IIJ.news Vol.173 December 2022
2008年、IIJはMVNOとしてモバイル接続事業を開始した。その後、紆余曲折を経ながらも、現在の回線数は法人・個人合わせて350万回線を超えている。
本稿では、モバイル事業の始まりから現在までを担当者が振り返る。
プロフィール
IIJ 執行役員
MVNO事業部長
矢吹 重雄
1995年、IIJ入社。サービス営業、直販営業、関連会社への出向、マーケティング、パートナー営業など、さまざまな業務経験を積んだのち、2016年からMVNO事業部を率いる。20年、執行役員就任。
プロフィール
IIJ MVNO事業部
副事業部長
安東 宏二
2005年、IIJ入社。ソリューションサービスの運用・設計・構築、各種サービスの企画を経験後、09年からモバイルサービスの企画に従事。16年からはMVNO事業部でモバイルサービスの運営全般、フルMVNOの事業計画策定、次世代の5G SA事業の検討などに携わっている。
プロフィール
IIJ MVNO事業部
ビジネス開発部 担当部長
佐々木 太志
2000年、IIJ入社。ネットワークサービスの運用・開発・企画に従事。07年、IIJのMVNO事業の立ち上げに参画。以後、一貫して法人/個人向けMVNOサービスを担当。(一社)テレコムサービス協会のメンバーとしても活動。
レイヤ2接続が大化けした
―― 「IIJmioモバイルサービス」誕生当時の状況を教えてください。
佐々木:
意外かもしれませんが、我々は最初からレイヤ2接続*に大きな熱意を持っていたわけではありませんでした。レイヤ2接続だろうが、レイヤ3接続だろうが、2008年の段階では、やれることに大差はなかったからです。
当時、レイヤ2接続の活用で実現できるのは、手軽に閉域型接続が可能となる「IIJダイレクトアクセスソリューション」や、インターネットの接続先をVPNなどに制限できる「IIJモバイルBiz + サービス」といった法人モバイルサービス向けの付加的機能に限られていました。
しかし2012年、レイヤ2接続がIIJにとって大きなアドバンテージに変わりました。この頃、標準化が進められたポリシー制御や課金管理は、MVNOにとってはレイヤ2接続でなければ実現できません。そこで、これらの機能を活用して、もっと自由度の高いモバイルデータ通信をつくりたいという思いが生じ、IIJmioモバイルサービスへとつながりました。
当時のモバイルデータ通信の主流は使い放題プラン、すなわち「料金は一律かつ高めで、通信量は使い放題」でした。しかしIIJmioは、レイヤ2接続で利用可能となったポリシー制御や課金管理を活用して、「一定量の高速通信量を使いきったあとはスピードが遅くなる。ただし、プランごとに設定された高速通信量に応じた料金しか払わなくてよい」とすることで、特にライトユーザ向けに、使い勝手を損なうことなく通信料金を大幅に低廉化できたのです。これは今も主流になっている料金プランの考え方です。
* レイヤ2接続とレイヤ3接続について
レイヤ3接続は、事業者間の相互接続点におけるプロトコルとしてRADIUSを使用する接続方法で、MVNOは認証サーバのみを用意する。一方、レイヤ2接続は、事業者間の相互接続点におけるプロトコルとして、GTP(GPRS Tunneling Protocol)を使用する接続方法。レイヤ2接続のMVNOは、PGW(Packet Data Network Gateway)と呼ばれるGTPの終端装置がMVNO側に存在し、携帯電話のネットワーク機能の一部を直接的にコントロールできるため、サービスの自由度がレイヤ3接続に比べて高い。特に、お客さまの通信に対し、リアルタイムに通信量を把握し、通信速度を制御できるのは、レイヤ2接続のみの特徴。
市場開拓は試行錯誤の連続
―― IIJmioは手探りのなかでの出発だったそうですね。
矢吹:
IIJmioモバイルサービスは、最初はWEBのオンライン販売だけでした。それがある日、たまたま技術者から販売戦略について相談され、話を聞くと、広告予算も営業連携もしてないので、仕方なく取引先に相談に行ったら、「店頭では、お金と引き換えに渡すモノがないと売れない」と指摘されたと言うのです。それで少人数のIIJmioチームが狭い会議室に集まり、額を寄せ合って大いに悩みながら、「渡すモノ=店頭パッケージ」を制作したことをよく覚えています。これが私とIIJmioとの付き合いの始まりです。
IIJmioのリリースと同時期に、MVNEとして事業者向けサービスを提供したことは、IIJのMVNO事業の大きな強みになりました。IIJmioをモデルケースとして、パートナー各社の個性あるMVNO事業を支えることで、MVNO事業の多様性を実現しています。
2014年から「音声SIMを即日開通できるカウンター」の設置プロジェクトが始まりました。当時、IIJmioは開通の申し込みを受け付けたあと、SIMを発送していました。当然、SIMの郵送中は電話が使えません。そこで即日開通できるカウンターをビックカメラさんの有楽町店に設けました。最初は、漠然と実現はむずかしいと考えていたのですが、NTTドコモのレギュレーションの目的をしっかり理解し、セキュリティ確保をはじめ、多くの工夫により実現できました。
安東:
個人的には「音声SIMは売れるだろう」と思っていたのですが、社内で音声SIMのサービス開発・提供・販売に、全面賛成する人は多くはなかったですね。
矢吹:
音声SIMのサービスは、巨大なキャリアと真っ向から勝負することになりますからね。しかし、ビックカメラさんとIIJの現場、双方の挑戦する熱意を受けて、最後は腹をくくりました。カウンターを順調に運用できるようになるまでは大変でしたが、そのたびに安東さんがネットワーク本部をうまくまとめてくれました。
名古屋駅・新幹線ホームに掲げられたIIJmioの看板広告(2017年)
IIJmioの販促用チラシ
道なき道だったフルMVNO立ち上げ
―― フルMVNO化に際しても、いろいろ苦労があったでしょうね。
佐々木:
2018年3月に始まるフルMVNOに向けて、IIJが検討に着手したのは2014年頃でした。
2015年、MWC(Mobile World Congress)に参加するために、バルセロナに行きました。会場ではフルMVNOについて聞かれることも多かったのですが、我々はフルMVNOを概念としては理解していたものの、何ができるのかということについては、レイヤ2接続の時と同様に、十分には理解していませんでした。
フルMVNOに関しては、非常に深いモバイルの仕組みに関わる話なので、技術陣でほぼ毎日ミーティングを重ね、キャリアとも協議しながら詳細を詰めていきました。
安東:
フルMVNOも、"初めてづくし"の案件でした。モバイルの設備を構築する機器は海外メーカから買っているので、日本独自の仕組みに対応してもらうよう交渉しなければならなかったし、機器の価格ももちろんタフな交渉が必要でした。正直なところ、「設備投資の金額は膨大だけど、高いのか安いのか、わからない……」という気持ちでした。ただ、100万回線を突破すれば事業として成立し、継続的なチャレンジにつながっていくことだけは明らかでした。
矢吹:
社内には投資回収に不安や疑問の声もあり、語りつくせないほど本当にいろいろありました(笑)。そうしたなか、最後は鈴木会長から強い後押しをいただき、とにかく邁進するしかないと覚悟を決めました。
安東:
その後は回線数も伸びて、投資コストの回収は完了しました。今は売れば売るだけ、利益貢献につながっていくので、ここで未来への投資のための体力を蓄えて、5G、6Gに挑んでいきたいと考えています。