ページの先頭です
IIJ.news Vol.172 October 2022
デジタル化やDXがうまくいかない原因は、実はテクノロジーの問題ではない?
今回は、激動の時代を生き抜くための方法論について考えてみたい。
IIJ 非常勤顧問
浅羽 登志也
株式会社ティーガイア社外取締役、株式会社パロンゴ監査役、株式会社情報工場シニアエディター、クワドリリオン株式会社エバンジェリスト
平日は主に企業経営支援、研修講師、執筆活動など。土日は米と野菜作り。
ひょんなキッカケで4年ほど前から「サービスエクセレンス/生産革新部会」という研究会の運営を個人的にお手伝いしています。これは一般社団法人日本品質管理学会と東京大学サービスエクセレンス総括寄付講座が共催している研究会です。
日本品質管理学会は50年の歴史を持ち、日本のモノづくりの品質向上を学術的に支えてきた由緒ある学会です。そんな畏れ多い学会に筆者が関わることになったのは、同学会がITによる変化の波に乗り遅れているとの自覚から、「どうすればいいか教えてほしい」と依頼されたためです。ただ、筆者は品質管理については門外漢ですし、もともとネットワーク技術者なので、いわゆるITにはそれほど明るくありません。仕方ないので、「私よりちゃんとわかっている人を連れて行くので、勉強会みたいなことをやりませんか」と提案して、「知識共有会」という名称のもと、かれこれ20回ほど勉強会的な集まりを隔月くらいで開催してきた次第です。
最初の年は、インターネットの品質管理の現状、品質としてのサイバーセキュリティ、ブロックチェーンのような最新技術の動向など基礎的な技術の話や、デジタル化がどのような事業構造の変革をもたらすのか、データ資本を活用した価値創造はどうあるべきか、といった経営的な話を幅広くカバーしました。
次に具体事例として、トヨタのモビリティ事業の現状、ヤマト運輸のデジタル化による新サービス創造、竹中工務店の建設業のDX、旭化成のデジタルによる生産革新と価値協創に向けた取り組みなど、多種多様な業界の方をお招きして、実際の取り組みについて話していただき、さらに、デジタル庁の動向や自治体行政のデジタル化の取り組みについても、当事者の方からご紹介いただきました。
毎回30〜50名ほどの参加者があり、コロナ禍前は東大の講義室をお借りしてリアル開催していたのですが、コロナ禍以降はオンラインがメインとなっています。今後も継続する予定なので、興味のある方はぜひご参加ください。筆者も毎回よい勉強をさせていただいています。
さて、こうした会を通じて、さまざまな実践事例に触れると、デジタル化やDXというものは、実はテクノロジーの問題ではなく、経営や組織の問題なのだということを痛感させられます。つまり、インターネットによる社会のデジタル化という大きな環境変化のなかで企業が生き残るには、経営改革であり組織改革、そして個人個人の意識改革が重要だということです。デジタル技術はそれを実現するための手段に過ぎません。そう考えると、上述の研究会でも個別の技術や事例の話ばかりしていてもラチがあかないのではないか、もっと変革に向けた方法論にフォーカスすべきではないか、そんなことを最近思うようになりました。以前にも書きましたが、ただ闇雲にデジタル化すればいいという話ではなく、変革を通じて新たな価値を生み出さなければ意味がないわけで、そのために企業がどう変わるべきなのかという議論が先にあって然るべきだと思うのです。
ところが、ここで大きな壁になるのが、日本人は変革が苦手という問題です。これまでのやり方をデジタルで効率化するとか省力化するといった「カイゼン」は得意なのですが、まったく新しいやり方に「トランスフォーム」するとなると、あちらこちらから反対意見が湧き上がって一歩も進めなくなる……。この問題をなんとかしないと、日本のDXは本来あるべき方向に進まず、(これまで何度も引き合いに出した)自動レジや自動判子押しロボットのようなものをひたすら作り続けることになってしまいます。そして「やはり人がやらないとキメ細かいサービスはできない。心がこもらない」といった非本質的な議論に明け暮れるのです。
そうこうしているうちに、アマゾンはお掃除ロボット「ルンバ」を提供するiRobot社を買収して、「家庭内地図」まで手に入れようとしており、そこには人がやらないとキメ細かい掃除ができないとか心がこもらないなんていう議論はいっさいありません。アマゾンはより詳細な顧客ニーズを掴むために必要な情報は何か? という問いを立て、ベゾス氏のビジョンにもとづいた戦略を着々と実行しているだけなのです。
では、変革のための方法論には、どのようなものがあるのでしょうか。先日、サービスエクセレンス/生産革新部会とは別の会合で教わったのですが、「コッターの変革の8段階」という方法論があるそうです。これは、ハーバード・ビジネススクールの教授であり、チェンジ・マネジメントの第一人者と言われるジョン・P・コッター教授が1996年の著書で提唱した有名な理論とのことですが、不勉強でコッター先生を存じあげない筆者は、さっそく先生の新し目の著書を読み始めました。
「8つの段階」とは――「危機感を生み出す」、「変革主導チームを築く」、「戦略ビジョンと変革施策を策定する」、「ボランティアの数を増やす」、「障害を取り除き行動を可能にする」、「短期的な成功を生み出す」、「加速を維持する」、「変化を組織内に定着化させる」とされています。重要だと思ったのは、最初の「危機感を生み出す」と4つ目の「ボランティアの数を増やす」です。変革はトップの危機意識だけでは進まないため、現場の一人ひとりと危機感を共有し、それぞれがボランティア的に、つまり自発的に考えて行動を起こせる環境を作らなければならないのです。
コッター先生は最初、これらの段階を順番に実施せよとおっしゃっていたのですが、最近は同時並行で進める方向へと理論を修正しているようです。また、8つの段階は一度実施すれば終わりではなく、各プロセスが常時併用されている状態が理想だとしています。年々激しさを増す環境変化に対応するには、企業も常に変化し続けなければ生き残れない、ということなのでしょう。
さらにコッター先生は、変わり続ける組織を動かしていく「デュアル・システム」の重要性も説いています。1つは、従来型の管理プロセスで動く「階層型組織」です。これは決まった業務を効率的に回すのに適しています。もう1つは、迅速かつ柔軟に動ける「ネットワーク型グループ」で、変化に対応し変革を推進するチームとして機能します。この2つが縦糸・横糸となり、相互に連携して動くことで、常に危機意識を持ちながら、変わり続ける理想の組織がつくられるということなのでしょう。いやぁ、そうは言っても簡単ではないと思いますが……。
製造業を中心とした日本型の企業は前者が強く、後者が弱いケースが多いように思います。反対に、IT企業などは後者が強く、前者が弱かったりする場合もありそうです。ちなみに、創業初期のIIJなどは前者がゼロで、柔軟過ぎてグシャグシャなところがありました(笑)。一方、近年はその反動で前者が強くなりすぎて、変化に弱くなっているのかもしれません。
ポイントは、デュアル・システムのそれぞれをきちんと確立したうえで、常にバランス良く動ける状態を維持することです。人間も左脳と右脳のデュアル・システムのバランスが良いほうが、上手に生きられる気がします。DXを推進するための準備として、まず自社のデュアル・システムの状況を点検することから始めてはいかがでしょうか。
ページの終わりです