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IIJ.news Vol.170 June 2022
今日の社会においてデータセンターの重要性を疑う向きはないと思われるが、さまざまな需要に応じて刻々と変化しているその実態やトレンドを把握している方は少ないのではないだろうか。
そこで本稿では、「ハイパースケールシフト」、「再エネシフト」、「エッジコンピューティング市場」といったキーワードを絡めながら、データセンターの最新事情を解説する。
IIJ 基盤エンジニアリング本部 基盤サービス部長
久保 力
2008年にIIJに入社。データセンター事業を統括し、松江DCP、白井DCCを構築。早期のカーボンニュートラル実現を目指す。
データセンター(以下、DC)という言葉は、新聞などでよく見かけるようになりましたが、実際に見たり行ったことのある人は、思ったより少ないのではないでしょうか。クラウドの普及にともない、企業向けの個別システムをDCで構築することが減ったため、IT業界人でさえ、場所としてのDCを意識する機会は減っています。一般の方にとっては、クラウドにあるサーバなどの機器以上に、縁遠いものになっていると思われます。
しかし、その重要性は年々増しています。個人の生活にスマートフォンが浸透し、銀行決済から音楽・動画・漫画配信などのエンターテインメントまで、インターネットを介したありとあらゆるサービスが利用されるようになりましたが、それらを実現するシステムはDCにあります。ビジネスにおいても、かつて自社のサーバー室(オンプレ)にあった企業の情報システムのクラウド利用が当たり前になりつつあり、そのクラウドサービスを支えるIT基盤はDCにあります。
DC自体は1990年代以前から日本にも存在していましたが、近年、インターネット経由のサービスが広く普及したことや社会環境の変化により、そのかたちは大きく変わりつつあります。「大事なものは目に見えない」と『星の王子さま』でキツネは言いましたが、DCは今、利用者が気づかない3つのトレンドのなかにあります。
トレンドの1つ目は「ハイパースケールシフト」です。クラウドサービスを支えているのは、従来型DCではなく、ハイパースケールデータセンター(以下、HSDC)であり、今、DCのハイパースケールシフトが起こっています。では、従来型DCとHSDCの違いは何でしょうか?
HSDCの規模は、5000サーバ・10000sf(1000㎡)以上と言われていますが、単に規模が大きいというだけではありません。サービス提供に必要な大量のIT機器を、消費電力を抑え、効率良く1ラックに高密度で実装できる電力設備・空調設備を備えており、サービス規模の拡張に合わせてIT機器の台数を増やし、処理能力を上げるスケールアウトが可能という特徴を持っています。
HSDCは当初、GAFAに代表されるメガクラウド事業者が単一のアプリケーション(Google の検索エンジンなど)を動かす際、大量のサーバを設置するために最適化されたものでしたが、現在は複数のアプリケーションを動かしたり、GAFAより規模の小さい SaaS 事業者なども使い始めています(表1)。今後は、エンタープライズ顧客がプライベートクラウド用に用いる需要も拡大すると考えられます。
クラウドサービスの普及にともない、HSDCが世界的に増加するなか、世界中のDCが消費する電力が2030年までに全世界の電力消費の51パーセントに達すると言われ、DCの消費電力の増加が地球環境に深刻な影響をおよぼすと問題視されてきました。しかし2020年、米ローレンス・バークレー国立研究所などの共同調査により、2010〜18年にかけてDCの処理容量が約6倍に増えているのに対し、消費電力の伸びは、世界全体の1パーセントに相当する約194テラワット(2010年)から、約205テラワット(2018年)と、6パーセントの増加にとどまっていることが報告されました。
図1は、DCを「Traditional(従来型コロケーション)」、「Cloud(non-Hyperscale)」、「Hyperscale」の3種類に分けて、それぞれの消費電力の推移を示したものです。「Hyperscale」の比率が2010年に比べて、2018年には3割近く伸びていますが、少ない消費電力で多くの処理が可能なHSDCの普及により、DC全体の消費電力の増加が抑えられていることがわかります。
HSDCは、サーバ当たりの初期投資や電気料金を含む運用コストを低減するというビジネス合理性にもとづいて設計・構築・運用されていますが、結果的に高い省エネ性能を持ち、環境への負荷低減にも貢献していると言えるのです。
