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人と空気とインターネット 縦割り思考が日本をダメにする

IIJ.news vol.163 April 2021

「縦割り思考」の弊害がしばしば指摘されているが、今回は身近な素材をもとに、我々日本人の気質について考えてみたい。

執筆者プロフィール

IIJイノベーションインスティテュート 取締役

浅羽 登志也

株式会社ティーガイア社外取締役、株式会社パロンゴ監査役、株式会社情報工場シニアエディター、クワドリリオン株式会社エバンジェリスト
平日は主に企業経営支援、研修講師、執筆活動など。土日は米と野菜作り。

混ぜると良い話

私は日本酒が好きでよく飲んでいます。これまでいろいろ美味しいお酒を飲んだなかでも、もう一度飲みたいと思うのが、数年前まで東急電鉄目黒線の不動前駅近くで老夫婦が二人でやっていた小さな居酒屋で飲んだ酒です。実は、その店では、店主のじいさんが自分の好きな蔵の酒をあれこれブレンドして出していました。でも、これがとてもふくよかで、しっかりした深みもあって、とにかく美味かったのです。残念ながら、名ブレンダーも寄る年波には勝てず引退し、お店も閉めてしまいました。いまだにあそこで飲んだ酒が人生最高に美味しい酒だった気がするのは、もう同じものを飲めないから、そう思うのかもしれません。残念なのは、あのうまい酒がどの蔵のどの酒をブレンドして作られたものなのかわからないことです。じいさんは「ふっふっふ、美味いでしょう?」と笑うだけで、絶対に教えてくれなかったのです。

一般には、日本酒はブレンドして飲むものではないと思われているかもしれません。実際、自分の蔵の酒をいくつかブレンドすることはあっても、異なる蔵の銘柄をブレンドした酒はほとんどないと思います。海外であれば、例えばシャンパンなどは、専門のブレンダーがいて、さまざまな銘柄をブレンドして人気の高い新たな銘柄を作り出したりしています。有名なドン・ペリニヨンというとても高いシャンパンもブレンドで作られています。では、なぜブレンドした日本酒は一般的ではないのでしょうか。

縮小傾向にある日本酒市場で蔵同士が厳しい競争環境にあるのは理解できますが、こういう時こそ、横に連携した新たな試みがあってもいいのではないでしょうか。とてもうまい酒ができるのは、不動前のじいさんが証明済みです。そういう動きがまったくなかったわけではないと思いますが、各蔵の伝統が邪魔をするのか、今のところ大きな流れにはなっていません。

ところが、ここに「黒船」が到来しました。先ほど紹介したドン・ペリニヨンというシャンパンの最高責任者だったブレンダーが日本酒に可能性を見出し、数年前に富山に居を構え、自ら選んだ複数の酒を取り寄せてブレンドして、新たな日本酒造りを始めているのです。この酒はもう発売されていますが、なかなか手に入らない状態です。私も先日やっと一杯だけ口にすることができました。すっきりと綺麗で、日本酒らしくない爽やかな味わいでした。この酒は話題になり始めていますので、日本酒のブレンドもこれから流行りはじめるかもしれません。

それにしても、日本人はここでも「黒船」到来により、新たな世界に気づかされたのだなと思うと、ちょっと残念ではあります。でも、不動前のじいさんのように、日本人は草の根的にはいろいろな工夫をしているのです。ただ、それが組織や会社レベルになると、途端に縦割りの壁のなかで伝統や前例主義に阻まれて自由な発想ができなくなってしまうのかもしれません。

混ぜてはいけない話

ところで、最近初めて知ってびっくりしたことがあります。それは「ドレミファソラシド」には二種類あって、その二種類を両方とも使っているのは、どうやら日本だけらしいのです。

「ドレミの歌」という歌があるくらいで、ドレミで歌うことができます。ただし、これには二種類の使い方があります。一つは「固定ド」唱法で、「ド」の音の高さを西洋音階の「C」の音に固定したうえで「ドレミファソラシド」で1オクターブの各音名を表すものです。もう一つは「移動ド」唱法と言って、長調の場合、その調の主音を「ド」として(短調の場合、主音を「ラ」として)、そこからの相対的な音の高さ(階名)を表すために「ドレミファソラシド」を使うやり方です。

例えば「さいたさいたチューリップの花が」をドレミで歌うと、移動ドの場合、ハ長調でもヘ長調でも、「ド」の音の高さをその調の主音に変えて、「ドレミドレミソミレドレミレ」と歌うことができます。一方、固定ドの場合、移調しても「ド」の音の高さは変わらないため、ヘ長調にすると「ファソラファソラドラソファソラソ」というふうに、歌い方を変える必要があります。

学校の音楽では移動ドで習うので、筆者のような凡人は移動ドに馴染みがありますし、移調してもドレミでそのまま歌えるので便利です。ところが、音大やヤマハ音楽教室のような音楽の専門教育機関では固定ドを使って教えているので、大きな問題が起こります。小さい頃に音楽の英才教育を受けて絶対音感を身につけた子供が小学校に入ると、とたんに大混乱に陥るのです。そういう子供たちは、基準音である440ヘルツの音を、固定ドで「ラ」と覚えています。したがって、その音は誰がなんと言っても、「ラ」なのです。ところが、不変のはずの「ラ」を、学校の先生は調が変わるたびに「ド」と呼んだり、「ファ」と呼んだりするので、わけがわからなくなるというのです。絶対音感のない筆者にはこの混乱ぶりは実感できないのですが、例えば、自分が赤色だと信じている色を、ある時は黄色と呼べ、またある時は緑色と呼べと言われているようなものだと考えれば、その片鱗は理解できるでしょう。

根本的な問題は、絶対的な音の高さを表す音名と、相対的な音の高さを表す階名の両方に同じ「ドレミ」を使っていることにあります。これは混ぜてはいけないものなのです。先述のように、固定ドと移動ドの両方を使っているのは日本だけです。つまり、世界の子供達はこんなことで微塵も混乱したりしていないのです。例えばアメリカは、音名はABCで、階名はドレミ、つまり移動ド唱法を採用し、フランス、イタリア、ロシアなどでは固定ド唱法、つまり音名にドレミを使い、階名は数字で表す方法を使っているそうです。いずれにせよ、混乱のない形で折り合いをつけています。考えてみれば、当たり前の話です。

では、なぜ我が国だけ両方に同じドレミを使い続けているのでしょうか。我々がドレミを知ってからすでに100年以上経っていると思いますが、日本の音楽教育界では、専門教育(固定ド派)と義務教育(移動ド派)の両陣営が、互いにそれぞれの良さを主張して歩み寄ることができないため、二つのドレミを使い続けているようなのです。

このように、対立する二つの似て非なる考えを合理的に折り合いをつけて一つにまとめ上げることが、日本人は苦手なのかもしれません。横同士で折り合わない「縦割り思考」が根付いてしまっているのかもしれません。

デジタル化が進めば、いろいろなものを横につなげやすくなるはずなのですが、それより先に必要なのは、組織の縦割り構造やそれに起因する縦割り思考の破壊です。昨今うまくいっていないものはことごとく、組織の縦割りロジックで、混ぜたほうが良いものを混ぜず、混ぜてはいけないものを混ぜてしまっていることに因るような気がします。デジタル化とは結局、意識改革、そして組織改革なのだと思います。


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