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ぷろろーぐ 創業期の仲間

IIJ.news Vol.167 December 2021

株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長 鈴木幸一

昔は変なことが多かった。IIJの話である。なぜ変なことが日常だったのかと言えば、私をはじめ、創業期に集まったほとんどの社員が、当たり前の常識を欠いていたからである。一階にあった創業時のオフィスは、ショウルームのような空間だった。道を挟んで地下鉄の駅があり、人通りが多い道に面しながら、カーテンもブラインドもなく、働く空間が丸見えだった。別に見えてもいいのだが、机や椅子の意匠が、一つひとつ、まったく違うのである。ガラス越しに横目で見る通行人が、思わず足を止めて眺めてしまうほど奇異な空間だった。東京の真ん中だったにもかかわらず、「ただ同然」と、友人に勧められて借りた場所で、一年半後には解体予定という条件が付いていた。解体が近づくにつれ、他の利用者は次々とビルを離れ、引っ越していくのだが、一階のショウルームだった空間に新しく入居した丸裸のIIJのオフィスを目にすると、豪華な机や椅子を「お使いになりませんか」と置いていってくれるのである。給与もまともにもらえない社員も、いわゆる事務机ではなく、役員が使うような机や椅子を使っていた。

「会社の役員というのは、働かなくていいのかなあ」。役員机のお古を使っていた技術屋さんが「普通の事務机に替えて欲しい」と、談判に来た時、嫌みではなく、素直にそんな表現をした。私もまったく同感だった。

師走になると、すぐに創業記念日がくる。貧しさを売りにしているのではないかというほど、貧しかった時代を忘れることはない。社員もそんな記憶を忘れなかったのか、創業して10年目くらいまでは、創業記念日の12月3日には、創業期のメンバーが私の部屋に集まって、電話会社から贈られた大きなショートケーキを食べながらひとしきり歓談し、食べ終わると、居酒屋までぶらぶら歩いて、長い酒席を楽しんだものだった。インターネットという20世紀最後の巨大な技術革新を前に、心意気ばかり大きかったのだが、懐は二束三文のまま始めた仲間だったせいか、体力と気合だけは負けなかった。そんな人間ばかりが集まった会社だった。

創業して3年ほど経った時だろうか、大手の精密機械の会社からIIJに入社してくれた技術屋さんがいた。情熱家だったが、酒席ではそのパッションが溢れすぎて、誰からも恐れられていた仲間である。

「IIJのサービスを利用するユーザに無料で配れるような、安くて使いやすい高品質なルータを作ろうぜ」。私の思いに共感してくれて、入社早々から一緒にさまざまな部品メーカさんや工場を回った。工場は田舎にあることが多く、電車の本数も少なかった。30分ほど待ち時間があると、寂しい駅前に飲み屋の提灯を見つけては、一杯だけという言葉で誘われる。飲みだしたら運の尽きだった。果てしなく思いを聞かなくてはならなかった。

その彼が急に亡くなった。61歳だった。痩せ始めていたので気になっていた。なんとかの健康療法を始めていると言っていたのだが、突然の知らせだった。一緒に作り上げてきた通信機器は夢見たほどの製品にはならなかったが、ここ数年、堅実に売れ出している。最後まで人事異動を嫌がった彼からなんとか若手に代えたのだが、訃報を聞いた時、その時の無念そうな表情を思い浮かべてしまった。そんなものだと。苦い記憶である。


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