2つ目のトレンドは「再エネシフト」です。HSDCの普及により電力消費の増加は抑えることができるようになりましたが、データ量は引き続き増大しており、消費電力自体が増えていくことに変わりはありません。そこで、温室効果ガスを出さない再生可能エネルギー由来電力へのシフトが加速しています。
図2は、全世界の再生可能エネルギーを発電事業者から直接購入するPPA(Power Purchase Agreement)にもとづく電力調達量を示していますが、他業界に比べてIT業界が大きな割合を占めていることがわかります。
図3は、個別企業の再エネ電力の調達量を示したもので、10社のうち5社(Google、Facebook、Amazon、Microsoft、QTS)がDCオペレータです。再エネの利用はIR的な効果はもちろんありますが、グローバルでは風力や太陽光による再エネの発電コストが従来型の化石燃料による発電コストより下がっているため、大量の電力を定常的に消費し続けるDCオペレータにとって再エネシフトも経済合理性のもとに進められていると言えます。
3つ目のトレンドは「エッジコンピューティング市場の創出」です。コンピューティングシステムは集中と分散を繰り返すという説がありますが、クラウドとハイパースケールが集中ならば、エッジコンピューティングは分散になります。ただ、IoT による端末の多様化や5Gによるローカルアクセスの高速化にともなって低遅延のアプリケーション市場が拡大することで、全てがハイパースケールシフトするというわけではなく、共存していくと考えられます。
エッジコンピューティングは、何年も前から市場の拡大が予測されてきましたが、適用分野が広いこともあってキラーコンテンツと言えるものはまだ出ていないものの、静かな広がりを見せています(表2)。Google、AWS、Microsoft もクラウドのエッジソリューションを出し、通信キャリアと協業しながら新たなニーズを探っています。
日本でもハイパースケールシフトはまさに進行しています。これまで国内DCは、通信事業者や SIer が建設してきましたが、近年はその様相が一変し、表3のように多くのDCが建設されつつあり、外資系企業を中心に1000億円規模を前提とした不動産投資としてのビジネススキームが多く見られるようになりました。
IIJもハイパースケールシフトへの対応として2018年、千葉県白井市の40000㎡の敷地に50MW受電可能で、IXや他のDCとの接続が容易なネットワークのハブを目指して、「白井データセンターキャンパス」を構築しました。
そして、2023年4月に2期棟を運用開始する予定で、図4にあるように、クラウド事業者に加え、今後、市場の拡大が見込まれる SaaS 事業者や企業のプライベートクラウドをターゲットに営業活動を行ない、それらの需要を見極めながら3期棟以降を拡張していく計画です。
国際的な目標であるカーボンニュートラルを達成するうえで、再エネの利用率を高めることは欠かせません。IIJは、自ら定義した「カーボンニュートラルデータセンターリファレンスモデル」にもとづいて技術実証を進めながら、DCの構築・運営を行なっていきます(詳細は「データセンターの新たな可能性」参照)。具体的には、非化石証書で早期に自社DCの再エネの利用率100パーセントを達成し、それと平行して、オンサイト太陽光発電やオフサイトからの再エネ電力の比率を高めていきます。
エッジコンピューティング市場は、IoT、AI、5Gの普及で大きく拡大しようとしています。IIJでは、ファシリティ(ラック・空調・電源)、ネットワーク、サーバ、ストレージ、アプリケーションなどが一体となったエッジデータセンターソリューションを実現するために2021年、「DX edge」をリリースしました。これをベースにパートナー企業との実証や先進的なお客さまへの提供を通じてユースケースを確立し、市場を開拓していきます。
IIJは国内外で進むこれら三つのトレンドに対応することにより、高速・広帯域ネットワークで接続された複数のHSDCとエッジモジュールを全国に分散配置して、再エネを利用でき、高いレジリエンスでさまざまな需要に対応可能なサービス基盤として「ハイパーデジタルコンプレックス」(図5)の実現を目指しています。
将来、ハイパーデジタルコンプレックスが実用化しても、利用者がデータセンターを意識することはこれまで通り少ないかもしれません。しかし"大事だけど目に見えないもの"として、データセンターはかたちを変えながら利用され続けていくのです。
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