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IIJ.news vol.165 August 2021
かつての日本が誇っていた「モノづくり力」は、どこへ行ってしまったのか?
今回は「デザイン力」という視点から日本再生の方途を考えてみたい。
IIJイノベーションインスティテュート 取締役
浅羽 登志也
株式会社ティーガイア社外取締役、株式会社パロンゴ監査役、株式会社情報工場シニアエディター、クワドリリオン株式会社エバンジェリスト
平日は主に企業経営支援、研修講師、執筆活動など。土日は米と野菜作り。
今夏、開催された東京2020オリンピックの開会式を見て、良くも悪くも今の日本の状況をよく反映しているな、と感じました。各国のプラカードが漫画の吹き出しになっていたり、オリンピック競技のピクトグラムのパントマイムがあったり、それはそれで面白いと思いましたし、市川海老蔵さんの歌舞伎や上原ひろみさんのピアノ演奏なども素晴らしかったのですが、全体の統一感に欠け、どこか寄せ集め的で、大きなメッセージとして何を表現したかったのかが伝わってきませんでした。言い換えると、個々の出し物の現場はとても頑張っていたのですが、全体を一つのアートにまとめあげる構想や企画がうまくいっていなかったのかな、という印象です。大きな構想と企画の欠如、デザイン力の欠如と言ってもいいかもしれませんが、これが日本の競争力を弱めている大きな要因ではないかと思いました。
1964年の東京オリンピックの時、日本は高度経済成長期にありました。当時もさまざまなドタバタはあったようですが、いくつか現在につながるレガシーが残っています。特に有名なのは、世界初の高速鉄道として、オリンピック開会式の10日前に開通した東海道新幹線です。この東海道新幹線ですが、実はもともとの企画はずいぶん前に遡ります。それは、1939年から計画が始まった、通称「弾丸列車」と呼ばれるもので、東海道本線で東京から大阪まで行き、さらに山陽本線で下関まで足を延ばし、そこからなんと海底トンネルで釜山に渡って、朝鮮総督府鉄道と南満州鉄道を経由して、北京に到達するという壮大な計画です。まずは1940年に東京〜下関間の計画が承認され、用地買収と工事が始まったのですが、1943年の戦局悪化で中断されたとのことです。
当初の計画では、在来線より幅の広い標準軌(1435ミリ)の線路を敷設し、最高時速200キロで東京〜大阪間を4時間30分、東京〜下関間を9時間で結ぶことを目指しました。それが(途中で中断されたものの)のちの東海道新幹線の計画の原型となり、工事が進められていたいくつかのトンネルは東海道新幹線で活用されたそうです。「弾丸列車」に比べると、東海道新幹線は縮小されたものではありましたが、戦後間もなく、これだけのものを短期間で作ろうという構想や企画は十分壮大だったでしょう。
高度経済成長期と比べると、現在は日本のモノづくり力が弱まっていると言われています。従来、日本のモノづくりにおいて「付加価値」は「品質」というかたちで、おもに製造現場で作り込まれるという認識が一般的でした。
経済産業省がまとめた2019年版「ものづくり白書」によると、モノづくりの主要な過程として「企画・開発」、「製品設計」、「生産・組立」、「流通・販売」、「保守・アフターサービス」という五つのプロセスを考えた時、かつての日本のモノづくりは、真ん中の「生産・組立」で大きな付加価値を生み出せたことが強みになっていたそうです。一方、顧客ニーズが多様化した現在は、従来とは逆に、両端の「企画・開発」と「保守・アフターサービス」の比重が高く、真ん中の「生産・組立」が低い“スマイルマーク”の口のようなグラフに変化しているそうです。これを「スマイルカーブ」と呼ぶのですが、日本はいまだに「生産・組立」は強いが、現在、高い付加価値の源泉となっているスマイルカーブの両端の「企画・開発」や「保守・アフターサービス」が相対的に弱いため、かつてのような競争力を発揮できていないとのことです。
さて、IoTの成功事例としてよく引き合いに出される建設機械のコマツは、「コムトラックス」という、機械の稼働状況や警報などをモニタリングして、遠隔で稼働管理やメンテナンス管理を行なうサービスを世界中で展開しています。当初は、機械を遠隔監視するための仕組みを導入する際に追加コストが発生してしまうため、顧客から敬遠され、なかなか広まらなかったそうです。そこでコマツは大きな決断をしました。コムトラックスのための仕組みを機械に標準装備し、それにかかる追加費用を全てコマツが負担することにしたのです。そこには、これからは「保守・アフターサービス」が大きな付加価値を生むという確信があったのでしょう。これも重要な構想力、企画力だと思います。
コマツは、コムトラックスで遠隔から収集したデータを分析することで、機械の状態を正確に把握でき、故障などを事前に予測してメンテナンスなどを先回りで提案できるようになりました。こうして「保守・アフターサービス」で大きな付加価値を生み出すことに成功し、2020年3月現在、世界中で約60万台の建設機械がコムトラックスのネットワークに接続され、日々、膨大なデータの収集・分析を通して、さらなる付加価値の源泉として活用されています。もちろんこれらのデータは、次の新製品の「企画・開発」や「製品設計」、つまりデザインにも役立てられているでしょう。
話は変わりますが、Amazon がプライベートブランドを持っていることをご存じでしょうか?これは、モノづくり業者ではない Amazon が「流通・販売」のプロセスを活用して、モノづくりでも大きな付加価値を生み出している事例と見てとれます。つまり、ECによる膨大な販売データと口コミ情報を分析すれば、どういうターゲットに、どういう商品を、どのくらいの価格で出せば、どれくらい売れるのかがわかってしまうわけです。そして、売れ筋商品や特定の顧客層向けの限定商品を、プライベートブランドの商品としていくらでも「企画・開発」できるのです。「生産・組立」は格安で委託製造(OEM)すれば、競争力の高い商品を自社ブランドから次々に販売できます。Amazonは、他社の商品を「流通・販売」するプロセスで得たデータを活用することで、自社の商品を「企画・開発」して、付加価値を生み出しているのです。ちなみに「Digital Commerce 360」というサイトの記事によると、2020年5月の時点で Amazon は111のプライベートブランドから22,617の商品を提供しており、5つ星評価で平均4.3という高評価を叩き出しているそうです。
さらに最近、Amazon は、AWSというクラウドサービス上でAmazon Monitronという、機械に装着して稼働状況データを集めるセンサと、データを集めるためのゲートウェイ、そしてクラウド上でデータを機械学習などで分析する仕組みなどをセットにしたサービスを開始しました。これなどは、Amazon版コムトラックスとも言える試みであり、Amazonは、モノづくりにおける「保守・アフターサービス」の重要性もしっかり認識しているのです。そして、ここで得られた知見を次の商品のデザインに活用するのでしょう。Amazonのロゴのオレンジ色の矢印が、だんだんスマイルカーブに見えてきます(笑)。
日本のモノづくりが、スマイルカーブの真ん中の「生産・組立」で大きな価値を生み出せなくなったのは、新幹線やその前段にあった「弾丸列車」のような、どこにもない素晴らしいものを作ってやろうという構想力、企画力が弱まってきているせいかもしれません。もしくは、かつて強かった「生産・組立」を大事にし過ぎているからかもしれません。
これからは、5つのモノづくりのプロセスを縦割りではなく、横に連携させることで付加価値を生み出す時代とも言えます。そのためにも、ICTをもっともっと活用して、全体のデザイン力を磨き直すべきではないでしょうか。
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