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IIJ.news Vol.166 October 2021
7割の企業がクラウドサービスを利用
「基幹系システム」、「運用・保守」、「セキュリティ」が課題に
クラウドサービスが多くの企業や公共組織で使われるようになってきた。今回、IIJ も注力している同ソリューションの特集に寄稿させていただくことになった。アウトサイダーの立場、ユーザ視点から市場の実態と最新動向を探ってみたい。
松岡 功
ジャーナリスト。「ビジネス」、「マネジメント」、「IT」の3 分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者および IT ビジネス系月刊誌の編集長を歴任後、フリーに。危機管理コンサルティング会社が行なうメディアトレーニングのアドバイザーも務める。おもな著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NEC グループ』(日本実業出版社)、『NTT ドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月、大阪府生まれ。
筆者はこれまでいくつかのメディアで連載コラムやインタビューを中心に記事を書いてきましたが、今回この原稿を執筆するにあたり、自分がいつ頃からクラウドの話を取り上げるようになったのかを調べてみると、2008年11月に「今こそクラウドサービスをビジネスチャンスに」と題した記事が最初でした。
こんなタイトルですから、その少し前から日本でも話題になり始めていたのでしょう。その後、自分の追いかけるテーマとしてクラウドをライフワークの一つにするようになりましたが、当時からクラウドについては「ハイスピードでめまぐるしく変化するビジネス環境に対応して競争力を高めるために生まれてきたコンピューティングスタイル」であると前置きしてきました。
また、クラウドの本質的なポイントは、ITリソースを自前で「所有」するのではなく、必要な分だけ「利用」するところにあるとも説明してきました。ユーザはITリソースを持たず、クラウドベンダが従量課金やサブスクリプション(定額料金)モデルで提供するITリソースを使う、と。つまり、電気、ガス、水道と同じわけです。
そのうえでクラウドを利用するメリットとして、コストを最適化できる一方、常に最新技術を適用でき、サービスを素早く柔軟に利用できることなどを挙げました。
冒頭から本誌の読者の皆さんには“釈迦に説法”を申し上げてしまいましたが、上記の認識は今もまったく変わっていません。まずは本稿で言う「クラウド」および「クラウドサービス」とは何かという私の認識をお伝えしたうえで、本題に入っていきたいと思います。
まず、企業ユーザにおけるクラウドサービスの利用動向を見てみましょう。総務省が2021年7月30日に公表した「令和3年 情報通信白書」から、次の三つの調査結果を紹介します。
一つ目は、クラウドサービスの利用状況について。クラウドサービスを一部でも利用している企業の割合は、図1に示すように2020年で68.7パーセントと約7割に達し、2019年の64.7パーセントから4.0ポイント上昇しました。2016年が46.9パーセントだったので、4年で21.8ポイント上昇したことになります。
図1で注目したいのは「全社的に利用している」と答えた割合が2020年で39.4パーセントと約4割になったことです。ただ、この数値については調査内容によって違いがあるようで、低いケースでは20パーセント台前半の調査結果もあることを申し添えておきます。また、図1の下段の表には上段のグラフのもとになった回答数を業種別に記してあるので参考にしていただければと思います。
二つ目は、クラウドサービスの効果について。図1でクラウドサービスを一部でも利用している企業に聞いたところ、「非常に効果があった」あるいは「ある程度効果があった」と回答した割合は、図2に示すように87.1パーセントとなっています。多くの企業でクラウドサービスの効果を実感している結果だと言えます。
三つ目は、クラウドサービス利用の内訳について。図3に示すように利用したサービスの内容については、「ファイル保管・データ共有」の割合が59.4パーセントともっとも高く、次いで「電子メール」(50.3パーセント)、「社内情報共有・ポータル」(44.8パーセント)となっています。一方で、「営業支援」や「生産管理」などの高度な利用は低水準にとどまっています。
ただ、この調査結果については、サービスの内容から SaaS(Software as a Service)モデルが中心になっているようにも見受けられます。
ここからは国内クラウド市場の動向と、そこから浮かび上がってきたユーザの課題について考察したいと思います。それらを表した最新の調査が、IT市場調査会社のMM総研が2021年7月15日に発表した「国内クラウドサービス需要動向調査」です。この調査は、国内企業2万8868社を対象として2021年6月中旬にWEBアンケート形式で実施したものです。
その調査結果をもとにした推計によると、2020年度のクラウドサービスの市場規模は2兆8750億円で、前年度比22.0パーセント増と拡大基調が続いています。「前年度に引き続きオンプレミスからクラウドへの移行に加え、クラウドネイティブなシステム開発が盛んに進められ、市場全体で高い成長率を維持している」とMM総研は見ています。(図4)
2020年度の市場規模2兆8750億円のうち、SaaS、PaaS(Platform as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)などを合わせたパブリッククラウドの市場規模は1兆932億円となり、初めて1兆円を突破しました。これが2025年度には約3.1兆円に達すると、同社は予測しています。
一方、コミュニティクラウドやデディケーテッドクラウド、オンプレミス型からなるプライベートクラウドの2020年度の市場規模は1兆7818億円となりました。これが2025年度には約3.5兆円となり、年間平均成長率14.5パーセントで推移すると予測しています。
