ページの先頭です
IIJ.news Vol.184 October 2024
世界各国でデジタル化の流れが加速している。
本稿ではその方向性を4つに分類したうえで、多極化しつつあるデジタル国家の現状を考える。
IIJ 取締役 副社長執行役員
谷脇 康彦
2024年。世界の人口や国内総生産(GDP)の半分近くに該当する国や地域で重要な国政選挙が行なわれている。各国の新政権はデジタル技術を基盤とするデジタル国家像をどう描き、実現していくか。デジタル国家といっても実態は一様ではなく、むしろ多極化が進んでいる。
まず図をご覧いただきたい。横軸に「規制の強さ」(右方向にいくほど規制が強い)、縦軸に「国家の関与度」(上方向は国主導の権威主義、下方向は民主導の自由主義)を示している。ここに4つの異なるデジタル国家を位置付けてみたい*1。
まず米国は、従来から市場メカニズムを最大限尊重する新自由主義を核とする「市場主導型モデル」だ。しかし近年、GAFAに代表されるプラットフォーム事業が巨大化し、利用者による個人情報の提供などが代償になっているという認識が広がり、本年8月、DC連邦地裁がグーグルの検索サービスを反トラスト法違反とする判決を出すなど、競争ルールの整備に向けた機運が高まっており、年明けに新大統領の打ち出すデジタル政策の方向性が注目される。
次に中国は2000年代初頭までは国内デジタル産業の育成といった産業政策が中心だったが、2010年代からサイバー主権(サイバー空間における国家主権)を唱え始め、ネット検閲の強化や社会信用システムの導入に加え、データの越境転送規制を含む「データ三法」*2を制定するなど、「国家主導型モデル」の体制を強化している。この点、デジタル分野における安全保障面での米中デカップリングの動向は他分野にも大きな影響を与える。
一方、欧州は、2020年2月の「欧州データ戦略」*3において「個人がデータを絶え間なく生み出す社会では、データの収集・利用は欧州の価値、基本的な権利やルールに則って行なわなければならない」と指摘しているように、欧州市民の権利を基礎とする「権利主導型モデル」である。
例えばGDPR(EU一般データ保護規則)はその典型例で、EU域内の個人情報保護を徹底しつつ、欧州域外からEU市民の個人情報の入手などを行なう場合にも、規則違反に罰則や課徴金を課す規制の「域外適用」が盛り込まれている。これはGAFAに対するEUの対抗策の色合いが濃い。さらに、利用者保護のためのデジタルサービス法(DSA)、プラットフォーム規制であるデジタル市場法(DMA)、データ流通を促進するためのデータ法からAI法に至るまで、包括的なデジタル法体系の整備を積極的に進めており、これが他国にも波及してグローバル化する「ブリュッセル効果」を生み出している。
さらに、欧米や中国と異なる「第四のモデル」がインドだ。具体的には、デジタル公共インフラを国が開発し、これを広く民間に開放して、デジタルサービス市場の拡大を図る「官民連携型モデル」が採用されている。
デジタル公共インフラの基盤となるのは、アダール(Aadhaar)と呼ばれる12桁の個人識別番号であり、氏名などの基本情報や生体情報(虹彩、指紋、顔写真)に紐づいている。これを基盤に本人確認(eKYC)、電子署名(eSign)、リアルタイム銀行間送金(UPI:Unified Payments Interface)、個人ストレージ(DigiLocker)などの機能が「インディアスタック」と呼ばれるオープンAPI群として提供され、民間が無償で自由に利用できる。つまり、デジタル公共インフラ(プラットフォーム)は、国が公共財として提供し、誰もが公平に利用できるようにすることで、巨大プラットフォーマーによるデータ独占を回避しつつ、民主導のデジタルサービスを多数生み出そうとしている。
「インディアスタック」は、フィリピンやUAEでも近年採用されるなど、グローバルサウスに急拡大している。これは誰もが金融サービス(オンライン融資、小口送金、公正な補助金受給など)を利用できる「金融包摂」(financial inclusion)の実現に貢献するなど、グローバルサウスのニーズに適合しているからだ。このため、グローバルサウスを中心に「官民連携型モデル」は第四の極を形成していくだろう。そして、これは中国が進める「デジタルシルクロード」構想との間で、グローバルサウスを巡る競合を激化させる可能性がある。
こうしたなか、日本は基本的に欧州のデジタル規制の枠組みを参考にデータ活用のための制度を整備しつつ、他方、少子高齢化など他国に先駆けて直面している社会問題をデジタル技術で解決する官民連携モデル(インド)の日本版のような取り組みも効果的だろう。デジタル国家の多極化の流れは当面続くと見込まれる。日本として、グローバルな視座をもって総合的な国家デジタル戦略を推進することが重要だろう。
ページの終わりです