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稲作農家の「働き方改革」を後押し
IoTが日本の農業の未来を変える

日本における農業人口は、わずか30年あまりで3割も減少。さらに高齢化が進み、その7割が65歳以上となっています(農林水産省 調べ)。そこで政府はICT(情報通信技術)を活用した農業の省力化・大規模化・ノウハウの蓄積を実現するためのスマート農業政策に注力。インターネット事業者である(株)インターネットイニシアティブ(以下「IIJ」)では、特に稲作分野に着目し、2017年より水田の水管理を省力化するための研究開発を行っています。本日は、IIJ IoTビジネス事業部 副事業部長 齋藤さんに、日本の稲作の現状と、そこで果たすIIJの役割について伺いたいと思います。

山積する稲作の「課題」とは?
運用負担の大きな水の管理作業とIoT活用

まず、さまざまな作物の中で、稲作における主な課題を教えていただけますか。

水管理負担と水田の利益単価 の問題
稲作における主な作業は、田植えや稲刈り、農薬散布といった特定時期に集中する作業の他に、実は地味に日々時間がかかる「水管理」と言われる作業があります。一般的には、田んぼには常に水が張っている状態をイメージされる方も多いかもしれませんが、実はその水位はきめ細かく管理されているのです。雑草対策や収量、食味品質を向上させるため、意図的に水位を浅くしたり、時期によっては中干しといっていったん水を抜く工程もあります。大規模な稲作農家になると、朝晩、全ての田んぼの水位をチェックし、これらの管理作業を行うために毎日2~3時間を要することもあります。
また、特に稲作を含む露地作物は、スマート化が進む施設園芸(ビニールハウス等)に比べ、管理する土地が広大であると共に、面積当たりの収益性が低いという特徴があります。大規模化しないと採算が取れないが、かといって規模を拡大するには大きな手間とコストがかかる。このジレンマに直面し、このままではマズい、なんとかしなければという思いが強くなったのです。

その大きな負担を軽減させるために、IoTが活躍するのですね。

水田IoTの検討
はい。農林水産省や大手農機具メーカー等を中心に、稲作についてもスマート農業への取り組みが進んできています。自動トラクターやコンバイン、ドローンなどが中心ですが、これらはいずれもかなり大規模な投資が必要になります。一方、水管理作業については水位などを把握するための水田センサーや自動給水弁といった機器を用いることになります。IIJでは大型農業機械の開発はさすがに難しいですが、センサーや無線機器であればどうにかなるのでは、と。通信のプロであるIIJが本気で農業に取り組むことで、これまで課題となっていた農業の技術伝承やコスト削減の問題を、新たな切り口で解決できるのでは、と考えました。

IIJの思いと農家の思いが1つに
二人三脚で歩んだ開発への道

水田IoTはコスト面をかなり意識されているのでしょうか。

もともと、IIJがこの研究開発に参画するようになったのは、水田センサーの開発に関する農林水産省の委託事業に応募し、採択されたことがきっかけでした。この委託事業では、まさに低コストな水田センサーにより、水管理を省力化することが目的となっています。また、研究を進める中で出会った多くの稲作農家から生の声をお聞きし、利益優先のサービス開発ではなく、何とか彼らの手に入る価格帯で、現場でリアルに役立つセンサーを開発して普及させたいという思いを強くしていきました。

もちろん、コストを下げるには大変な努力を要しますし、IIJの事業として考えれば、なるべく高利益なものを作った方が良いに決まっています。ただ、稲作農業そのものの未来は決して悲観的ではなく将来性のある事業ですし、全国に1千万枚はあると言われる田んぼにセンサーを普及させていくことで、より付加価値のあるビジネスへと創造していくことができるのではないでしょうか。IIJにとっては大きな挑戦であり、やりがいのあるビジネスだと考えています。

インターネット事業者のIIJでは、稲作への知識はないわけですよね。実際どのようにして開発を進めていかれましたか?

農林水産省の委託事業では、実証フィールドとして静岡県磐田市、袋井市で実証開発を行うことになりました。進めるにあたり、静岡県の農地局、農研機構といった農業の「プロ」や自動給水弁を開発する農業ITベンチャーの(株)笑農和に加え、実際の担い手である5つの農業経営体にも直接研究メンバーとして参画いただき、研究コンソーシアムを発足して進めることになりました。ただ、はじめのうちは、会話に出てくる農業用語が全くわからず、四苦八苦する毎日でした。

私は長年、ルータというインターネット通信機器の開発に携わってきたのですが、お客さまは情報システム関係の方ばかりでした。しかし今回は、センサーを利用する “エンドユーザー”の方々の声をじかに聞きながら共同で開発していくことで、具合的な問題点やアドバイスをもとに物作りができたことはとても楽しい経験でした。

ピーク時には、月に3~4回のペースで静岡県に行き開発を進めていきました。月1回の定例会議では、研究コンソーシアムの皆さんと数時間にもおよぶミーティングを行います。農業経営体からは、機器やアプリのフィードバックを直接いただくのですが、その本気のダメ出しにも愛があり、少しずつですが、プロの現場でリアルに使える”水田IoTシステム”に育って行っていると自負しています。

水田IoTとは?

