られている)、「完全性=Integrity」(改ざんされていない)、「可用性=Availability」(いつでも安全に情報を活用できる)――これら3つが保たれていなければなりません。クラウドサービスは、こうしたセキュリティ面からも、とても理にかなっています。加えて、利用者が増加すると割り勘要素が増えるので、より安くサービスを利用できる。
これからはデータが「経済の血液」となる「データ駆動社会」に向かっていくと思います。そうなると、データがどこに蓄積されているか(データセンターの所在地)や、誰がアクセスできるのかといったことが国の安全保障のレベルでも重要になってくる。そこで、データの特性や機微性を踏まえながら、ハイパースケーラーのクラウドや国産のクラウドを使い分け、可能な限りシームレスに連携させる「マルチクラウド」が今後の主流になっていくでしょう。
先に挙げた情報セキュリティの3要素では「改ざんされたデータ」はとても怖くて、例えば、ネット上の偽情報はデータの「完全性」が損なわれていて、改ざんされたデータをAIに学ばせたりすると、思わぬ事態になりかねない。そういう意味で、データの信頼性は非常に大切で、欧州ではデータのやり取りに際して信頼性を担保する「トラストサービス」が制度化されています。そういったことがきちんとできていないと、サイバー空間を信用できなくなります。
村林:
データセキュリティと言えば、真っ先に「漏えい」が思い浮かびますが、そもそもそのデータが真正なものなのかという点は重要ですね。
谷脇:
データのトレーサビリティも大事になってきますし、量子技術が進めば、データを改ざんできなくなる。そうした最新技術の実装に向けて、IIJも積極的に関わっていくべきだと思います。

社会課題に向き合い技術力で貢献する

編集部からお2人への質問
IIJに対する印象は、入社前と入社後で変化しましたか?

村林:
私がIIJに来る前、IIJはテクノロジーカンパニーだと思っていて、それは実際にそうでしたが、もう少しベンチャー気質があるのかなと想像していました。もちろん会社が大きくなると仕方ない部分も出てくるでしょうが、常に新しいことにチャレンジする文化は持ち続けてほしいです。それと案外、多様性が少ないかなと思います。課題解決や新しいものを創造するのは、均一のプロ集団より、ダイバーシティに富んだ集団だと実証されています。ダイバーシティ・インクルージョンで成長していきましょう。
谷脇:
IIJは日本のインターネットの基盤を支えているISPというイメージが強かったのですが、入社してみると、「こんなにいろいろなサービスを提供していたのか!」と驚きました。
サービスを「利便性」、「セキュリティ」、「プライバシー」という三角形で考えると、これら3つは全て相反する性質を持っています。セキュリティを固め過ぎると利便性が損なわれ、プライバシーだけを優先するとセキュリティが弱くなる……といったふうに。
IIJのサービスはこの三角形の要素にバランスよく対応しています。利便性を追求するネットワークやクラウドサービス、安全・安心を実現するセキュリティサービスに加えて、プライバシー保護に関しても、欧州のBCR*1承認取得に加えて、APEC CBPR*2を取得するなど、もっとも高い国際水準に適合しています。そして、これらをお客さまのニーズに応じて自在に組み合わせて提供できるのがIIJの強みです。サービスのラインナップが良く、総合力で勝負できる。強いてリクエストするなら、技術を知らない人にわかりやすく説明する努力が、もう一段あってもいいかな、と。

編集部からお2人への質問
次の30年でIIJはどんな会社を目指しますか?

村林:
IIJが30年前に描いた「全てのモノがインターネット上でつながる世界」がいよいよ到来しようとするなか、データをどう扱って、どんなソリューションを提供していくのかが問われていて、SDGsのような社会課題に対しても、データをフル活用した解決策が求められています。IIJはそういう分野で貢献できる「ソーシャル・インパクト・カンパニー」を目指していきたいです。
谷脇:
ほとんど同じことを言おうと思っていました(笑)。あえて付け加えるなら、これからますますデータが重視される時代になります。今、EUでは「データ法」という法律をつくろうとしていて、IoTで生み出されたデータを特定の企業や個人が独占するのではなく、みんなで共有して広く流通させようとしています。
当然、日本も同じ方向に進むでしょうから、そうなった時、「IIJの技術や基盤を使ってください」と言えるよう準備しておかなければならない。そこに向けて、従来のサービスをベースに、「データ駆動社会」にマッチしたソリューションを上乗せできれば、より大きな社会貢献につながると思います。

―― たいへん充実したお話でした。本日はありがとうございました。

対談中のひとこま

  1. *1BCR(Binding Corporate Rules:拘束的企業準則)とは、欧州の「一般データ保護規則(GDPR)」が求める個人データ保護基準をクリアーしている企業グループであることを証明する認証。
  2. *2CBPR認証とは、企業などの越境個人データの保護に関して、APEC(Asia Pacific Economic Cooperation:アジア太平洋経済協力)プライバシー原則への適合性を認証する仕組み。IIJは2022年9月、同認証を取得した。これにより、適切な個人情報保護が行われている組織であると見なされ、IIJサービスの利用者は、APEC域内で、個人データの移転を法的に安全なかたちでスムーズに行なえる。

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