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IIJ.news Vol.166 October 2021
本稿では、日本企業の「クラウド」を取り巻く環境および外資系クラウドベンダとの関係性に触れながら、筆者独自の視点からマルチクラウド活用のポイントを述べる。
IIJ クラウド本部サービス統括部
四倉 章平
前職でIIJ Technology社の創業メンバーとしてIIJとの関わりを持ち、IIJに転職。SI営業の経験を活かして、営業支援、サービス/ソリューションの企画立案、自社クラウドのマーケティングに携わった後、現在アライアンスリードとして各外資クラウド/SaaS事業者との協業や各米国本社との窓口を担当している。
オンプレミスからクラウドへの移行に不安を抱えている日本企業も多いなか、世界のクラウド市場は外資系クラウドベンダに牽引されています。筆者は、両者のあいだに存在する「ギャップ」の解消や、日本企業でクラウド活用の障壁となっている課題解決に向けて、クラウドベンダ各社とのアライアンス業務に長年、携わってきました。
近年、日本企業はグローバル化を進めてきましたが、いわゆる大手クラウドベンダの大半は外資系であり(日本市場が10パーセント台にとどまっている現状もあって)、設計思想や方針がグローバル寄りになっている点は致し方ないと言えるでしょう。
ここでクラウド活用のメリットを挙げてみますと、経済合理性、スピード、事業変化への対応力、多くの使いやすい機能、ビジネス/システムロジックの疎結合による自由度…… 等々が思い浮かびますが、企業の経営層や事業部門の捉え方は、大きく次の二種類に大別できます。
まずグローバル企業は、ビジネスチャンスや市場変化に対応し続けるためにクラウドを活用し、システムから組織までをスクラップ&ビルドもしくはモダナイズしながら、経営層や事業部門がリスクを覚悟したうえで、たとえ基幹システムのような社内システムであっても、売上拡大、ビジネス創出、市場変化への対応といった「外向きのメリット」追求のためにクラウド化を進めることを厭わない、と言えます。
一方、多くの日本企業は、経営層や事業部門が掲げるキーワードのもと、現場主導でクラウド活用が進められ、どちらかと言うと喫緊の課題解決や業務効率化といった「内向きのメリット」志向であり、社内満足度の向上やコスト効率化といった方面を向いている、と言えます。これらはクラウド活用にともなう改善・創意工夫と見ることもできますが、グローバル企業が目指す「外向きのメリット」(つまり「クラウド活用の真のメリット」)を享受するには不向きとも考えられます。
もちろん日本でも、海外事業、会計、輸出入のようなグローバル化が求められる事業がコアビジネスとなっている企業(eコマースや SaaS 事業のような外部向けのITシステムが事業の柱となっている企業)のなかには、CDO(Chief Digital Officer=最高デジタル責任者)やDX担当役員を置いてDXやITをモダナイズし、積極的なクラウド活用や目的に沿った機能群の組み合わせにより、既存資産/ノウハウを活かした「外向きのメリット」を追求すべく、マルチクラウド活用に取り組んでいるところもあります。
クラウド活用で避けて通れない課題として、日本企業がノウハウを駆使し、工夫を重ねて作り上げてきたITシステムの「ブラックボックス化」が挙げられます。
これはつまりクラウド運用では、OS、ミドルウェア以下のハードウェア、ネットワークなどがクラウド内で隠蔽されることがあり、どのように動いているのか気にしなくていい反面、現行のITシステムをクラウドに移行する際には、従来のITシステムがどのように構成されていて、どんなアプリケーションと密接に連動し、どの業務プロセスに関連し、どのようなデータ構造で連携していて、アプリケーションロジックで実現されている業務ノウハウや工夫は何なのか……といったことを、網羅的に把握しておく必要があるのですが、これらをエンドユーザ側で担保することは非常にむずかしく、多くがブラックボックス化しているのです。
よって、ITシステムを使うための業務プロセス・ノウハウは蓄積されているものの、ブラックボックスを可視化してあらためて作り上げることは困難なため、(システム構成やアプリケーションの見直しは行なわず、ビジネスロジックをそのまま“Lift & Shift” する)クラウド移行案件は実績が多いものの、(アプリケーションの見直しやDBのPaaS 移行など、クラウド機能に合わせて最適化を図る)システム自体のクラウド化はなかなか進まない要因となっています*。