水管理の負担を軽減するためのシステムとは、具体的にどのようなものなのか教えてください。

簡単に構成を書くと、以下になります。

  1. 1「水田センサー」で田んぼの水位・水温を測り、情報を送信する
  2. 2田んぼの情報が、電柱に設置された「無線基地局」より「クラウド」へ集約される
  3. 3農家の利用者がタブレット上から、「専用アプリ」で「クラウド」へアクセス
  4. 4農家の利用者がタブレット上から、田んぼの情報をもとに「自動給水弁」を開閉して水位を調整

このうち、IIJは「水田センサー」と「無線基地局」の開発を担当しました。

開発は今、どこまで進んでいますか。また苦労した部分などもお聞かせください。

無線基地局
「無線基地局」の設置は、IIJの本業テリトリーなので、起こりうるトラブルもある程度予測しながら開発を進めることができました。採用したのは、少ない消費電力で広いエリアをカバーする「LoRaWAN®(ローラワン)」という無線通信方式です。それでも地形などの影響を受け、想定よりも通信が安定しないなどさまざまな問題はありましたが、なんとかチューニングをして最適な環境に近づけることができました。
水田センサー

一方の「水田センサー」はIIJにとって“未知の世界”なわけです。

水位や水温を測定するセンサーの選定を行い、試作機を開発してみたところ、オフィスに用意した水槽では確かにちゃんと測定することができました。しかし、やはり実際の水田に持って行ってみると、様々な課題が出てきます。想定よりも泥にゴミが多かったり、虫や動物にケーブルをかじられたり、水位も思った通りの精度で測定できないなど、トラブルもたくさんありました。台風が来ても倒れたり壊れたりしないようにしつつも、設置は簡単に行えるような構造上の工夫も必要です。3年間、ひたすら静岡の実証フィールドで実験を繰り返し、何度も設計変更を行い、ようやく量産品に近い完成度まで近づいてきたところです。

稲作農家の変化に手ごたえ
今後の開発の目標は

今回研究に参加された農業経営体の皆さんは、この研究自体をどのように捉えていらっしゃいますか。

省力化という目的自体には充分手応えを感じてくださっているようです。導入コストに見合うかどうかはこれからですが。

今回得られたデータを単なる省力化だけでなく、ノウハウとして蓄積していくことには大きな可能性がある、という声も聞くようになっています。今後普及が進み、様々な環境下でどのような水管理が行われたのかといったデータを蓄積していくことで、省力化のみならず収量の向上や食味の向上といったノウハウにつながることが期待できそうです。ある農家からは、「自分の田んぼよりも、隣のベテランの農家の田んぼにセンサーを付けてみたい」という話も出ていました。

システムを実際に使ってみてもらった感想はいかがですか?

水田センサーと自動給水弁をセットにすることで、一部の田んぼでは、ほぼ水管理が自動化され、「作業時間が短縮された」と言っていただけています。さらに嬉しかったのは、水田センサーの設置によって「時間的」だけでなく「精神的」にも楽になったという感想をいただけたことです。

「精神的に」とは、具体的にどのような意味なのでしょう。

広大な農地の水管理を行っている際、「想定どおりに水が入っているかな?」とか「あそこの給水弁はきちんと開けられていたかな?」と不安を残して移動し、後から見直しに戻ったりすることも多いそうです。
そのため、センサーで水位や水温の状況が遠隔地から確認できると、気持ち的にすごく楽だと言っていただけました。精神的なものは省力コストの係数に現れてこない部分ですが、IoTが稲作の「働き方改革」を実現していく上で、実は大切なことだと感じています。

手応えを感じながらのコンソーシアム3年目となりましたが、今後、農業でIoTの導入が進むためにはどのような取り組みが必要だと思われますか。

これまで農業用機器はメーカーごとの独自規格が当たり前で、メーカーを超えた相互連携がほぼされていませんでした。しかし、さまざまな機器の規格を標準化すれば、新規ツールが開発された際、多くの農家さんへ大規模導入が可能となり日本の農業の発展を加速させると考えられます。業界全体がそのような流れになっていくといいなと感じています。

最後に、齋藤さんの今後の目標について教えてください。

まだ水田センサーのコストダウンなどの課題も残り、志半ばといった状況ですが、開発の中で「防災連携」というキーワードもでてきています。今年は多くの台風が日本各地に甚大な被害をもたらしましたが、今回設置した無線基地局を利用して、河川の水位センサーや各種防災設備との通信基盤の共通化を行うことで、地域貢献、社会課題の解決にもつなげていけたらいいですね。

未体験の農業IoTからスタートして、地域社会全体にメリットを生むプラットフォームが視野に入ってきたわけですね。本日はありがとうございました。

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