パブリッククラウドにおける PaaS と IaaS では、「Amazon Web Services」(以下、AWS)、「MicrosoftAzure」(以下、Azure)、「Google Cloud Platform」(以下、GCP)の3サービスが目立っていますが、MM総研はそれらの利用率についても調査結果を明らかにしています。
それによると、PaaS 利用者全体のうち、AWSを利用しているとの回答は37.4パーセント、Azureは30.6パーセント、GCPは15.9パーセントとなっています。IaaS 利用者全体では、AWSが40.3パーセント、Azure が26.3パーセント、GCPが13.7パーセントとのことでした。比較もさることながら、PaaS、IaaS ともに3サービスの合計が80パーセントを超えていることにも目を向けておきたいと思います。
次に、MM総研の調査で浮かび上がってきたユーザの課題を三つ挙げてみましょう。
一つ目は、企業がおもに PaaS や IaaS を利用して開発・運用するシステムを「基幹系財務会計システム」、「基幹系人事給与システム」、「基幹系生産・販売・調達システム」、「情報系システム」、「顧客へのサービス提供基盤」の五種類に分類し、それぞれにどのクラウドベンダのサービスをより多く利用しているかを分析した結果です。(図5)
先述の3サービスの利用率を比べると、とくに顧客へのサービス提供基盤の場合、PaaS ではAWSが53.4パーセント、Azure が37.1パーセント、GCPが19.0パーセントとなっています。また、IaaS ではAWSが61.7パーセント、Azure が39.3パーセント、GCPが15.9パーセントとのことでした。
一方、基幹系財務会計システムや基幹系人事給与システムといった企業経営のベースとなるシステムについては、3サービスの利用率が比較的低いという結果でした。「3サービスにとっては、企業活動の中核を担う基幹系システムへの採用に向けた戦略が、今後は重要になる」とMM総研は分析しています。
この結果をユーザから見ると、「基幹系システムにパブリッククラウドを適用するのはまだ慎重なスタンス」と捉えることができるでしょう。
こうしたことから、ユーザにとって課題となる一つ目のキーワードとして「基幹系システム」が挙げられます。
二つ目は、PaaS や IaaS の運用・保守に関しては、三分の二の企業が業務の全部もしくは一部を外注しているという結果です。この理由としては、パブリッククラウドやマルチクラウド利用の普及によってシステム全体の管理・運用・保守業務が複雑化し、現場レベルの対応では限界が見えていることが挙げられます。(図6)
自社単独でクラウドを運用する場合に企業が課題として感じていることを確認すると、「PaaS / IaaS運用のノウハウ不足」が33.4パーセントともっとも多く、次いで「社内の運用・保守リソースの不足」が26.8パーセント、「障害発生時に相談できる相手がいない」が18.0パーセントとなっています。
この結果についてMM総研は「リーズナブルな運用プランの新規開発や、PaaS / IaaS の運用・保守業務を支援する関連サービス市場の拡大などが予想される」と分析しています。
こうしたことから、ユーザにとって課題となる二つ目のキーワードとして「運用・保守」が挙げられます。
三つ目は、クラウドサービスの利用拡大にともない、11パーセントの企業がネットワークおよびセキュリティに対する支出額を10パーセント以上増やしたと回答していることです。クラウドサービスに関わるセキュリティについては「従来より導入中のセキュリティ」として、53.3パーセントの企業が「アンチウイルス導入」を、27.2パーセントが「クラウドプロキシ/セキュアWEBゲートウェイ」を挙げています。(図7)
一方、「導入を検討しているセキュリティ」では、これらの項目の比率が低下するのとは対照的に、リモートワークなどに対応するセキュリティ対策の比率が高まっています。具体的には「モバイルデバイス管理/シャドーIT可視化」が10.2パーセント、「アップロード時のセキュリティ対策」が10.4パーセントでした。
この点についてMM総研は「セキュリティ上の境界が明確なオフィス外でのクラウド利用を想定し、従来の境界型セキュリティとは異なるアプローチによる対策が進む」と見ています。
こうしたことから、ユーザにとって課題となる三つ目のキーワードとして「セキュリティ」が挙げられます。
改めて、クラウドサービスに対するユーザの課題を挙げると、「基幹系システム」、「運用・保守」、「セキュリティ」の三つです。では、ユーザがこれらに対処するためには、どうすればよいのでしょうか。
クラウド利用の観点からすると、これらの課題には共通する部分があります。それは「ハイブリッドクラウドやマルチクラウドへの対応で特に重視される」ということです。そうなると、ユーザにとっては単一のクラウドサービスだけでなく、ハイブリッドクラウドやマルチクラウドへの対応についても支援してくれる信頼できるパートナーを求めたいところです。
ただし、最後にもう一度強調しておきたいのは、クラウドをめぐるどんな取り組みもクラウドサービスのメリットを最大限生かすことを第一義に考えていただきたいということです。特にハイブリッドクラウドでは、仕組みに気をとられてクラウドサービスの良さが生かされていないケースを、筆者はこれまでの取材で幾度も目にしてきました。ハイブリッドクラウドを構築する際にも、クラウドサービスのメリットを最大限引き出すようにしたいものです。
では、クラウドサービスの良さとは何か。結局これが核心なので、冒頭で僭越ながら“釈迦に説法”をさせていただいた次第です。
これまで10数年、クラウドを取材してきて改めて感じるのは、間違いなく社会変革の道具であるということです。クラウドを社会にしっかりと定着させていくことは、筆者のようなメディア関係者も含めて、ITやデジタル分野に携わる者の使命だと感じています。
* 図4~7 出典:MM総研「国内クラウドサービス需要動向調査」
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