このブラックボックス化の課題をきちんと洗い出すためにもクラウドシフトをキッカケに、社内財産であるノウハウ、知識、ロジック、データ構造を可視化し、実現したい内容をもとにシステムを作り上げていくことを目指してクラウド活用を再考すると(「プロジェクトX」にも似た展開になり!)、面白いのではないでしょうか。
その際、IT人材の内製化(評価軸の見直しやモチベーション強化)、熟達したスキル・人材の育成、発注責任の担保といった仕組みの見直しはもちろん重要ですが、現場担当の視点から付言しますと、積極的にクラウドコミュニティに参加することで、他のエンドユーザの動向や志向を把握して、自社でクラウドを活用する際の布石になりますし、ライトニングトークや自らの発表を通じてレピュテーションを確立したり、さまざまなクラウドベンダ出身者の知遇を得ることもできます。このような動きが広がれば、社内でのクラウド人材の確保・育成と企業価値の向上にもつながっていくでしょう。
二、三年前までは、お客さまから「各クラウドの機能を比較した『表』がほしい」と言われることが多かったのですが、最近では「この機能を使いたい/こういったことを実現したいので、どんなクラウドが最適か」と聞かれることが増えてきました。まだまだ少数ではありますが、実現したい内容によって、オンプレミス/プライベート+パブリッククラウドのハイブリッド化だけでなく、複数のパブリッククラウドを組み合わせたマルチクラウド環境を活用されるお客さまも増えています。具体的には、分析系はこのクラウド、顧客DBはこのクラウド、業務アプリケーションはライセンスの持ち込みが可能なこのクラウド……といった具合です。
特にこういったお客さまは、複雑なアプリケーションを使用し、低遅延かつ安定したクラウド間接続を広帯域で利用される傾向が高いと言えます。IIJ では、パブリッククラウドが国内において閉域でつながるようになった当初から、お客さまのWANからIIJ のネットワークに一回線つなぐだけでマルチクラウド環境に低遅延かつ閉域でアクセスできる「IIJ クラウドエクスチェンジサービス」を提供しています。このサービスを立ち上げる時、障害時にお客さまの手を煩わせることなく、クラウド閉域接続においても東西に冗長化されたネットワークのルーティングが自動的に切り替わる機能を標準提供するか否かについてエンジニアと議論したことを思い出します。
今後は、お客さまから必要とされる選択肢を増やすこと、ビジネスを支え、変革をサポートしていくこと、そして、より簡単かつ安心・安全にクラウドを利用可能にすることをミッションとし、日本企業が個々の要望・目的を持って外資系サービスを活用する際の「ギャップ」を埋めるべく、IIJ では自社開発したクラウドに力を入れていきたいと考えています。
* クラウド化の障壁となっている要因としては、IT システムや業務プロセス全体を把握していた人材のシルバー化、外部パートナーとの分業によるノウハウの希薄化、企業における IT 人材の不足なども挙げることができますが、詳細は、経済産業省の報告書『DX レポート ~ IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~』(https://www.meti.go.jp/press/2018/09/20180907010/20180907010.html)をご参照ください。ちなみに外資系クラウドベンダでは、豊富な人材による「循環市場」が形成されており、アマゾン、マイクロソフト、グーグル、オラクルなどでの実務経験者が数多く存在します。そうした環境もあって、各社の企業文化や戦略は違えども、働いている人たちの振る舞いや行動理念は均一化しており、日本企業の出身者も多いため、日本的企業文化への理解も共有されています。そして筆者が携わっているアライアンス業務では、どの外資系クラウドベンダにも別のクラウドベンダの出身者が入っていて相互理解が容易であり、(なかにはIIJ の出身者もいてやりにくさを感じることもありますが……)、パートナーシップにおいては非常に役立っています。
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